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第49話

 セクハラは難しい。


 いや、正確に言うと相手に対して不快感を与えない、一発ぶん殴ってはい終わりで落とせる感じのセクハラというのは意外と難しい。

 この塩梅は俺のようなプロのセクハラニストにしか分からない境地であろう。


 みな、セクハラというものをそもそも誤解している。

 セクハラというのは、コミュニケーションツールの一つであり、決して相手を不快にさせる発言ではないのだ。

 そこには、性という危うい領域に切り込む代わりに、そちらにも俺の懐に入ってきてもいいぞという、暗黙の宣言が含まれている。


 つまるところ、腹を割って話そうという意志の表れ。

 それがセクハラなのだ。


 しかし、セクハラ心得のないモノは、自分の腹をさらけ出すことを怖がる。


 いや、それを忘れる。


 そして、一方的に相手を傷つける。

 汚い言葉だけを投げかけるのだ。


 こんな風に。


「陽介ってさ、もしかしてインポなの?」


「……おぉん、逆セクハラ!! 廸子ちゃん、ちょっと、それは男の子に言っちゃダメな奴!! しかもあれよ、ベッドの上でのピロートークならまだしも、コンビニで面と向かって聞いちゃいけない感じの奴!! ダメダメ、セクハラがなってないわ!! 出直してきなさい!!」


「いや、割とマジで心配して言ってんだけど」


 はい、そうですね。

 セクハラじゃないですね。


 廸ちゃんってば、そういうのは言わない人ですもんね。

 知ってます。


 俺、お前の幼馴染だから。

 そういうのしない娘だっての、よく知ってます。


 けどね、いきなりその切り口は酷いと思うの。

 正直、辻斬りに会ったような衝撃を僕は覚えましたよ。

 そらもうびっくりでごぜえますよ。


 幼馴染の口からインポは、上段袈裟斬りの如くずぶりと効きました。


「いや、ほら、お前ってば薬飲んでんじゃん、精神系の」


「……あぁ、それな」


「体質によるけど、そういうのになるものもあるから。どうなのかなと思って。ほら、お前ってセクハラしてくるけど、そういう直接的なのってあまりないじゃん。だから、もしかしてそういううっぷんがセクハラになって出てるのかもって、ちょっと考えちまってさ」


 ふふっ、廸子よ。

 お前って奴は本当に優しい幼馴染だな。


 俺がEDで、欲求不満で、いろいろなものが出せないから、言葉でそれを発散していると、そう考えた訳だな。

 俺のセクハラに、意味があるのではないかと、そう勘ぐったんだな。


 どこまでも不器用で優しい奴。

 そういう所、好きよ、廸ちゃん。


 けどね。


「勃起勃起じゃぁい!! 残念ながら、俺の股間の愚息さまは、元気いっぱい勃起勃起じゃぁい!!」


「……ひぁっ」


「睾丸の方も満タンじゃぁい!! 中学生並みの回復力を維持しつつ、中年に差し掛かってなお、発散する当てのない俺のタンクはいつだってゲージマックス!! スパコン炸裂する準備オッケーってなもんですよ!! バッキャロウ!!」


「わ、分かった、分かったから、もうちょっと声のボリュームを下げて」


 お前が聞いてきたんやろうがい。


 人様のチンポをインポ扱いしたのはお前が先じゃろうがい。

 一度人様のイチモツに難癖つけたら、もう、そこからは血で血を洗う言い争いしか残っとらんわい。そこに踏み込むということは、そういう覚悟ができているということ。覚悟もないのに、人のイチモツに難癖つければ、こうもならぁな。


 廸子。


 覚悟なきセクハラの対価はその身で払っていただくぞ。

 いつも俺に逆襲パンチかましてくれるお返しとかじゃない。


 これは、そう、教育的指導なのだ。


 セクハラ上段者である俺からの、廸子に対する指導なのだ。


 愛の鞭(意味深)なのだ。


「だいたいな、廸子ちゃんよぉ、俺がこのコンビニに来る前に、どれだけ苦労しているかお前は分かってるのか。えぇ、分かっているのか」


「え、なんかしてるの?」


「してますよお前。そりゃね、病気になって結婚するのがちょっと戸惑う所があるけれど、二十年来思い続けている幼馴染が待っているお店に行く訳ですよ。それもまた、いい感じな肉付き、綺麗になった幼馴染に会いに行く訳ですよ」


