第58話
俺の名前は松田良作。
神戸さんセンターで探偵事務所を開いている、まぁつまるところ探偵だ。
探偵の仕事ってのはアニメやドラマにあるようなかっこいいもんじゃない。
大概が浮気調査や身辺調査だ。
離婚を考えている奥様に頼まれて、夫の弱みになりそうな行動を調べたり。
結婚を考えている男女の親御さんに頼まれて素行を調査したり。
まっ、ほんと下世話な仕事である。
それだけに、今回の依頼はちょっと妙だと思う所があった。
「なぁママ。俺はよぉ、仕事に対してあまり余計な関心を持たないようにしているんだが。今回についてはちょっと妙だぜ」
「あら、なにが気になりはるん良作はん?」
「依頼人と調査対象者が結びつかねえ。どうして有馬の温泉屋の女将が、こんな田舎のろくでなしの素行調査を依頼する。というか、別に血縁者でもなんでもないんだろう、こいつと女将は」
「それは良作はん、探偵なんやから自分で調べはったらよろしおす」
「調べて分かんないから聞いてるんだろ。まったく繋がりが見つからねえ。なんなのよこいつら。親戚でもなければ、知り合いでもない。どうしてそんな相手を調べろなんて――しかも男として問題ないかなんて、結婚する訳でもないのに下世話なことを聞いてくる」
「ウチは仕事を仲介するだけやさかい。そないなこと聞かれてもな」
「……いけず」
かんにんやわぁと笑うママ。
この人が俺に仲介する仕事は、それなりに事情があることは知っている。
それこそ、俺のようなちょっと荒っぽいやり方をする探偵でないと、こなせない厄介事でなければ、彼女はわざわざ仲介したりしない。
この件にはそれ相応の裏がある。
関心を持たないようにしているとは言ったがありゃ嘘だ。
こんな商売をしていれば、依頼元についてもばっちりと調べるようにしている。
変な犯罪に巻き込まれるのは、俺もまっぴらなのでね。
それにしたって、今回の件は腑に落ちない。
豊田陽介。
「ただのアホだぞあれ。いや、まぁ、人がいいのは認めるし、悪い奴じゃないのは間違いない。アホなことさえしなければ、人畜無害というしかない人間だ」
「せやったら、そう依頼主はんに伝えたらええんとちゃうのん?」
「……そうなんだけどさぁ」
報告書を送った三日後。
探偵事務所に送られてきたのは一通の手紙。
茶封筒の中には依頼主が務める旅館の宿泊券と共に――。
なんとしても豊田陽介と神原廸子を連れてこい。
――という、短い文が添えられていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「はい!! という訳で、今年の町内カラオケ大会優勝は、豊田さんちのちぃちゃん親子に決定いたしました!! もう一度、お二人に拍手!!」
ぱちぱちぱちと、今、万感の拍手が壇上のババアとちぃちゃんに降り注ぐ。
壇上でふんぞりかえる我が愚姉と天使の姪。
自信満々、優勝して当然。
そんな不遜な表情をする彼女たちに、町人たちは惜しげのない拍手を贈る。
だって、かわいいは正義だから。
「いやー、流石に玉椿町のアイドル、ちぃちゃんの歌声にはやられましたね」
「となりのトゥットゥロを歌っているだけなのに、なんでしょう、この涙腺にバチバチくる感じはってもんですよ。やっぱりどんなテクニックよりも、幼女が一生懸命歌っているという姿の方が心にくるもんです」
「ちぃ坊も歌がうまくなったもんだな。びっくりだこりゃ」
真面目に審査しろい。
というツッコミもでてこないくらいに可愛かったのだからもう仕方ない。
会場のおじいちゃんおばあちゃん、果ては奥様旦那様の心をわしづかみにして、ちぃちゃんはこの大会を優勝してしまった。
ロッケンロール爺が弾けもしないギターをかき鳴らして恥を掻き。
廸子と美香さんが『東辺かな』という、ご当地歌手ネタで勝負をしかけ。
俺と工藤ちゃんが、やしきのたかじん――から急遽路線変更。懐かしの洋楽デトロイト・サイバー・シティで本格ヘビメタをやったというのにだ。
ちぃちゃんの可愛さの前には、どれもかすむ。
戦った俺としても文句なし、やっぱりうちの姪っ子が町内ナンバーワン。
ぶっちぎり可愛いで賞をあげたくなるような、そんな大会となった。
「これが勝負に負けて、家族で勝つという奴か。ふっ、感慨深いな」
