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第190話

「どうっすか豊田さん、なんかいい職場見つかりました?」


「あぁ、竹岡さん。ダメっすね、ぱっとしたのないっすわ」


「まだまだ不景気っすね、日本」


「一時期よくなったと思ったんですけどね。いや、求人はあるんですけど、内容が」


 職業訓練学校の昼休み。

 特に親しい人も作れず、かといって自主勉強をするほど熱心でもない俺は、所在なく就職支援室に入り浸っていた。


 例の、ハローワークの求人検索などができる部屋である。


 毎朝、なんかいい求人は来ていないだろうかと探すのだけれど、これといったモノがない。また、通っている学科に分かれて、これはという求人を張り出してくれているんだけれども、それにもピンと来るモノがない。


 ぶっちゃけ、微妙。

 そんな状況であった。


 ちなみに、この部屋に通っているのは俺と竹岡さんだけ。

 他の人たちは気楽にランチに出かけている。

 別に悪いこととは思わない。

 そもそも、彼ら結構年齢高い目のおじさんたちだものね。


 年金受給までのつなぎ、あるいは、雇用契約が変更されて――いわゆる六十で定年で再雇用という奴――、会社とそりが合わないし手に職はあるから、ちょっと同業他社に行っとくかという感じの人たちなのだ。


 ぶっちゃけ、この職業訓練に、失業保険の受給期間の延長以外の何物も求めていないのは明らかだった。


 まぁ、若い人たちもいるけれど――。


「普通に名古屋か大阪に出るでしょ。三重じゃ仕事なんてなんもないよ」


「これから先の人生考えて、潰しの効く仕事を身につけようと思ったら、やっぱ県外に出て行かなくちゃでしょ」


「ぶっちゃけハローワークの求人って微妙だよ。掲載料金かからないから、ブラック企業しか出してない感じ。ちゃんとした転職エージェント使った方が良い。というか、豊田くんは元SEだからモロそっちで受けた方が固いんじゃねえ?」


 とのことである。


 若い彼らは彼らで、次の就職を明確なステップアップと捉えている。

 地元企業に執着している様子はない。


 彼らは三重にとどまる理由も、働かなければならない理由もないのだ。

 俺や竹岡さんと違って。


「竹岡さんはどんな感じ? いい感じの会社見つかった?」


「んー、あんまり。ぶっちゃけ面接して、働いてみないとわかんない。まぁ、幾つか見繕ったけれど、今はどこも人手足りてないし、雇ってくれるんじゃないかな」


「お、強気」


「豊田くんも選り好みさえしてなきゃ就職はできるでしょ。前も言ったけれど、まだ若いんだからさ。俺みたいなおっさんになると厳しいけれど」


 どこまで信じて良いのか分からないけれど、竹岡さんのセリフにはちょっと勇気を貰った。なんだかんだでこの人は、県内の会社を相当渡り歩いている。

 まぁ、どこも小さな零細企業なんだけれど。


 まったく興味の分野は違うのだけれど、俺も竹岡さんの求人票を見させてもらう。

 給料は能力次第とは書かれているが、どれもこれも下限が二十万円超え。

 まぁ、田舎の求人としては悪くない方だ。


 あとは、そう、仕事の内容である。


 見事にばらばら。


「溶接工に電気工事、金型工に旋盤工、軽作業員。ほんと、節操ないっすね」


「どれも経験あるからねえ」


「仕事変えすぎでしょ? なんでそんだけいろいろやってんのに一つの会社に落ち着かないの? 普通にやってたら、今頃そこそこ貰ってるんじゃない?」


「それ、本人に言っちゃう?」


 まぁ、事実かもねとなんでもない感じにとぼける竹岡さん。

 たばこを取り出そうとして、ここが就職支援室だということを思い出して、あわてて彼はひっこめた。

 気恥ずかしそうに無精ひげをぼりぼりと掻く、俺より少しだけ歳上のカントリージョブホッパーは、まぁ、なんだねぇと呟いた。


 ちょっと声のトーンが変わる。

 同時に話のテーマも変わったようだった。


「まぁ、俺が一番多くいたのは零細企業なんだけれど。十人前後の零細企業って、言ってしまえば家族みたいなもんでさ。良いところも悪い所もよく見えるのよ」


「……家族か」


「中小企業なんかよりよっぽどはっきりとね。でまぁほら、家族って関係だとさ、断りたくても断れない場面とかがどうしても出てくる訳よ。俺がこの話を断ったら、この仕事進まねえなとか、この話ぽしゃるなとか、そういうの」


