第41話
昨今の電子マネー情勢については、一応その分野の片隅で働いていた俺ですら目を見張るものがある。
群雄割拠。
どこの何ポイントを使えばお得なのかまったく分からない。
そんな混沌極まる戦国乱世の様相だ。
しかしながら流行りものというのは待ってくれない。
こちらが対応するより早く、あっという間に世間に浸透する。
そしてその波は、我が町にもいずれ押し寄せてくる。
マミミーマート玉椿町店でも、例によって例の如く、電子マネー決済への対応が行われようとしていた。
これも時代の流れ。
そう言って、遠い目をしたのはババア。
頑なに、田舎には電子マネー決済は必要ないと言い続けて来た彼女も、本社の意向には逆らえない。かくして、本日明朝より、電子マネー決済できますの張り紙を入り口に貼り、マミミーマート玉椿町店は電子決済対応店舗にシフトした。
そう――。
「お前、パソコンとか得意だろ陽介」
「頼んだぞ陽介。マミミーマートの電子決済対応は、お前にかかっている」
「俺、確かにIT業界にはいましたが、こういう感じのお仕事はしてなかったんですけれど!! 運用部隊の仕事!! 俺、開発部隊!!」
一日だけ俺を店員として迎え入れて。
女性ばかりの店舗だもの。
パソコンとかそういうの、よくわかんなくて大変なのは仕方ないよね。
特に廸子は、そういうのてんでダメで、つい最近までガラケーとか使っていたくらいだから、なおのことよね。
けどババア、お前は経営者だろ。
決算報告書とか、POSの解析とかしているだろ。
もうちょっとあれだ、やれることあっただろ。
面倒くさいからって、俺をひっぱりだしてくるんじゃねえ。
というかそもそも。
「俺、今、就労許可もらってなくて、税金とか色々止めてもらってるので、ガチで働いたらいかん奴なのだが」
「いいじゃん、一日くらい。黙ってたら分からねえって」
「そうだ。だいたい、働かないというのは健康によくない。人間は、毎日ちゃんと働いて、労働の汗を掻くからこそ生を実感できるんだぞ」
「いやだから、それが正常にできねえから働くの止められてんだよ、分かれ」
「はー、これだからニートは」
「ほんとうに我が愚弟は。こんな風に、できない、やらない、言い訳ばかりだから仕事ができないんだな」
いや、今回は俺もだいぶマジのトーンで言ってるからな。
いつも自分のことニートって言って茶化してるけど、実際の所は医者から就労止められてる奴だからな。
いやほんと、マジで、マジで。
今働くと、働けないことはないけれど、またぶり返して長期的に見て人生損する感じの奴だからな。ちゃんとお薬飲んで、ストレスをかけずに、ゆっくりと人並みの感覚を取り戻していくとか、そういうリハビリ中の奴だからな。
もうちょっと精神関連の病気についての理解を、この幼馴染と姉にはもっていただきたいものである。
ぷんすこ。
ほんで、今日のバイトの支払いなし、タダ働きとか信じられんからな。
お前これマジで、日当二万に交通費くらいもらわんとやらん奴やからな。
特殊技能が居る奴やからな。
あー、ほんと、つらみ。
とかいいつつ、ぶっちゃけなんのこったない。
本社から送られてきた端末と、マニュアルを見ていれば、まぁ、まっとうな現代人ならできる作業だ。
端末をカウンターにセットして。
レジに接続して。
はい、おしまいよ。
なんでえ大したことないなと心で思いつつ、俺はおおげさなため息を吐いた。
後ろから、おぉという感嘆の声と共に拍手が沸き起こる。
「流石、陽介。都会で修行を積んできただけはあるなぁ」
「いや、そんな褒められることじゃねえよ。照れるじゃんよぉ」
「うむ。やるではないか陽介。何もできない豊田家のお荷物、不動の陽介。動かざることニートの如しと思っていたが、伊達に大学院まで通って、情報工学を納めただけはないな。あの金は死に金ではなかったと、父と母に報告しておこう」
「ようちゃん、すなおにほめてくれないから、ばばあきらい」
廸子とババアの褒め方の落差よ。
ほんと、そういう所に人間性ってでるよね。