「綺麗になったって、そんな、照れるじゃないか」


「照れる場面じゃねえよ!! 俺はね、廸子!! お前に会いに行く前に、こうしてここに来る前に、三度処理しているんですよ!! お前の前で、間違ってもそういう反応しないように、三度処理して空にしてから、マミミーマートにやって来ているんですよ!!」


「……う、ぁ」


 はい、顔真っ赤のオーバーフロー。

 廸ちゃんてばマジで純情。


 ちょっとそういう単語を交えれば即真っ赤。

 からかいがいがあるよね。

 ウケるー。


 まぁ、マジなんですけどね。


 話している途中でおっきくなると、流石にセクハラも真実味を帯びて、ヤバいので本当に処理してきているんですけどね。というか、普通に廸子が俺好みのエロい身体をしているのが悪いんですけれどね。


 体も、心も、性格も、全部が俺のストライクゾーン。

 もうほんと、俺と結婚するためだけに産まれて来たんじゃないのか、廸ちゃん。

 病気でさえなかったならば、俺はもう、あんなことや、こんなことや、そこに加えてあれもこれもといろいろやっていただろうに。


 ちくしょう。

 けど、想像だけで元気になれるから、おとこのこってふしぎ。


「いいか、まずは一発目は、お前が高校生だったころの姿を思い出して」


「具体的な話はいいから!!」


「いいや、言うね!! あの頃、金髪に染めて、ちょっと大人びつつも、まだまだ身体は未発達!! けれどもちょっぴり色気を感じさせる頃――JK廸子!! これでまずは、するっと処理いたします!!」


「するっと、って」


「次!! ナースになった頃の廸子!! ついぞ俺には一度も、勤務中の姿を写メしてくれなかったので、想像で補ったナース廸子!! 二十代、育ち切った体にきめ細やかな肌!! 何もしなくてもエロいのに、そこにナース服という最強装備を加えたそれはもはや凶器!! これで俺はがっつりと処理します!!」


「……がっつり」


「そして最後!! コンビニ廸子!! 三十代になって、ちょっとお肌は曲がり角、体つきも少しだらしなくなってきたけれど、それくらいがエロくってたまらない!! コンビニの服の下に隠れている、我儘ボディを想像しつつ、そのやんわりとした感触を、なんとか再現できないかと試行錯誤しながら処理します!!」


「……試行錯誤って」


 どうだ廸子。

 思い知ったか。

 男が、どんな心持で、好きな女に会いに来ているか。


 その覚悟を。

 そして、その苦労を。


 俺だってね、何もしないでお前の顔を見れたら、それはそれでいいですよ。


 けれどもね、健全な三十代ですよ。

 そりゃもう、お盛んな三十代ですよ。

 ともすると、十代よりも、そこらへんは旺盛な三十代なんですよ。


 髭を剃るように、いろいろと整えて、会いに来ているんですよ。

 歪んでいるかもしれないけれど、これが廸子よ、お前に対する俺の愛なんですよ。


 分かったか、と、俺は廸子に視線を向ける。


 おぼこな金髪娘。彼女はまるでゆでだこのようになって、ばらけた金髪の合間から湯気を立ち昇らせていた。


 ふっ、どうやら、この勝負、俺の勝ちのようだな。


 セクハラで俺に挑もうなどと、百年早いわ廸子。

 そういうのはもっと、場数をこなしてからやるもんだぜ。処女がイキってんじゃねーってもんだ。


 まぁ、こなさないでほしいんですけどね。(切実)


「どうだ、分かったか廸子。これがお前に対する、俺の真剣な思いだ。俺はそれだけ、真剣にお前のことを思って、こうしてコンビニに会いにきてるんだぞ」


「……ん、わ、分かった」


「なのにお前ときたら。なんだその雑なセクハラは。どういう意図でインポかなんて聞いたんだ。まったく、お前のセクハラには愛が感じられない。そんなことでは、俺のことを悶絶死させるなど、夢のまた夢、まただけにというもの」


「……いや、その、普通に赤ちゃん作る時に、その、そういうのだったら大変だなって思ったからで。あ、いや、まぁ、まだだいぶ先の話だから、焦る必要はないんだけれども。というか、ごめんね、そこまで陽介が考えてくれてるのに、なんか変な感じで聞いちゃって」


 はい。


 幼馴染が俺との子供のことをしっかり考えてくれている。


 僕はもうそれだけで死ねます。(死んだ)


「陽介!?」

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