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第188話

 俺の名前は本田走一郎!!

 バーベキュー、海でのお泊まり旅行、なんか青春っぽいことをして、はしゃいでいる今どきのティーンエイジャーだぜ!!

 仕事をしていることもあり、そういうのとは無縁の人生かなと思っていたのに、気がついてたら青春してた、ティーンエイジャーだぜ!!


 そして、この長い旅の果てに、俺は一つの結論を得た!!


 最初は気のせいかなと思っていたけれど、やっぱりそうなんだと確信した!!

 彼女への思いを再確認した!!


 そう、俺は、てっきりこれは気の迷い、ちょっと浮ついたイベントだから意識してしまうのだと、この想いを押しとどめていた!!


 けれど、家に帰っても、寝て起きても、彼女のことが気になって仕方がない!!


「……もしかして、これが、恋!!」


 そこん所の真相を確かめるべく、俺は今日も玉椿町へ向かうぜ!!

 彼女がいる玉椿町へ!!


◇ ◇ ◇ ◇


「……えぇ、気になる人がいるだって?(棒)」


「お、お兄ちゃん!! ちょっとやめてよ夏っちゃんがいるのに!!」


 だって、その夏っちゃんが好きなんだろう。

 走一郎くん、ついに男として、幼馴染みにけじめをつけるつもりなんだろう。

 ただの幼馴染みから、彼氏へステップアップするんだろう。


 よく決意した。

 えらいぞ。


 かれこれ、夏子ちゃんの存在を知ってから数ヶ月。

 この二人、絶対に両片想いなのになんでくっつかないのと、廸子の二人でやきもきしながら見守ってきたが、ついに走一郎くんの方で決心したか。


 夏子ちゃんは割とえげつないくらいにアピールしてきたけれど。


 そうか、走一郎くんそうか。


「あまり結論を急ぐ必要はないんじゃないかな、まだ二人は若い訳だし」


 けど、ここ数日、誠一郎さんに諭されて、一人で突っ走る愚かさと責任を取るという意味を思い知らされた俺は、彼の決断に待ったをかけた。


 走一郎くん。

 言ったとおり君はまだ若い。

 そんな早い段階から、相手に対して誠実であろうとしなくてもいい。


 恋人関係をはっきりさせて責任を取ろうとか。

 将来的には結婚しようとか。

 自分を追い込まなくてもいいんだ。


 まぁ、ちゃんとお互いの想いは確認した方が良いとは思う。

 けど周りに流されても仕方ない。


 今の自分たちにできることを精一杯すればいい。

 俺は、そう思うな。無理に背伸びすることはないと思うな。


「そうかもだけれど!! 僕が焦ってるだけかもしれないけれども!! 夏っちゃんのためにはっきりさせたいんだ!!」


「どうしよう弟分が自分より男らしすぎてなんもアドバイスができない」


「今のまま幼馴染みの夏っちゃんを放っておくなんて、そんなのダメでしょ!!」


「自分より年下の子の正論が、剛速球で俺の身体にぶち当たってくる」


 いかん、メンタルが瀕死ぞ。


 生きていくためには逞しくよりもふてぶてしくなければならない。周りに後ろ指さされても笑えるようでなければならない。厚顔無恥で結構、誇りで飯が食えるものか、地べたを舐めてでも生きていくことが人間には大事なんだ――。


