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第181話

 私の名前は五十鈴川エルフ!!

 小説家を夢見るお年頃の女の子!!

 けれど、周りの理解が得られず困っているの!!


 頑張って書いた――執筆約一ヶ月の小説1万字――も、まったく読んでもらえないし、もうやんなっちゃう!!

 私のような才能ある若者を評価しないから、出版業界は斜陽なのね!!


「いや、幸穂。この内容では星は入らないよ。そもそもこれジャンルはなんなの。ファンタジー、それとも、現代モノ。ミステリーではないよね」


「ジャンル? なにそれ? おいしいの?」


「……まずそこからかぁ」


「お父さん、幸穂の道楽にまともに付き合っちゃダメですよ」


「いや、お母さん、そうは言うけどね、僕もネット界隈じゃそれなりに名の知られたミステリー書きなんだから、娘が小説書くって聞いたらそりゃ忠告の一つも」


「もうっ!! お父さんの古いセンスじゃ分からないのよ!! 小説なんてろくに読まない癖に!! 私のこの繊細な感覚が分からないのよ!!」


 文学を理解しない家に生まれたのが運の尽きよ!!

 もういい!! 私は荷物をまとめると、再び家を飛び出した!!


 そう――親戚のいる玉椿町にお世話になりに!!


「……お母さん、どうしよう?」


「ミステリー小説には一家言あるんでしょ。娘の行動くらい推理しなさいな」


「まぁ、十中八九、玉椿のお姉さん所に行くと思うけどね」


「あら同じ。流石、毎年乱歩賞に応募しているだけはある」


「毎年掠りもしないんだけれどね。けど、やっぱ血かなぁ」


◇ ◇ ◇ ◇


 従妹がまた家にやって来た。

 俺が作ってやった――と言っても中古品にUbuntu入れただけだけれど――ノートパソコンを持って、我が家に駆け込んできた。


 涙目に、ぼさぼさの髪の毛、そして夕刻。

 家出同然というかそのもの。


 おそらく、家族と喧嘩をして、行く先がなくてやって来たという感じ。


 まず、こういうのって友達の所に行くもんじゃないの。

 そんな疑問もあったが、放っておくことなんてできない。


 俺たち豊田家は、宮川幸穂ちゃんを一晩預かることになった。


「ひっく、ひっく!! お父さんも、お母さんも、私のことを理解してくれないんです!! 私は、私は、こんなにも一生懸命やっているのに!!」


「あー、幸穂ちゃん、まぁまぁ、落ち着いて」


「青春だなぁ。おい、聞いたかバカ息子、一生懸命やってるんだとよ」


「まるで俺が一生懸命やってないみたいな言い方やめてくれます、傷つくわ、ほんと傷つくわ親父のそういう言い方。そして、幸穂ちゃんの気持ちも分かるわこれ」


「おねーちゃ、ないちゃだめだおー、ないたらしあわせにげうよー」


 家族総出(夜勤に行ってるババアを除く)で幸穂ちゃんを慰めるの図。


 いったいなにを一生懸命やっていたのか。

 そもそも、何が原因で家族と喧嘩したのか。

 一切分からないけれど、泣き止んで貰わないと話にならない。

 俺たちは、そりゃもう自分たちにできる限りの方法で幸穂ちゃんを慰めた。


 年頃の女の子ってのは大変だ、ほんと。


「だいたいおかしいじゃないですか。このパソコン。確かにすこすこ動きますけど、問題なく動いてますけど」


「あ、もしかしてパソコンになんか不具合でもあった?」


「手書きした方が早いじゃないですか!! ボタンを一個ずつ押しながら原稿書くとか頭おかしい!! しかも、その後、変換までするんですよ!!」


「……最近の子のパソコン離れか」


 なるほど、手書き派の幸穂ちゃんには、パソコンは少し早かったか。

 確かにブラインドタッチを覚えないと文章作業って効率化はされないものね。ブラインドタッチで、キーボードを打てるようになってからが本番よね。


 おい、ちゃんとお前が教えてやれよという視線が親父とお袋から飛ぶ。

 けどまぁそれはそれ、個人で本来頑張る所ですから。

 そう、言ってやりたいが、言ったら言ったでまた泣くんだろうな。


 俺にどないせーっちゅうねん。


「というか、中学校や小学校のパソコンの授業で習わなかったの?」


「お絵かきとインターネッツしか習いませんでしたけどそれが何か」


「あい分かった。義務教育にブラインドタッチを求めた俺が愚かだった」


 こりゃあれだね、ちゃんとしたタイピング練習ソフトを入れて、そこからいろいろ教えてあげた方がいいかもしれないね。


 けど、ちょっとそういう時間取ってる余裕は今ないよな。

 職業訓練で昼間はいないから、家庭教師的なのはできそうにないな。

 まいったなこりゃ。


 けど親父達はなんとかしろの視線を緩めないし。


 どこかに良い感じのITスキルを持っていて、幸穂ちゃんにレクチャーしてくれる人はいないもんかね。


 それでもって、あんまり彼女が苦手意識を持たないような、そういう――。


 その時、家のチャイムが鳴った。


 はぁいというお袋の声と共に扉が開く。

 オラが村はよ、家に鍵さかけねえがら、入ってこいさ言うたら客も勝手に上がってくるべよ。(何弁)


