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第67話

「なんか、都会の駅って地下にばっかりあるのな」


「地上はなんだかんだでごちゃごちゃしてるからな。田舎と違って土地代を考えるとどうしても地下になっちゃう訳でしょ」


「なるほどなぁ。けど、ちょっと息詰まっちゃいそう。駅も電車も」


「都市部だけだよ。ちょっと行ったらすぐに外に出るから、それまでの辛抱だな」


 阪神電鉄新開地駅からそのまま地下通路を通って神戸電鉄の方へと乗り込む。

 ただそれだけのことだというのに。

 地下通路を通っての移動にいい歳して廸子はびくびくしていた。

 ほんとおのぼりさん。


 そんな彼女の手を引いて、俺は神戸の地下街を進む。

 すぐに俺たちは兵庫県を北へと向かうローカル鉄道――神戸電鉄の駅へとたどり着いた。


 有馬温泉駅までの切符を買い、二人で改札をくぐる。

 近鉄電車の地下ホームとは違うレトロな新開地のホーム。ほへぇと間の抜けた幼馴染を見やりつつ、俺は有馬方面へと向かう電車が入ってくる番線を探す。


 すると、ちょうどよいタイミングで、ホームに有馬口駅折り返しの電車が入って来た。


「もうこれで有馬温泉まで乗り換えなしなの?」


「ん? 有馬口で乗り換えだな。つっても、停まってる電車に乗り換えるだけで、すぐに着くけど?」


 なんでそんなこと気にするんだと首を傾げる。

 すると、廸子はじっと俺の背中を見た。


 二つ分のリュックサック。

 まぁ、流石に子供が使うような味気ないモノではない。

 スポーツ店とかビジネススーツ店なんかで扱われている奴だ。


 入っているのは二人分の荷物。

 まぁ、一泊二日なのでそこまで量はないが――。


「……重くない?」


 廸子はそれを俺に背負わせることに抵抗感を持っているようだった。


 うむ。

 なんとまぁ気の回る幼馴染よ。


 こんなもん、男に持たせて当然みたいな顔してりゃいいのに、申し訳なさそうに顔をしょぼくれさせて。


 結婚できないけど、結婚しよう。


 幼馴染の気遣いに、いとおしさで胸がいっぱいになる。

 もうそれだけで百人力よというもんだ。 


 とはいえ、そこはそれ。

 俺も男だ格好をつける。


「なーに、これくらいどうってことねえよ。軽い軽い。なんだったら、廸子だって背負ってやらぁな」


 とまぁ、心配ありがとうとか言えばいいのに、妙な虚勢を張った。


 実際どうなんだろうね。

 俺、廸子を背負うことができるんだろうかね。

 結構これでもやしだからな俺。いや、まぁ、リュックくらいは背負えるけど。


 力仕事はちょっと、次の仕事でも無理かなと思っているからなぁ。

 鍛えれば、もしかしたらなんとかなるのかもしれないけれど。


 うぅん。


「……おんぶはともかく、お姫様抱っこできるくらいの腕力は確保しといた方がいいかもしれないなァ」


「……陽介?」


「ん、なんでもない、なんでもない。心配しなくても大丈夫よ、あと一時間くらいだしね」


 そっか、と、言って廸子。

 若干のひっかかりを見せつつも、彼女は俺に背中を向けた。


 流石に都会に不慣れな彼女と言っても、行き先が表示されている電車に乗り間違えるほどのマヌケではない。


 人が降りきった有馬口行きと掲示された電車へと乗り込むと、ほら早く来いよと彼女はこっちに向かって笑顔で手を振ってきた。


 ロングシートに二人。

 到着すぐの折り返し電車である、乗客者は俺たち以外に居ない。

 それでなくっても平日の昼間である。それからも乗客が乗り込んでくる気配はなく、しばらくして出発を知らせるベルが鳴った。


 重々しいドアの開閉音。

 それと共に、ローカル電車特有の強めの振動が俺たちの身体を揺らす。

 なんか近鉄電車より古めかしい感じだなという廸子に、それがいいんじゃないかよと言ってやる。


 鉄オタという訳ではないのだけれど、こういうのは旅の醍醐味。


 だが、玉椿町に籠っている廸子には分からないのだろう。

 俺に否定されて、ふてくされたように彼女は頬を膨らました。


「なに怒ってんのさ?」


「……べつにぃ」


「お前あれだな、結構面倒くさいところあるんだな」


「面倒くさいってなんだよ。普段、ニートの相手をしてやってるのに、どの口がそういうこと言うかね」


「はいはい、そりゃ感謝してますよ。感謝してますから慰安旅行に誘った訳じゃないですか。かばんも持ったし、エスコートもしたし、これ以上何をお望みで?」


 そう言うと、少し考えて、廸子。


 膨らんだままの頬をこてりと、隣に座っている俺の肩へと押し付けてくる。

 金色の髪が揺れて、柔らかい女の子特有のにおいが鼻孔をくすぐる。


 思わず、びっくりして目を見開く俺を、上目遣いに覗き込んで廸子。

 ちょっと恥ずかしそうに、けれども悪戯っぽく笑って、唇を揺らした。


「……こういうの」


「……廸子さん。ちょっと、人目がないからって大胆じゃございませんこと」


「知った人の目がないってことも旅の醍醐味でしょ」


「……むぅ」


 彼女の柔らかい指先が俺の節くれだった指を絡め取る。

 それから、まるで猫がじゃれるように、廸子は俺の二の腕に鼻先をこすり付けると、満足そうに笑うのだった。


 はぁ。


 まぁ、確かに、廸子の言う事にも一理あるか。


 日常から離脱してこその旅行だものな。


 羽目をはずしてこその旅行だものな。


 けど、こりゃ、美香さんが後で聞いたら怒りだしそう。

 破廉恥旅行と言われても仕方ないな。


 いけないことをしている。


 そんな気分。


「……いや?」


「……そんなことはないよ。ただ、いいのかなって、葛藤はする」


「私が許すからいいんだよ」


「分かった。んじゃ、俺も遠慮なく」


 ちょっとだけ廸子に身体を預ける。

 子供の頃のように、肩を寄せ合って俺たちは、しばしの間――恋人気分で電車に揺られるのだった。


 ここは故郷より遠く、兵庫の山の中。

 誰も俺たちを知る人はいない。


 そんな所じゃないと、こんな風にいちゃつけない。


 ますます、いけない温泉旅行だなって、罪悪感が心に満ちる。

 けれど、隣の幼馴染が望むのだから仕方ない。

 これくらい応えてやるのが男ってもんだろう。


 次の駅に到着するアナウンスが入る。


「……乗ってくる人、いる?」


「……んー、見えないな」


「じゃぁ、もう一駅、デートごっこな」


「ごっこってなんだよ」


 完璧にデートだろこんなもん。


 まったく。


 このまま誰も電車に乗って来なけりゃいいのにな。

 神戸電鉄には悪いけれどさ。


 うちの幼馴染は恥ずかしがり屋なんで。

 俺もあんまりこういうのしてやれないんで。

 このささやかな幸せな時間を、できるだけ長く続けさせていただけると、ちょっと嬉しいです。


 甘えるように隣で廸子が身体をゆする。

 今日だけは男らしく、俺は彼女のそんな仕草を受け止めてやれた。

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