第24話
俺の名前は本田走一郎!!
関西下り最速のバイカーだ!!
ダウンヒルでは、誰にも俺のインもアウトもつかせねえ!!
完璧な走りをしてみせると自負している!!
もっとも、そんな俺の自信は、ある日突然砕かれた!!
とある片田舎!! そこの山道にたびたび出没するという、ノンストップノーブレーキ九十度カーブ慣性ドリフト野郎の存在を追った際に、俺は人生最大の屈辱と汚辱を味わうことになったのだ!!
あの惨めな思いを、俺は生涯忘れることはないだろう!!
けれども、俺は諦めない!!
関西下り最速の名に懸けて、俺は絶対にノンストップノーブレーキ九十度カーブ慣性ドリフト野郎を倒して、正真正銘の関西下り最速になってみせる!!
そのためにも――!!
「迷惑をかけたお店にご挨拶にいかなくっちゃ」
敵を倒すにはまずその情報から!!
前回、おもわずお世話になったコンビニに夜露死苦御挨拶だ!!
◇ ◇ ◇ ◇
「はー、セクハラセクハラ、今日もセクハラ。廸子ちゃん、今日はどんなセクハラがして欲しい。俺、お前のどんなリクエストにもこたえてみせるよ」
「どんなせくはらもいらなーい。しごとのじゃましないでー」
「冷たいなぁ廸子ってば。けど、そのひんやりとした感じが、なんというか心地よくって癖になっちゃう。ゾクゾク」
「……こんにちわぁ」
うぉっ、びっくりした。
人がセクハラしている時に、いきなり背後から声をかけないでくれよ。
サイレントで忍び寄らないでくださいよ。
セクハラはねとても繊細な芸なんだよ。
廸子のためだけに調整された、他の人にはちょっとおみせできないセクハラなんです。そこんところちょっと気をつけていただきたい。
職人芸ということを、理解していただきたい。
うん。
なんだセクハラ職人芸って。
「って、あれ? 君はいつだったかの?」
「そ、その節はどうも!! お、お兄ちゃんもいらっしゃったんですね!!」
「あー、確か、陽介がトイレに籠っていたせいでも」
「廸子!! セクハラだぞ!! やめてさしあげろ!!」
男にはな触れられたくない傷ってものがあるの。
そこに触れてやったらかわいそうだろう。
それでなくっても、人前でいい歳した男がおもらしとか、口にするのは普通にセクハラってもんですよ。
まったくデリカシーのない奴。
どの口で、セクハラやめろとか言うんだろうか。
ぼこすか。
俺はいわれない暴力を受けた。
理不尽。
ドメスティックバイオレンスすぎない、俺の幼馴染。
異世界なら即追放逆転プギャー案件ですよ。
「おほん!! とにかく、あの時の子だね」
「は、はい。あの時は、お姉ちゃんにも、お兄ちゃんにも、いろいろとご迷惑をおかけしました」
「いやいや迷惑なんて。どっかの誰かがトイレに籠っていたから」
「ほんとごめんね。俺がもっとターボ利かせて大をしてたら、あんな惨劇にはならなかっただろうに。ほんと、ゆるして、ごめん、かんべんかんべん」
まぁ、漏れたのは小の便だけれど。
なんちゃってね。
うん。
他人の古傷をえぐるギャグはやめよう。
なんにしても、今日はいったいどうしたことだろう。
自爆したコンビニなんてもう二度と来たくないだろうに。なんて思っていると、おもむろに美少年は背後から紙袋を取り出した。
これはまさか――。
「あの、これ、ご迷惑をおかけしたので、つまらないものですけれど」
「おっ!! 鈴鹿名産大はら木じゃん!! これ、好きな奴!!」
「君、鈴鹿の方の子なの?」
「は、はい。実家があのあたりで会社をやってて」
鈴鹿で会社ね。
ふぅん。
なんか若いのにバイク乗ってるし、町工場の子とかかな。
その割には、ちっともやんちゃな感じがしないのが不思議なもんだ。こんな品のいい美少年が、ホンダのスポーツバイクに乗ってるんだから、ちょっとびっくりだわな。
しかし、ホンダのエンブレムついてるけど、あんなバイクってあったっけ。
改造車かな?
「あの、コンビニのみなさん、あと、お兄ちゃんの家族で食べてください」
「おぉ、悪いよそんなの」
「そうそう、そんなの貰えないって」
「……えぐっ」
あ、泣きそう。
この子、前に会った時も感じたけど、絶妙にメンタル弱い子だよ。
きっと、心の中で、「迷惑かけたこと絶対に怒ってるんだ。うわわわ」ってなってるよ。
だめだめ。
こんな女の子みたいに可愛い子にそんなこと思わせちゃダメ。
ショタはこの地球の大事な財産。
守りたい。
美少年の笑顔と心。
健康優良児、青春真っ盛り男の子はしらん。
けど、薄幸の美少年は守らなくては。
俺はあわてて紙袋を受け取った。
「あっ、あっ、分かったから、受け取るから。いただくよありがたく」
「だから泣かないで。お願いだから」
「ほんとですかぁ!!」
ほんでまたいい顔で言うんだわ。
眩しい。
その笑顔が眩しいのよ。
俺たちのような心の汚れた大人に。
なんか社会の荒波にもまれて、荒んじまった心に効く笑顔なんだよ。
はぁん、なにこのいい子。
天使かな。
いや、ちぃちゃんが天使だった。
それなら彼はあれかな。
聖人かな。
バイク好きの聖人。
バイクに乗った聖騎士ってところかな。
えもーい。
「よかったぁ。会社の醜聞になるとか、人としてどうかしているとか、社長の器じゃないとか言われてたから、気になってたんです」
「すげえ言われよう」
「ていうか社長なの君?」
「あ、違って。未来の社長って意味です。僕のお父さんが、こっちの会社の社長をやっていて。僕もその流れで会社を手伝っているんですよ。っていっても、バイクの試走くらいしかできないんですけれど」
「「えらい!!」」
もう花丸百点あげたいくらいの、工業系男子じゃないか。
そんな花の蜜とか食べて生きてそうな身体じゃ、現場仕事は無理だよね。
そりゃ、バイクの試走くらいしか、家のお役には立てないだろうね。
けど、それでも家のためにお手伝いしちゃう、そういう健気なところ。
俺好き!!
