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第180話

「豊田さんは、元プログラマーとのことですが、どうして電気保全コースに?」


「まぁ、一応電気・電子系のカリキュラムもありましたので、その知識も活かせるかなと。とはいえ、授業受けたの十年も前ですから、内容を覚えていないですが」


「なるほど。就職についてはウチは電気保全科ですから、ビルの管理や生産ラインの点検などの仕事に就職するという前提で私たちも動いていますけれど、豊田さんご自身もそういう方向で考えていらっしゃいます?」


「これ、言っていいのかどうか分かんないんですけれど、よく分かってなくて」


「あ、大丈夫ですよ。別に、そこは。素直に自分の考えを言ってくだされば。言い方が悪かったですけれど、ここはあくまで就職についてのスキルを磨く場なんで。あくまでその辺りは、ご本人の意向次第といいますか」


 そう言って、俺より若い教員さんは、朗らかな笑顔を俺に向けた。

 安定した職業に従事しているからこそできる笑顔だろうか。

 それともこの笑顔の裏で、いろいろな思惑がうごめいているのか。疑心暗鬼に陥っても、何も解決しないのは分かっているのだけれど、それでも考えてしまう。


 目の前の教員は俺をこの職業訓練から追い出す口実を考えているのではないか。このご時世公共機関も運営資金がない。やる気のない、失業手当を受給したいだけの、薄い動機の訓練者を追い落としたいのではないか。


 言ってしまっていいのか、どうなのか。

 少し悩んで、俺は正直な所の気持ちを告げた。


「正直、職業訓練でどれくらいのスキルが身につくのか、まだよく分かっていないんです。かれこれ、二週間経ちましたけれど、基礎的なことしかやっていないじゃないですか。この状況で、こっちの仕事ができるとはとても考えられない」


「まぁ、それはね。ぶっちゃけ私たちも、基礎的な部分はお教えしますけれど、それ以上は就職された先で、もしくはご自身で高めていってもらうしかないかなと。ここ出たからってすぐに働けるなんてとてもとても」


「ですよね。それで、こっちでそこそこのお給料を貰って生きていこうと思うと、やっぱり前職の方がいいのかなって思うんです。ブランクは空いていますけれど、一応、ずっとその勉強はしてきた訳で」


「なるほど」


「間連系の社内SEなんかが一番しっくりくるんですけれどね。けど、そういうのってやっぱり倍率高い気がしますし」


 あぁ、それねぇ、と、苦い顔をする教員さん。


 なんだろう。

 もっと、そんなことでは困るみたいな切り返しがくるかなと思っていたのに。

 意外と穏やかな切り返しだな。


 これはもしかして話してみてよかったのかもしれない。


 なるほど分かりましたと、俺からの情報を紙にまとめて微笑む教員さん。


 職業訓練校に通い始めて二週間。

 今後の進路についての相談ということで、一人ずつ呼び出されての面接は、あっけなく終わった。


 ほんとうに、これでもかというくらいにあっけなく。


 と思ったら、まぁ、これはオフレコですが、と、教員さんが真面目な顔をする。


「これは田舎に限った話ですが、社内SEとしての勤務というのはあまりいい噂を聞きません。もちろん、その手の技術を持っている社員を欲している企業は多いですが、同時に、自分たちの本業に理解ある社員を求めています」


