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第3話

 マミミーマートのトイレはいつも清潔。


 ごみのひとつも落ちていない。

 トイレットペーパーの切れ端だって床に落ちていないし芳香剤も切れていない。

 汚物なんかもちろん、便器に染み一つだってありゃしない。

 だから、俺みたいなトイレニスト(便所飯する人のかっこいい言い方)はここは天国かと錯覚してしまう。


 いやほんと、トイレってさ、お家柄が出るよね。


 きっと店員さんがしっかりしているんだろうな。

 マメでよく気が付く店員さんなんだろう。


 嫁にするならこういうマメな人に限るんだろうなって――。


「思ってみて見たらどういうことなの廸子さん!! トイレ清掃チェックの名前欄が貴方の名前ばかりなんですけれど!!」


「……いや、日勤だからしかたなくね?」


「どんだけトイレに入り浸ってるんですか!! はっ、さてはお前――どこにカメラを仕込んだんだ!!」


「しこんどらんわー」


 廸子さんアッパー。


 世界を狙える感じの鋭いアッパーを繰り出して廸子。

 俺を頭から吹っ飛ばす。


 緩やかにマミミーマートの宙を飛んだ俺は、したたかな音と共に床に落下した。

 

 よかった、ここが田舎のさびれたコンビニエンスストアで。

 客が俺以外にいなかったから巻き込まずに済んだ。

 おかげで被害は最小限だ。


 ぐふ。


 まぁ、他に客がいなかったら、セクハラなんてしないんですけどね。


「いやけど、実際ちょっとトイレ掃除しすぎじゃねぇ? だいたい、廸子、ババア、廸子、ババアのコンビネーションで書かれてたけど」


「昼は私担当、夜は千寿さん担当だな。あと、ババアは酷くない?」


「いいんだよアンな奴はババアで。ちっくしょうあのババア、家じゃろくに掃除なんてしやしないくせに、自分の職場だときっちりするんだな。何アピールだ」


「私も自分ちでは言うほど綺麗にしてないよ。仕事だと思えば、ね」


 えー、なにその情報。

 別に期待している感じのじゃなかった。

 聞きたくなかった神原さんちのおトイレ事情。


 小さい頃、遊びに行ったときにはそこそこ綺麗だった気がするんだけどな。


 とか言ってみたけど。

 実のところはマメに掃除してるんだろうな。

 廸子のことだし。


 爺さんのこと考えたら、不潔にはしとけないわな。

 なのに、職場のトイレ掃除まで頑張って――。


「とか、感心するとでも思ったかオラーっ!!」


「なんなんだよお前のそのノリ」


「ネタは上がってるんだぜ廸子さんよう!! お前さんが、便器を前にしてしゃがみこんで、なにやら作業をしているのを、俺は確認済みだ!! 前に、うー漏れる漏れると、掃除中看板を見落としてトイレに入りかけた時にな!!」


「……その時どうしたんだ?」


「隣の公園(五百メートル先)までダッシュしました」

 