「こんばんわ。夕ご飯を少し作りすぎましたので持ってきたのですけれど」


「お、九十九ちゃん」


「つづねーちゃん!!」


「どうも」


 やってきたのは九十九ちゃん。

 最近、夏休みということもあり、神原家で夕飯を作ったりしているらしい。

 三日に一回くらいの頻度で、こうして作った料理を持ってきてくれるのだ。


 曰く、大所帯の旅館で育ったので、量の感覚が分からないのだそうな。

 そんな彼女は、手に持った肉じゃががたっぷり詰まったお皿をテーブルに置くと、俺たちの方へとやってくる。


 そして、ふと、幸穂ちゃんと目が合ったのだった。


「見ない顔ですね? どちらの方ですか?」


「あぁ、俺の従妹で宮川幸穂ちゃんって言ってね」


「……なるほど。事案ではないと」


「そういうブラックジョークやめてくれるかな? 心臓に悪い」


「またまた、陽介さんの心臓には毛が生えているくせに。それはそうと、ノートパソコンを前にいったい何をされているんです?」


 説明するのもどうかなぁ。

 ちょっと迷う内容だけど、隠すようなことでもない。


 幸穂ちゃんが嫌がるかとも思ったけれど、そういう感じもない。

 目線で話して良いか了承を取ると、うちの従妹は小さく首を縦に振った。


 俺は九十九ちゃんにここまでの経緯を説明する。

 すると、さすがはキレる若女将、なるほどあいわかりましたと頷いた。

 さらに――。


「そういうことでしたら、私が一つ、ブラインドタッチをお教えしましょう」


 などと提案してきてくれた。

 これには俺も驚いた。親父もお袋も同じくである。

 ブラインドタッチの意味すら分からぬちぃちゃんと幸穂ちゃんだけが、きょとんとした顔をしていた。


「いいのかい? せっかくの夏休みなのに?」


「いま廸子さんから請われて、ブラインドタッチを教えている所だったんですよ。なので、タイミングとしてはちょうどいいのです」


「……というか、九十九ちゃんそういうのできるんだ?」


「まぁ、女将をやっていましたから。ブラインドタッチはもちろん、表計算ソフトやら文書ソフトまで、一通りは扱えますよ」


 そうでした。

 彼女、これで一応、ちゃんとした経営者でございました。


 すっかりとその設定忘れていたよ。

 そりゃ、経営やってりゃパソコンまともに使えない訳ないか。


 うぅん、それは、実に助かる。


 助かるけれども――。


「いいのぉ? 本当に、家庭教師お願いしちゃっていいのぉ?」


「厚かましさだけが強みの陽介さんが何をおっしゃるやら」


「なんか今日すっげー辛辣だね九十九ちゃん」


「いいんですよ。一人を教えるのも、二人を教えるのもそう変わりませんから」


 あら優しい。

 俺には厳しいのにね。


 微笑んで、九十九ちゃんが幸穂ちゃんの隣に座る。


 自分よりも若いのにしっかりしている女の子。

 ちょっと警戒しながらも、幸穂ちゃんは九十九ちゃんによろしくお願いしますと頭を下げた。


 結構、頑固な子かと思ったけれど、ちゃんと下げる時に下げる頭は持ってるか。

 うぅん、まぁ、それなら九十九ちゃんに任せてもいいかなぁ。


 せっかくの夏休みだし。

 なにより、歳が近い方が、いろいろ聞きやすいし。


「お願いします!! 小説をもっと速く書けるようになりたいんです!!」


「ほう、小説家志望ですか。それはそれは、これまたちょうどいい」


「ちょうどいいって?」


「おや、聞いておられませんか? 廸子さん、また小説を書き始めたんですよ?」


 なんか良い感じに話がまとまったと思った矢先、こちらを振り返って九十九ちゃんが俺に近づくと耳元に囁いてくる。


「これからしばらく暇になるだろうからって」


「……九十九ちゃん」


「まぁ、まだ、分かりませんけれどね」


 そう言って、いろいろと大人びた元女将の中学生は、無表情に俺を見た。

 逃げるなよとでも言いたげに。


 脂汗が額ににじむ。

 耐えることしか俺にはできなかった。

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