「あぁ、なるほど」


「ちんたら仕事してたらすぐ噂されるし、上のモンには基本逆らえないし、だいたい既に関係性のできあがった所に入ってそこで自分のポジション作る訳だけど、まぁ、みそっかすのパシリポジションから始まるし。前職の経験をとか大層に書いてるけど、熟練工なんてだいたい足りてるからぶっちゃけクソなのよ」


 めったくそに言うなこの人。

 親の仇かなにかかよ。


 いや、実際仕事辞めてるからそんなもんか。


 けどそこまで本音で言えるのも、本気で仕事してきたからなんだろうな。

 どうでもいい仕事してたらここまで熱くは語れないか。


 今はジョブホッパーしているけれど、真剣にやってきたからこそ、ここまで言えるんだろう。座学は適当な竹岡さんだけれど、実技だと明らかに面構えが違うもんな。

 作業のスピードや出来映えも一個飛び抜けてるし。


 周りは、なんでそんな真剣にやってんだよって茶化すけれど、俺は竹岡さんのそういう不器用なところ、正直に言って嫌いではなかった。


「んでまぁ、なんてえの、俺も人間だからさ、ある程度は我慢する訳よ。ある程度はね。一緒に働いている人たちの気持ちもよく分かるし、家族――彼らのために自分が何をしなくちゃいけないのかも分かる。みそっかすなりに会社に貢献しようっていう気はあるんだけれど、それでもやっぱりあるラインを越えるとくるわけよ」


 あ、やってらんないな、って。

 そう言って、また、彼は胸ポケットのたばこをまさぐる。


 どうやら本格的にニコチンが切れてきたらしい。


 どうしようもねえなという顔をして頭を掻いた竹岡さんは、そのまま両手を上に伸ばして屈伸する。そのままきびすを返して、俺に背中を向けると、彼は、その寂しい職人の背中を鳴らして、だからと続けた。


「そういう状況になった頃には、辞めて自由になるか、それともこのまま家族の言いなりになるかの二択になっちゃう訳。で、ここでもう一つの問題が出てくる。家族はさ、俺にはもう一組いるんだよね」


「……あぁ」


「会社の家族が俺に仕事を丸投げして一家団欒してた夜に、冷や飯食いながら娘の寝顔を見てると思う訳よ。あぁ、俺、都合良く使われてるなって。本当だったら、娘と過ごしている時間を、なんで搾取されなくちゃいけねえんだろうって」


「……気持ちは、分かります」


 あれ、豊田くん、既婚者だったっけと、竹岡さんはいう。


 まだ廸子と籍は入れていない。

 今週末、市役所にそれを届に行く予定だ。


 それでも、彼の言わんとすることは分かる。

 そしてそれが、もしかするとこれから先、俺の未来に待っているかもしれないということも――。


「まぁ、そんな感じで大概愛想尽かしてやめるのよ。もうちょい大きい所だと、部署を変えて再出発ってのもできるんだけれど、零細企業だとそれもないのよね」


「……まぁ、そういうもんですからね」


「零細企業もそういうのに慣れてんだろうね。出て行く奴を特に追わないのよ。退職願いだけはきっちりと書かせるけれど。とにかくそういう訳で底辺ジョブホッパーが生まれる訳だ。それ分かってて入る俺もダメなんだけれど。そりゃ、たばこくらい吸ってないとやってらんねえよな、人生ってもんですよ」


 かみさんには止められているんだけれど。

 そう言って、竹岡さんは手を上げると、じゃぁなと部屋から出て行った。


 おそらくも何も、喫煙スペースに向かうのだろう。

 職業訓練所は室内禁煙だというのに、気の早いことに彼はポケットからたばこを取り出すと、一本それを抜き出して口に咥えていた。


 竹岡さんの話をかみしめる。


 なんだかんだで、彼は、俺のことを心配して言ってくれているのだろう。

 自分のようにはなるなよ――とまではいかないだろうが、自分の経験を踏まえて、上手くやって欲しいから話してくれたのだ。


 ありがたい人である。


 ただ職業訓練で出会っただけの赤の他人に、そこまでしてくれるだろうか。


「それくらい頼りなく見えるのかな、俺」


 あるいは、それ以外に何か思うところがあるのかもしれないが。


 竹岡さんが残していった求人票を確認する。

 どれもこれも、給料から福利厚生まで、文句のない求人票である。

 もっとも求人票通りの仕事など、ある方が珍しいとも聞くが――。


「就職先選びの参考にはなるかもな」


 そう思って、俺は彼が残してくれたそれをコピー機にかけた。


 はたして、どんな仕事に就くべきなのか。

 まだ職業訓練の期間はある。


 けれども、そろそろ結論を出さなければならない。


 夏はそろそろ終わりを迎え、季節は秋へと移ろう頃。

 まだ厳しい暑さを孕んだ熱風が室内に流れ込む中で俺は思った。

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