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第18話

「うわーん、廸子ちゃーん!! 今日も道を歩いているだけなのに、正体不明の罪悪感に苛まれて、田んぼの横の水路に投身したくなったけれど、なんとか持ちこたえました!! それもこれも、本日更新のえちちなツイッター漫画のおかげです、本当にありがとうございま――」


 言いかけて俺は口を噤んだ。


 人の気配。

 マミミーマートの中に確かに存在する、廸子以外の気配を感じて俺は真面目モードに戻った。あぶない、入店即猥談とか不審者以外の何者でもない。


 よかった、ギリギリのところで理性を保つことができて。


 ちゃんと危機回避できてるね。

 希死念慮を克服できてるね。

 えらいぞ。


 社会的な死(町の中のみ)を俺は華麗に回避した。


 しかし――。


 客が、居るだと。

 この時間にマミミーマートに客がいるだと。

 田舎のマミミーマートに、俺以外のお客様がご来店だと。

 これはいったいどうしたことか。


 レジ前で廸子となんだか和やかに話しているのは同年代くらの女性。


 ロングヘアーに清潔感のある黒スーツ。白いハイヒール。

 ワンポイント。ブラウスの上からぶら下がっているのは紅色のアクセサリー。

 たぶん宝石。高いやつだこれ。


 ほぁー、田舎に似合わない美人さんがいたもんだなと思ったが早いか、ふと彼女は俺に気が付いてこちらを見て来た。


「うわっ!! 本当にようちゃんだ!! びっくり、こっち帰って来てたって本当だったんだね!!」


「うぇっ!? 知り合い!? どどどど、どちらさんですか!? アイアム、トヨタヨウスケ、ジャパニーズオンリー、オーケー!!」


「そのキョドり方、本物だ!! なによぉ、廸ちゃん、それならそうと言ってくれればいいのに!!」


 はい、これね、俺が一番苦手なパターンですわ。


 面識のない――とりあえず俺はこの数年間でなくしている――人が、こっちの事情も知らずにぐいぐいくる奴だ。


 あぁ、面倒くさい。

 面倒くさいよう。


 廸子や廸子の爺ちゃんは、まぁ、もう、俺の家族みたいなもんですから。

 別に今更気になりませんよ。えぇ、それは。


 けれど、それ以外の人はどうすりゃいいか分かんなくて面倒くさいよう。

 ぶっちゃけ、町内の人でもぎりぎりなのに、こんな明らかに面識ない――あるらしいけれど――人とやり取りするの、どうすりゃいいんだよ。


 そんなコミュ力あったら、僕はメンタル骨折してませんてーの。


 そんで、また、これみよがしにキャリアウーマンみたいな格好が、余計にこう俺の苦手意識を浮かび上がらせてくるんだよ。


 あぁ、もう、ほんと、勘弁して。


「……えっと、どなたか存じ上げませんが、ちょっと今急いでおりまして」


「なになに、どうしたの? えっ、仕事の途中? 私もだから、気にしないでサボっちゃおうよ!!」


「可及的速やかに、トイレという名のゴールにたどり着かなければいけないので」


 しからばごめん。

 俺はなんでか侍みたいな感じでその見知らぬ知人に挨拶をすると、マミミーマートのトイレに駆け込んだのだった。


 ふぅ。

 あってよかったぜ、マミミーマートのトイレ。


 使用中だったら、どうしようかと思った。


◇ ◇ ◇ ◇


「田辺さん? 田辺さんてーと、えーっと?」


「千寿さんと同級生だっただろ。田辺美香さん。ほら、町の北の山裾に住んでる」


「あぁ、黒穂岳の登山道の――って、美香さん!?」


「そうだよ、あの美香さんだよ」


 分かんねー訳だわ。

 そらお前、びっくりするくらい姿が変わってたから、親し気に話しかけられても気づかない訳だわ。


 そんでもって、確かにあの喋り方。

 ウザ絡みしてくるギャルっぽい感じ。

 間違いなく、記憶の中の美香さんだわ。


 格好は完全にキャリアウーマンなのに、在りし日の美香さんそのものだったわ。

 たはー、なんで気が付かないかな。


 田辺美香。


 ババアこと俺の姉貴、早川千寿の同級生で同じ部活だった人だ。

 何度か家に遊びに来たことがあり、その際にかまって貰った覚えがある。

 確か、テニス部――田舎なので女子はバレーかテニスしかないんだけれどね――のキャプテンやってたはず。姉貴とはペア組んでたんだよ、確か。