「ちなみに、ブービーメーカーは同じく豊田さんところの無職ろくでなしと謎の白スーツおっさん、陽介&工藤ちゃんでしたが、いかがでしたか誠一郎さん?」
「もうなんてーか、初音なんちゃらにでも歌わしとけっていう感じの完成度の低さだったな。まず邦楽歌えるようになってから出直してこいってもんだ」
「おばぁああああああっ!!」
そして、廸子のじーさんこと大会の責任者の誠一郎さんが、ずぶりと俺たちの歌を一刀両断したのだった。
したいげりほんとやめて。
おんちなのおれもわかっているんだから。
倒れた俺を大丈夫かと俺を気遣ってくれる工藤ちゃん。
大丈夫、誠一郎さんに肉体的にも精神的にもやられるのはいつものことだからと、すぐに俺は立ち上がる。
そんな所に――。
「いやー、まいった、まいった。やっぱちぃちゃんと千寿さんは強いわ」
「いや、アタシらもまんざらでもなかった感じだよ。あとちょっと、ちぃちゃんという最終兵器さえあれば、勝敗は分からなかった感じだよ」
「おー、陽介。豊田家で、優勝とブービーとブービーメーカー独占おめでとう」
「……廸子ぉ!!」
割と高得点をたたき出して、ご満悦の廸子と美香さんがやってきた。
この二人、ご当地歌手ソングという知名度補正に加えて、カラオケ慣れしているもんだから、普通に高得点をたたき出しやがったからずるい。
ほんでもって町の連中も、若い女――というにはちょっとトウが立っているけど、かつての町のかしまし娘に甘いんだからしょうがない。
優勝こそ逃したが、周りに褒められて、歌もそこそこ熱唱できて、それはそれで満足という表情だった。
ちくしょう。
「まぁ、歌が悪いわな。もっと知名度のある曲歌わないと」
「いや、デトロイト・サイバー・シティーは結構有名な洋楽だよ廸ちゃん」
「……そなの?」
「そうだよ!! ちくしょー!! こんな音楽のなんたるかも知らない、アタシら流行りの曲歌ってればそれで楽しいから、みたいな奴に負けるなんて!! 俺たちの方が、俺たちの方がよっぽど音楽を愛してるっていうのに!!」
「落ち着け陽介」
「けど工藤ちゃん!!」
「いや、今回ばかりは、実際、歌のチョイスが悪かったと思うよ。音痴言われて、じゃぁ作戦変更。申し訳程度に白粉塗って出てくるのもどうかと思ったよ。俺、完全に白い人じゃん」
「……そこがうけるかなとおもって」
歌で勝てないなら、それ以外の要素で勝しかないじゃん。
工藤ちゃん、真っ白なスーツ着てるから、そこに白粉塗りたくって、悪魔フェイスにしたら、更に面白い感じになって受けると思うじゃん。
受けなかったんだなこれが。
玉椿町の人たち、ギャグが分からないんだから困るよホント。
俺だって、着たくもないのに急いで肩パッド入れた服着たっていうのにさ。
ホント、かんべんかんべん。
「ネタに走るからそうなるんだよ。いつも歌っている歌とか、そういうのでやればよかったのに。まったく馬鹿だな陽介は」
「廸子、いいのか? 俺がいつも歌っている歌を披露して本当にいいのか? 名古屋が産んだ迷アーティスト、ボツィ・ノリヲの放送禁止曲を熱唱していいのか?」
「誰だよボツィ・ノリヲって」
廸ちゃんちょっとと、そこは美香さんが察してフォローしてくれる。
特大のセクハラソングで、この町内カラオケ大会を地獄に突き落としてもよかったのだが、そこは我慢してやったんだぞ。
お前だけがオーディエンスだったなら、俺は迷わず歌っていたんだぞ。
えぇ廸子。
まったく、人の気も知らないで。
――はぁ。
「温泉旅行、行きたかったなぁ」
「あ、割とマジで優勝狙ってたのか、陽介?」
「そらマジですよ、工藤ちゃん」
最近、マミミーマート忙しそうで、廸子もストレスたまってそうだもん。
誘ってやれたらなとか、そんなん、思うもんでしょ。
幼馴染なんだし。
はー、人生ってのはやっぱりそうそううまくはいかんもんだね。
「ちょっと陽介!! 駄目だからな、そんな破廉恥な歌とか!! お前、もうちょっと周りのこと考えろよ!!」
「いや、考えたからこうして無難なのにしたんじゃん。察しろ、廸子」
美香さんにいろいろ教えられた廸子が顔を赤らめる。
そんな彼女を前に、俺はひさびさ、自分の無力感を味わうのだった。
はぁ。
普通に幼馴染みを温泉旅行に誘えるくらいの財力。
それくらいはやっぱ欲しいよな、人間。