 とかいう、俺のここ数日の思いを全否定。

 やっぱり男なのだから、女を不安にさせちゃいけないんだという、あまりにもまぶしい走一郎くんの言い分に、俺はもう口を鉄条網で縫い付けられた気分だった。


 まぁ、人は人だしな。

 走一郎くんは走一郎くんだしな。

 あまり気にしないでおこう。


 俺はさっそく、自分が倒れないために、深く考え込まないことを選んだ。


「それで、どうやってこの気持ちを伝えたらいいのか、僕、分からなくって。お兄ちゃんならそういうの知っているかなって」


「……うぅん、まぁ長い付き合いのある相手だと、いろいろあるからなぁ」


 ただ、カウンターから既に食い気味にこっち見ているんだよ夏子ちゃん。

 もう声をかけてくれたら、話も聞かずに即OK出すよって顔してるんだよな。

 廸子が、まだ仕事中と止めているけれど、めっちゃこっちを見ているんだよな。


 走一郎くん。

 心配するな。


 もうなんていうか、どう言っても夏子ちゃんはOKしてくれるよ。

 俺なんかの話を聞かずとも大丈夫。

 というか、俺のような男として落第点、責任取れないダメダメ野郎から教わることなんて何もないよ。君の方がよっぽど俺より男らしいよ。


 ちくしょう、言ってて悲しくなる奴じゃねえか、こんなん。


 そんなことを思った時。


「え? 長い付き合い? そんなに長くないんだけれど、僕と彼女?」


「うん?」


「え?」


「……へ?」


 その場にいる全員が凍り付くことを、彼は言った。


 ちょっと待て、君達幼馴染みだろう。

 子供の頃から一緒にいた系男女だろう。

 俺と廸子と違って、姉と弟の関係みたいだけれど、一緒にいた時間は長いだろ。


 おかしくない?

 ちょっとちょっと、雲行きが怪しくない?


 頬を赤らめて、ドリップコーヒーを飲む走一郎くん。

 恋する男の子という感じの彼を眺めて、生唾を飲み下す俺。

 前のめり気味に、私じゃないのとカウンターから身を乗り出す夏子ちゃん。

 そして、そんな彼女を引っ張って、なんとか業務に戻そうとする廸子。


 マミミーマートに不穏な空気が流れる。


「たぶん、もうすぐ、ここにやってきます。その時に、どう、声をかければいいか」


「え、もうすぐやってくるって? いま、そこにいる人じゃないの?」


「え? どこにいるんです? まだ、学校が終わる時間じゃありませんよね?」


 いや、夏休みだから。

 今夏休みだからね。


 学校が終わる時間とかそういうのないから。

 そして、夏休みでこちらにバイトしに来ている幼馴染み――君の大本命はそこにいるから。さっきからなんの話をしているのって、鬼の形相で見てるから。


 ほんと、こっちがドン引きする顔で君を見ているから。


 ていうか、なんだいなんだいなんだい。

 どういうことだい。


 走一郎くん、君は夏子ちゃん一筋じゃなかったのか。幼馴染み党じゃなかったのか。この町に、夏子ちゃんよりも気になる子がいるのかい。

 いったい、それは誰だというんだ。

 いったい、どういう素性の奴だというんだ。


 そもそも走一郎くんにそんな出会いが――。


 その時、マミミーマートの軽快な入店音が響いた。


「廸子さん、おつかれさまです。夕飯の買い出しに来たのですけれど」


「……き、きました!! お兄ちゃん!! 九十九ちゃんが!!」


 九十九ちゃんかい。

 あぁ、なるほど、九十九ちゃんかい。


 確かに彼と玉椿の住人で、接点あるのは彼女だけだよ。

 バーベキューでも、前の旅行でも、彼女とは一緒だったよ。


 そうかい、それは盲点だったよ。

 まさかの九十九ちゃんに惚れちまってたのかい。


 気持ちは分からないでもない。


 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。

 正真正銘のご令嬢にして、若くして旅館を切り盛りしている九十九ちゃん。

 彼女には、実年齢に似合わない美しさというか、色気というか、魅力がある。

 それにころりとやられてしまうのは、男としてよく分かる。


 けど、走一郎くん。

 アンタ、相手はまだ中学生だよ。

 あ、年齢的にはそんなにたいした差はないか。

 犯罪性はないか。


 ならばよし。


 いや、よくない。


 夏子ちゃん、めっちゃ目を剥いてこちらを見ているよ。

 え、なにそれ、どういうことなのって顔しているよ。

 この次には、泥棒猫って感じの目が、九十九ちゃんに向くよ。


 そして、九十九ちゃんは九十九ちゃんで、異様な雰囲気に気がついていないよ。どうしたんですって、カウンターで慌てる廸子と夏子ちゃんに語りかけているよ。


 魔性の女だよ、九十九ちゃん。

 流石は有馬温泉の女将だよ。

 すげえよ。


「……いや、マジで言ってんの、走一郎くん?」


「えぇ。九十九さんが、ちぃちゃんや光ちゃんの世話をしている姿に胸を打たれまして。こんな優しい人、なかなかいないよな、すごいよな僕より若いのにと、そんなことを思っているうちにどんどん気になって」