 間に合ってよかった。


 あん時ばかりは本当に死ぬかと思った。

 三十歳越えて、幼馴染の女の子からパンツ買わなくちゃいけないのかと、マジで焦りました。どんな羞恥プレイだよってね。


 ほんと、大惨事になる手前で終わってよかった。


 三十歳だもの。

 ちょっとくらい尻の穴が緩い日もある。


 その時の怒りを今、セクハラに変えて。


 廸子、弄ってやるぞ。


 存分にな。


「そこまでして人のおちん〇んが見たいの!! そこまでして人さまのおちん〇んが見たいの!! 廸子、恥をお知りなさい!! 尻じゃなくて前だけども!!」


「ちっとも上手いこと言えてないからな?」


「それに、そんなに見たいなら、相談してくれればいいのに。俺はいつだって、廸子のためなら、おちん〇んの一つや二つくらいみせてあげるよ」


「みせてもらわなくていいし、ふたつもついてんのかてめーは」


 玉はね。


 棒の方はまぁ、確かに一つだよ。

 けどそれって、些細なことじゃない。


 そしてそんなに見たいのならみせてあげてもいいじゃない。

 小さい頃はほら、一緒にお風呂とかも入った仲な訳だし。


 別にお互いの身体が、ちょっと大人になっていたって、そんなのそれこそ些細なことじゃない。


 あの頃と変わらないとか言われたら泣くけどさ。


 はぁとため息を吐きだして疲れた顔をする廸子。

 なんだよ、こっちが気の利いたセクハラトークキメて、お前の日々の疲れを癒してやろうとしてあげてるのに、そんな顔することないだろう。


 男っ気がなさすぎて、おちんち〇見たくてバイト先のトイレにカメラ設置する痴女が、どうしてそんな顔をするかね。


「あのさ、一応、前の私の仕事は知ってるよな?」


「白衣のエンジェルと書いて、とってもスケベな格好って読む奴だろ?」


「前の勤め先に、お前が来たら婦長を回すように連絡しておくな」


「おかんと同じ年頃の看護婦はきついです!!」


 その時。

 俺の灰色の脳細胞と、ピンク色の脳幹が珍しくシンクロして動いた。

 廸子の言わんとすることを察して、ピクリと動いた。


 まるで、超好みのエロ画像を見つけた時の下半身のように、ピクリときた。


 そうか、そういうことだったのか――。


 廸子、お前って奴は。


 思わず零れる熱い滾りは俺の魂の汗。

 どうしてこんなことになるまで、幼馴染を放ったらかしにしておいたのだろう。


 こんなことになるならば、金髪ヤンキーでめちゃ怖いけど、俺が彼女を女にしてやるべきだった。そこまで処女をこじらせるなら、俺が幼馴染として、きちんと責任をとってあげるべきだった。


 なんてことだ。


「看護師だからな、まぁ、そのあれだ。いろいろと大変でなァ」


「おちんち〇見たさ・触れたさに、看護婦になったのか? お前、ちょっとそれはいくらなんでも上級者過ぎるだろう?」


「なる訳ないだろ!! 馬鹿かお前は!!」


「馬鹿は廸ちゃんよ!! 馬鹿、バカバカ、大馬鹿!! おとこのちんち〇に合法に触れるために、看護婦になるなんて間違ってるわ!! そんなの――風俗嬢になった方が、効率よく触れることができるじゃない!!」


「憤怒!!」


 看護婦としての誇りと尊厳、そして俺への殺意を籠めて、確実に殺しに来るジャブが俺のレバーに入る。


 流石は看護婦。

 人の身体を理解していやがる。

 ずしりときたぜ。

 肝臓によう。


 キャベジンやウコンじゃどうしようもねえぜ、こんなの。


 おえっふとえずく俺の前で廸子。怖いドラマの悪役みたいな顔して、メンチを切って来るのでした。


「とりあえず、世の全ての看護師に向かって謝っとけ陽介。この仕事に、アタシらは誇りを持って取り組んでんだ」


「もう元じゃないのよ廸子さん――オーケィ、ごめん、悪ふざけが過ぎました」


「分かればよろしい」


 はぁとため息を吐いて廸子。

 ちょっと悲しい目をする。


 うぅむ。

 思いがけず前の仕事の話になったからだろうか。

 なんだかんだでこいつ未練があるんだな。


 だよな、小さい頃から言ってたもん。看護婦になるって。

 爺さんの介護のためとはいえ、そりゃ続けられるなら続けたかったわな。


「廸子」


「あんだよ」


「これはまぁ、例えばの話なんだけれどな」


 もし、いつか。

 それが許される時が来たら。

 彼女が自由になり、自分の意志で働く場所を選べるようになったら。自分の人生を選べるようになったら。


 その時は、俺は彼女のことを応援してやりたいと思う。

 子供の頃から一緒の、幼馴染として。

 素直に応援してやりたいと思う。


「……俺が家庭に入って、廸子が外で稼ぐってのも、悪くないと思うんだ?」


「一緒になるメリットがねー」


「おちんち〇が月額で見放題!!」


「だからそこから離れろ、このバカ!!」


 ダメか。

 駄目だよな。

 ダメですか。

 とほほ。


 養ってもらうチャンスだと思ったのに、廸子はしっかりものだなぁ。


 ぐすん。


 はー、主夫になりてぇ。

 家事とかいっさいしないけど、主夫という体で嫁の稼ぎで暮らしてー。

 美人の嫁が稼いで来る金で、楽しく愉快にエッチに暮らしてー。


 けどまぁ、難しい話よね。このご時世。


 やっぱり男も女も働かないと、そこは厳しいわ。

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