「すばらしい。いやぁ、君は実に立派な子だ」
「えっ、えっ、そんなことは」
「こいつなんかね、家の手伝い全然せずに、ずっと一日姪っ子と遊んでるんだよ。それと比べたら君は全然偉いよ。うん、礼儀も正しいし、どこに出ても恥ずかしくない男の子だって胸を張っていえるよ」
「廸子ちゃん。その言い方だと、俺はどこにも出せない感じの男なのかね」
察してくれと言う目が俺に向く。
そうですか。
そうですか、まぁ、いいですけれど。
話は逸れたがまずは目の前の子だ。
見た目に反して、意外に苦労人らしい。
若いのにバイクを乗り回しているのは伊達じゃない。
今どき珍しい勤労少年なんだな。
そんな子には優しくしてあげなくっちゃ。
「それより、今日はもうトイレは大丈夫かい?」
「それは、もう!! 今日はサービスエリアのお茶、我慢してきましたから!!」
「我慢はよくないよ。ほら、スポーツドリンク持って行きな。アタシのおごり」
「えぇっ!!」
「俺からも、お腹すくといけないから、携帯食料。途中でヤバいなと思ったら、ちゃんと栄養補給するんだよ」
「……いいんですかぁ」
「「いいんだよ!!」」
暴走族や走り屋ならともかく、こんなかわいいバイク乗り。
彼が悪い奴な訳がない。
俺と廸子は、健気な少年を、これでもかと可愛がることにした。
「ところで、君、お名前はなんてーの?」
「あ、本田走一郎です。本田の本田に走る一郎で、本田走一郎」
「ふーん、そーちゃんね」
「何か困ったことがあったら、お姉ちゃんとお兄ちゃんに聞くのよ、走ちゃん」
「あ、あの、僕、もう社会人ですので。高校は夜間部ですけど、働いてますので」
「だったら尚の事、可愛がってやるのが大人たちの務めだ!!」
「家庭の事情で満足に学校もいけない君たちを、私たち町社会は優しく受け入れよう。ウェルカム走ちゃん、ようこそ玉椿町へ!!」
ひえぇとと驚きながらも、なんだか嬉しそうな走一郎くん。
結局、俺と廸子は彼にいろいろと買い与えて、再び夜の帳が落ちた山道へとおくりだしたのだった。
「気をつけてねー」
「変な族に絡まれても、無視するんだよー」
「ありがとうございまーす、お兄ちゃーん、お姉ちゃーん」
ドルルンドルルン。
まるで、鈴鹿八耐の開始音みたいなエグソートノイズをばら撒いて、走一郎くんのバイクが発進する。
ブルーカラー、黒い刺し色の入ったそれは、赤いテールランプを揺らして、山道を鈴鹿とは逆の方向に走って行った。
うぅん、どこに行くんだろうね。
今日、平日だっていうのに。
「いやー、しかしいい子だったな、走一郎くん」
「なぁっ、可愛いし、礼儀正しいし、ちょっと引っ込み思案だけれどしっかりしているし、言うことなしだな。ぜひ常連さんになって欲しいよ」
「……廸子? もしかして、ショタなの?」
「いや、世間一般的な意見を述べただけでそういうつもりは。というか、それならお前もそうじゃんかよ」
よそう。
可愛いは、ロリでもショタでも正義なんだから。
走一郎くんの可愛さの前には、全てが霞む。
うぅむ。
「俺もショタに産まれたかったぜ!!」
「お前の顔じゃ無理だろ」
廸子さん。
今日は逆セクハラが酷いですよ。
◇ ◇ ◇ ◇
俺の名前は本田走一郎!!
やったぜ、なんとかコンビニの人に謝ることができたぜ!!
親父や取締役の爺たちから、あれやこれやと言われていた難題を、見事に解決してみせた!! くそったれ!!
けど、コンビニの人たちが優しい人たちでよかった!!
「……また、遊びに行こうかなぁ」
まだ、あの峠に出没するというノンストップノーブレーキ九十度カーブ慣性ドリフト野郎の素性は分かっていない!!
奴の存在を明らかにするまで、この戦いは続くことだろう!!
だったら、あのコンビニを戦いの拠点にするのはわるくないかもしれない!!
けど――!!
「お兄ちゃんと、お姉ちゃんがいそうな時間を狙って、また来よう」
知らない人だとコミュニケーション取るのが難しいからな!!
しばらくは、二人がいる時間におじゃまするぜ!!




