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第42話

「いいか廸子、この五円玉をよく見るんだ」


「いきなりどうした? 雑な導入にもほどがないか?」


 お前、五円玉を見ろで始まる導入なんて一つしかないだろ。


 催眠系アダルトビデオの導入だよ。

 催眠系。


 お前、見たことないのか。

 女の子だものな、普通は見ないわな。

 催眠系アダルトビデオなんて。


 俺を認識できなくなった教室で――とか。

 催眠術で俺のことを大好きになった妹が――とか。

 顔を合わせると睨んでくるヤンキーを催眠で――とか。


 とにかくそういうの。

 最近はスマホのアプリでやるのも多いけれど、やっぱりオーソドックスに五円玉でやるのがいいよね。こう、穴にひょいっと糸を通してぷーらぷらと、振り子の動きがまた絶妙にいやらしいのよ。


 うん。

 雑な導入だな。


 という訳で、今日のセクハラは催眠。

 幼馴染の廸子に催眠術をかけて、えろいことやらしいこと、すけべなことえっちなことしちゃうぞー。

 そういう感じで行こうと思います。


 いや、たまたま財布に五円玉が入ってただけなんだけれどね。

 むしろ五円玉しか入ってなかったんだけれどね。


 なんも買えねえから、こんなことするしかないんだけれどね。


「貴方はどんどんスケベになーる。スケベになーる。スケベになーる」


「……いや、ならんからな?」


「あっ、やだ、廸ちゃんったら。もう、ダメじゃない、そんな仕事場で肌を露出したら。もっと胸元とかきっちり締めないと。嫁入り前なんだぞ?」


「……いや、普通だが?」


「だいたい廸ちゃんってば、三十越えたのに色気が強すぎない? なんていうかさ、普通もうちょっと三十を越えたら落ち着くと思うの。女性として若さが足りないとかじゃなく落ち着いてくるものだと思うの。普通に考えて金髪とか似合わないとか思うの。けど、廸ちゃんの金髪、見てると胸がトゥンクトゥンクして」


「……お前、催眠かかってないか?」


「そしてティンポが勃起勃起して」


「よし、かかってるな。そいやあー」


 はい、巴投げ。


 マミミーマート玉椿店で投げ飛ばされること柔道場の如し。

 中学校の頃よりも、高校の頃よりも、社会人になってからの方が投げられるってどうなんでしょう。


 まぁ、今は奇しくも働いてないんですがね。


 なんにしても、畳張りにした方がいいと思うな、マミミーマート。

 したらもう田舎の雑貨屋と変わらないじゃん。


 なんつってな。


 わはは。


 って、冗談じゃないよ。


「おまっ、いきなり投げるなよ危ないなぁ!!」


「お前の発言の方があぶなかしかったので、つい」


「ついじゃねえよ!! もうほんと、どうしてくれるんだよ!! 催眠はかからないし、コンビニの床には放り投げられるし!! どうなってるの、このコンビニの店員のモラルは!! 社員教育ちゃんとやってるのかしら!!」