けど、人間性が社会的地位に結びつかないのがこの世の理不尽。
そして、人間性がクズだと、コミュニケーションの方法もクズ。
すぐに肉体言語で訴えかけてくるのも無情。
コブラツイスト。
せっかくマミミーマートの電子決済導入を手伝ってやったというのに、理不尽な暴力が俺の身体を襲うのだった。
げふ。
「しかし、導入したはいいけれど、これ、本当に使うお客さんいるんですかね?」
「ふむ。廸ちゃんの危惧はもっともだ。私も、玉椿町は現ナマ主義、土地と金持っている奴が一番偉い昭和の町とさんざくちすっぱく言ったのだがな」
「ギブ、ギブギブ!! 姉貴!! ちょっとギブだって!!」
「そもそもおじいちゃんおばあちゃんで携帯とか持っている人も少ないですし」
「あぁ、未だに旧貨幣で決済ができるのも、玉椿町だけだからな」
「世間話に興じないで!! タップタップ!!」
「もしかすると、クレシェンドの社員さんとかが使ってくれるかもしれませんが」
「田舎工場勤務の奴らに文明を期待するのはなぁ」
「廸子ォ!! チェンジ!! チェンジして!! お願いだから!! タッグトーナメントでしょ!! 幼馴染という最高の相棒ポジ、お前しか、俺というモンスターレスラーと組むことができる奴はいない!! だからチェンジ!!」
「……いや、流石に、男女混合のプロレスはどうかと」
「姉貴どうなんねん!! お前たがタップすれば解消される奴やんけ!!」
「陽介!! セクハラもいいかげんにしろ!! 廸ちゃん嫌がってるだろ!!」
「やめるのはてめーだババア!! パワハラだよ!! アンタが今やってることのほうがよっぽど理不尽で問題だよ!! というか、なんだよお前ら、せっかく人が仕事してやったのに!! それでも人間か!! 人の心を持った人間か!! ちくしょーっ!!」
はい、キャメルクラッチ。
幼い頃から、俺の身体を使って自在にプロレス技を極めて来た、姉貴からしてみれたら、井戸端会議片手間に弟の関節決めるなんて朝飯前ってもんですよ。
フィニッシュホールドまできっちりと決まってコンビニの床に放り出される俺。
田舎って怖いね。
ここでは今でも昔の価値観がまかり通る。
年功序列。
年取ってる奴が一番えらいんだからさ。
ふふふ――。
「まぁ、就労許可が出てないなら仕方ない。お給料はなしということで」
「分かっててタダ働きさせやがってババア。ほんと、この悪徳経営者」
「……まぁまぁ」
「代わりに、店長権限で、マミミーマート玉椿町店限定電子マネー、廸ちゃんポイントを陽介には進展しよう」
「え?」
「え?」
なにそれ、と、言っている俺に、姉貴が手作り感のあるポイントカードを差し出す。スタンプが二個押されたそれには、十個集めると素敵な特典がありますと、みみずがのたくったような字で書かれていた。
あ、これたぶんちぃちゃんが造った奴ですわ。
そういや昨日、なんかお絵かきしてましたわ。
「廸ちゃんポイントはすごいぞ。昨日、ちぃが考えたんだけれどな。なんと、十個溜めると廸ちゃんが――」
「いや、アタシ、その話聞いてないんですけれど!!」
「そうだババア!! 本人の同意なしにそういうの造るのよくないと思うぞ!! ほんと、そういうなんでもいう事聞いてくれる券的なのはよくないと!!」
「かたたきをしてくれるんだ!!」
「「発想が健全!!」」
ちょっとあたふたして損したという感じにずっこける俺と廸子。
そりゃそうだわ。
五歳児の思いつくポイントカードの特典なんてそのレベルだわ。
なのに、なんでもいう事聞いてくれる券とか、そういうの思っちゃう俺たちがどう考えても不純な奴だわ。
いやほんと不純な奴だわ。
エロい奴らだわ。
俺と廸子、二人して顔を逸らして頭から湯気出る奴だわ。
ちくしょうやってくれたなちぃちゃん。
あとでおぼえていろ。(なにもしないけど)
「ん、まぁ、なんでもいう事聞いてくれる券でも、私はいいと思うが?」
「「よくねえよ!!」です!!」
まさかちぃちゃんにセクハラされる日が来ようとは。
時代の流れは、残酷よね。