「テニス部のOBで、よく指導してくれてたんだよな。千寿さんはそういうのあんまりしてくれないのに、美香さんは後輩の世話に熱心でさ」


「まぁ、姉貴はなんだかんだで天才肌だからなぁ。人に教えようとすると、全部感覚で伝えようとしちゃって、結局なんも伝わらない所があるから」


「……まぁ、うん、それは、はい」


 思い当たる節があると見た。

 廸子が黙って視線を逸らす仕草に、俺は大きく頷いた。


 廸子さんや、お前はなーんも悪くない。

 悪いのは、この世のすべての人間が、自分と同じ頭の造りをしていると信じて疑わない、うちのババアだ。ほんと、もうちょっと色々と、人の事情って奴を考えていただきたいもんである。


 ぷんすこ。


「その姉貴についていってたんだから、そりゃ美香さんはすごいわな。同じように天才か、真逆のタイプでないと務まらんわな」


「それ。美香さん、昔は私みたいな格好だったのに、すごい理論家でさ。口開いたらもう止まらないっていうか。それがいちいち的確っていうか。ほんと凄いの」


「そうなのか」


「今は、ほら、山の奥の方、中央道でつながっている工業団地あるじゃない。あそこのクレシェンドの工場で働いてるんだって。なんか、本社から出向の、生産企画開発室の課長補佐とかどうとか」


「すげーあたまいいやつじゃんそれ」


 えー、なに、そんなことになってたのー。

 町の出身者から、クレシェンドの工場に入るだけでも、結構お祝いされるのに。そんなエリートコース歩んでいる人がこの町に居たのー。


 しかも、それがあの美香さんなのー。


 うーん、複雑ぅ。


 俺は思わずしかめ面を造った。

 そして、それはすぐ目の前の幼馴染に、すんなりと把握されてしまった。


「なんだよ、浮かない顔だな? 別に悔しがることなくない?」


「いやまぁ、ないんだけれどさ」


「じゃぁ、その顔いったいなんなんだよ」


 言っていいものか、悪いものか。

 というか、普通に考えて――ババアが美香さんのことを俺に話していない時点で、迂闊に触れたらいかん奴だよな。


 美香さんと姉貴。

 元テニス部のエース二人は表面上は仲良しだった。

 だが、実のところはいろいろと、当時から問題を抱えていた。


 家に遊びに来た際に、その本当の関係を垣間見ている俺はそれを知っている。

 知っているからこそ――たぶん姉貴は、美香さんに、自分がこっちに帰ってきていることを告げていない。


 知られれば、厄介なことになることは間違いないから、まず告げていない。

 というか、それならそれで、さっきのやり取りの間に、何かしらのけん制が入っていたことだろう。


 ところで今日は千寿は――とか。


「姉貴の話にはならなかった?」


「うん? いや、普通になかったけど? またテニスしたいねって?」


「……こっち居るとかどうとか言ってないよな?」


「まぁ、言ってないけど」


 あれ、もしかしてこれって言っちゃいけない奴。

 そんな感じで廸子が青い顔をする。


 いけない奴ですと、曇った顔を返してやれば、そこは幼馴染の以心伝心。

 とりあえず頷いてくれたので当面は安心だろう。


 安心だろうが。


「なんかなぁ、これ、厄介なことになりそうだなぁ」


「そうなの? アタシは、ぶっちゃけよくわかんないんだけれど?」


 なると思うよ。

 おそらく、これまでの経験から行くと。


 どうしたもんかね。

 俺は腕を組んで唸ると、ちょっと今後のことについて、想いを巡らせた。


 まぁなぁ、お互い、もういい大人になったことだし。

 無茶はせんだろうなぁ。


 うん。

 そう信じたい。


「とりあえず……」


「うん? 何か気をつけた方がいいこととかあるか?」


「廸子ちゃん。中学生の頃に使っていたテニスウェアとか未だに持ってたりするの。やっぱりその、彼氏と盛り上がったりするように、これはいるよなって、取っておいたりしてるの。あとほら、制服とか」


「もってねーよ!!」


「僕でよかったら、いつでもファッションチェック付き合うからね」


「しねーよ!! 馬鹿!!」


 ここはひとつ、なんでもない感じで誤魔化しておくか。

 廸子に気苦労かけても仕方ないしな。


 しかし――。


「美香さんかぁ」

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