「おきゃくさまのもらるのもんだいかと」


 そんなことある訳なかろうめ。

 お前、お客さまは神さまよ。


 何もしなくたってあーた、お客さまってのは無条件であがめられるの。

 そのようにできてるの。


 それが分からぬとはお主、やはり正規のコンビニ店員ではないな。


 いったいどこからどういった経緯でなんのコネで入社したのか分からぬが笑止。

 昨今、コンプライアンスやガバナンスがどうとか、よく分からない横文字が煩い時代において、バイオレンス店員なんてノーサンキュー。

 すぐにユーチューブでその素行が拡散されて、ツイッターでバズり、特定されて炎上するんだ。


 いいのかな、廸子ちゃん。

 そんなことになってしまってもいいのかな。


「ふっ、催眠モノもいいかとおもったが、脅迫モノもそれはそれでなかなか」


「どうしてお前の性的嗜好はそういうアブノーマルな方向に尖がってんだよ」


「……しゃかいのていへんだと、そういうかたちでしか、おんなのことせってんをもつことしかそうぞうすることしかできないんだ」


「生々しすぎねえ?」


 普通にこういい感じに恋愛して、発展して、段階を踏んで結ばれて、みたいなのって相当無理ゲーですよね。


 それより、なんか弱味握ったり、催眠術駆けたり、そういう系の方が、俺的にはまだ可能性がある気がするんです。


 ほら、俺、モブ顔ですし。

 なんだったら、黒く塗りつぶされてもいけますし。

 白禿余裕ですし。


 うん。

 自分でも言ってて悲しくなってきた。


「なんにしても、催眠とか脅迫とか、普通に犯罪だからな。そういうのはアタシ以外の前では言わないように」


「安心して廸ちゃん。俺、催眠かけられるまでもなく、廸ちゃんにぞっこんラブだからさ。催眠かける相手なんて、お前意外考えられない」


「かんがえうるかぎりさいあくのあいのこくはく」


 俺らしくっていいじゃない。


 まぁ、そういうことでね。


 五円しかないので、今日はご縁がなかったということで。


 俺は、廸子に背中を向けるとコンビニを後にしたのだった。

 やれやれ、まぁ、人間生きていればこういう日もある。


 トイレ行って、エロ本読んで、しこたま店員にセクハラしたあげくの、何も買わずに帰る。

 ほんと、最悪の客ここに極まれりというもの。


 だが、仕方ないじゃん、人間なんだから。

 そういう日もあるし、そういうこともあると、お互いに許し合っていくからこそ、世界は上手く回っていくと思うんだ。


 ふと、そんな帰りの道すがら。

 玉椿町に観光にやって来たのだろうか、外国人がこちらに歩いてきた。


 カップル連れ立って肩寄せ合って仲睦まじい。

 うむ、そんな幸せな姿を見ていると、ちょっかいをかけてやりたくなるな。


「ハイ!! ウェルカムトゥタマツバキタウン!! レッツジョイナス!!」


 そう言った瞬間。


 女性の叫び声が辺りに木霊した。


 なんぞ。

 なんぞなんぞ。

 なんぞなんぞなんぞ、その叫び声は。


 その時、股間にさわやかな一陣の風が舞い込む。

 タマヒュンと同時に、やけに生々しくい直接的なその感覚に、俺は確信した。


 今、俺の下半身がスケベなことになっているのを確信した。


 やれやれ。

 催眠にかかったのは、俺の方だったみてーだな。


◇ ◇ ◇ ◇


「ふむ、それで。社会の窓が全開だったと」


「はい。たぶん、コンビニ店員に催眠術をかけようとした時に、催眠にかかってファスナーを開いてしまったんだと思います」


「どうして催眠にかかるとファスナーを開いてしまうんですか?」


「どうしてって、それは、もう、お約束というより他には」


「お約束とは?」


「ア、アダルトビデオ。催眠系の、アダルトビデオのお約束で」


 ここは玉椿町警察署。

 人口わずか数名の町のためにつくられた立派な庁舎の中。

 俺は取り調べを受けていた。

 しつこい取り調べを受けていた。


 ニートだというだけで、いわれなき催眠追及をうけることとなった。


「アダルトビデオのお約束と言われても。具体的にはどのようなお約束が」


「すみません、僕が悪かったんで、許していただけませんかね」


 やっぱセクハラなんてみだりにするもんじゃねえな。


「自爆してたら世話ねーよな」


「まったくだ」


「廸子も、ババアも!! 他人事みたいに言わないで!! 証人として、もうちょっとこう、俺をフォローして!!」


「「刑事さん、こいつ変態です。アタシたち、よく被害にあってるんです。ほんと、ひどいんですよこいつのらんちきぶりってば」」


「なにぃ!? 変態の常習犯だって!?」


「面倒くさいからって社会的に処分しようとしないで!!」

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