「本業への理解ですか? それはまぁ、僕も、企業の組み込みエンジニアでしたから、少なからず気持ちは分かりますが」


「あぁ、違います違います。そういうことではなくてですね。つまり――」


 社内SEとしても動けて、なおかつ、本業もできること。


 そう言って、俺より若い教員は悲しそうに眉根を寄せて首をかしげた。


「そんな感じで、本業が耐えられなくて戻ってきた生徒を、僕は何人も見てます」


◇ ◇ ◇ ◇


 職業訓練所にはハローワークの求人を検索するための部屋がある。

 本日入ってきた求人が地区ごとにファイリングされていたり、検索用のパソコンが用意されていたり、訓練中にも就職活動ができるような配慮がされているのだ。


 いたれりつくせり。

 と言いたいが、税金の無駄遣いにも思う。


 今どきそんなの、スマホで検索した方が早い。

 まぁ、それもできないような人がいるかもしれないという配慮なんだろうが。


 そして俺も、別にネットで検索すればいいのに、そんな就職活動部屋にちょいちょいと顔を出していた。


 なんというか、居場所がないんだよね、教室に。


「……この歳で学校のまねごととか、戸惑うのも仕方ないよな。それに年齢もばらばらだし。って、そんなことを言っていたら、仕事できないか」


 会社に入れば、それこそ年齢なんてバラバラである。

 自分より優秀な若い人もいっぱいいるだろうし、逆に、あきらかにできないのにこれでよくクビにならずにこれたなというそういう先輩とも出会うだろう。


 まだここは学校で、売り上げに直結するような利害が発生しないだけマシ。

 なのに、いったい俺は何を躊躇しているのか。


 ほとほと、自分の社会人としてのスキルの未熟さにあきれてくる。


 ほんと――。


「こんなんで仕事できんのかねぇ」


「できるっしょ、豊田さんなら」


 ちょっとしたぼやきに後ろから声をかけられてびっくりする。

 中肉中背にだぼっとしたパーカー。丸みを帯びた顔にひげ面。いかにも、だるそうな目をした男が、そこには求人票を手にして立っていた。


 えっと、確か同じ電気保全科の――。


「竹岡さん、でしたっけ?」


「合ってるよ。なんでそんな自信なさそうに言うの。人の顔を覚えるの苦手か?」


 そう言って、彼はぼりぼりと頭を掻いた。


 同じ学科の受講生の中でも取り分けてやる気のない人。

 確か、俺より年齢は上だと聞いているけれど、授業中に居眠りこくわ、先生に対して食ってかかるわ、あげくの果てに遅刻常習犯だわで割と問題視されている男だ。


 ぶっちゃけ、俺も、怖いなと思っている。


「豊田さん、三十二歳だっけ?」


「……いちおう」


「こっちじゃまだ若いから、伸びしろ含みで採ってもらえるよ。心配しなくても、田舎って人手が足りてないから、よっぽどじゃない限りすぐ唾つけると思うね」


 そんなもんだろうか。

 というか、三十歳越えたらもういいおっさん、なんか一つ手に職でも持っていないと、どこも拾ってくれないと思うんだけれど。

 そんなこともないのか。


 わかんねえな、これ、どこまで信じていいのか。


 あら、信じてねえなこれ、と、竹岡さんが笑う。

 怖い人かと思ったけれどなんだろう、笑うとそんな怖くもないな。


 それに、意外とフレンドリーだ。


「俺もここ来るのこれで三回目だけどさ、割と期間内に内定取れるよ」


「……え、そんなに来てるんですか?」


「そだよ。だから先生にもあんだけ無茶苦茶言えるんじゃん。むしろ、先生の半分以上俺より後輩だから。俺の方が職業訓練所の古株だから」


「うぇえぇ」


「だからまぁ信じてよ。それと豊田くん失業保険の延長狙いで入った口でしょ」


「……なんでそのことを?」


「いや、俺もその口だし」


 だいたい授業の受け方見てれば分かるという竹岡さん。

 なんでも、そういう奴に限って、クソ真面目に授業を受けるんだそうな。

 どうせここで勉強しても、就職に有利になる訳でもないというのに、とのこと。


「会社ってさ、言うほど職歴とか見てないよ。一部上場の企業とかならそりゃ別だけれど、地方の百人もいない会社じゃお察しだよ」


「というと?」


「元気に働いてくれそうか。そんだけ。変な病気持ってるとか、めんどくさそうな性格しているとか、犯罪でもしてなかったら大丈夫だって。だから安心しろ」


 犯罪以外は当てはまるから安心できねえな。

 そう思いつつ、なら、目の前の人はこんなに職業訓練所に通っているんだろう。


 信じていいのか。

 疑うべきなのか。


 悩んでいる俺にずいと近づいてくる竹岡さん。

 彼は手に持っていた求人票――その下に持っていた履歴書を俺に見せてきた。


「……えっ、ちょっと、院卒じゃないっすか、竹岡さん」


「そだよ」


「しかも、職歴めっちゃ多い。いや、一年で辞めてばっかりだけど」


「職業欄書くのめんどくさくなるよね、この量になると」


「なんで? こんな所来なくても、別に、いくらでも就職先あるんじゃ?」


「働くのめんどくさいんだよね。なんてーの、組織の意向で動かされるのがクソだるいっていうかさ。俺は俺のやりたいことやりたいっていうかさ」


「いやいや、子供じゃないんだから」


「そうだよなぁ、嫁さんも子供もいるんだよなぁ。だからあんま無茶してると、嫁さんに怒られるんだよな」


 嫁さんいるの。

 そして、なに、子供もいるの。

 こんなだらしないのに。


 嘘でしょ。

 ちょっと、信じられない。

 どう見たってあんた、社会不適合者の人類代表じゃん。


 いろいろなショックで言葉が出なくなった俺を、また、笑い飛ばす竹岡さん。

 だからまぁ、なんだと言って彼は――。


「けどさ、死にたいって思って仕事するよりは、逃げ回ってでも生きている方が大切じゃねえ?」


 なんだか久しぶりに、胸が落ち着く言葉を俺に言ってくれた。

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