「それはもう、夏子ちゃんなんも言えないわ」


 ほったらかしにして遊んでたもんね、走一郎くんと遊んでいたものね。

 なんだったらまったくバーベキューとかの手伝いもしなかったものね。

 あのときの立ち振る舞いが女子力の低さを如実に物語っていたモノね。


 両方とも、社長令嬢だというのに、どうしてこうも差がついたのか。

 もはや弁明の余地もなく、そして、走一郎くんが惚れてしまうのも無理からぬことと納得するばかりである。


 そして、意外とこの二人の方がお似合いなんじゃと思ってしまう。

 夏子ちゃん、なんだかんだで傍若無人だから、たぶん走一郎くんを立てるような奥さんにはならないだろう。


 その点、九十九ちゃんはまぁ、いろいろと酸いも甘いも経験している。

 いろいろと男を立ててくれそうだ。

 というか、会社経営してたし、その経験を活かしてくれそう。


 走一郎くんの会社を二人三脚で支えてくれそう。


 案外、悪くない組み合わせかもしれない――。


「けど、やっぱり僕には夏っちゃんがいて。彼女への思いも僕の中にはあって。それで、このもやもやとした気持ちをはっきりさせるために、一度、九十九ちゃんと、しっかり話してみたかったんです」


「あ、なるほど。別にそんな、いきなりお付き合いとかそういうのじゃないのね」


「九十九さん!!」


「あぁ、本田さん。いらしてたんですね」


「僕と付き合ってくださいませんか!!」


「しっかり話すステップどこ行った!!」


「お断りします」


「そして、九十九ちゃんも即答しちゃったよ!!」


 なんだこの超高速ポンコツラブストーリー。


 いや、そりゃそうだよ。

 走一郎くんと、九十九ちゃんの間に、そんなに接点なかったんだから。

 そりゃ、そういう話の流れになるよ。


 もうちょっと乙女心を理解して話そうよ、走一郎くん。

 搦め手から、お友達から始めませんかといこうよ。


 なんで潔く告白しちゃうのよ。

 いや、それはそれで男らしいけれど。


 そして、爽やかな顔して、いやー振られちゃいましたよと言う走一郎くんも走一郎くんだよ。もうちょっとこう、食い下がったらどうなのよ。

 本当に好きなんだったらさぁ。

 気になったんだったらさぁ。


 え、それでいいの。

 君の気持ちの確かめ方それでいいの。


「ダメなら仕方ないですね。僕は、九十九ちゃんの気持ちを尊重します」


「いいこと言ってる風だけれど、遠目に見たらただのコントだからねこのやりとり」


「お気持ちは嬉しいですが、私にはまだ色恋は早いかと。申し訳ございません」


「ほんでまた、この短いやりとりでよくそこまで言えるね、九十九ちゃんも」


「ぷっぷー!! 走一郎振られてやんの!! ほんともー、ダメだなぁ走一郎ってば!! 女心が分かってない!! そんなだから私以外にモテないんだぞ? もっと、幼馴染みを大切にするべきだぞ? 分かってる? ねぇ、分かってるの?」


 そして夏子ちゃん。

 めっちゃ嬉しそうだな夏子ちゃん。


 そこまで言うことないだろう。

 幼馴染みが失恋しているのに。


 夏子ちゃん。


 そういうとこやぞ。


 なんにしても、俺たちは、壮大な茶番劇に付き合わされただけ。

 少年少女の無軌道かつ無責任な恋模様に振り回されただけなのだった。


 はぁ、まったく――。


「もうちょっと真面目に恋愛してくれってもんだよな。なぁ、廸子」


「……セクハラよりはマシだとおもうよ?」


 あい、すいません。

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