第16話
ちぃちゃんが猫ちゃん動画にハマった。
「でねでね、みてゆーちゃん。このねこちゃんがね、ずやーってはしってくるの。それでねそれでね、ふくおーのなかにしゅぽーってはいるの」
「へぇー。お、本当だ、すっぽり入ってる」
「かぁいいねぇ」
「うん、可愛いね」
かわいいのはお前たちだぞ☆
ふぅ、今日も姪っ子と幼馴染の猫ちゃんトークで俺の穢れた心が浄化される。
いつもそのタブレットで、ちょっときわどい衣装を着た女の子たちが出てくるアニメとか見ているのに。
ちょっとエッチなアニメを見ているっていうのに。
タブレットと動画は使う人。
女の子が使うと世界を明るくするアイテムになるんだからこりゃまた不思議。
いやはや。
ちぃちゃんに、
「ゆーちゃんいっつもなにみてるのぉ?」
と聞かれて、咄嗟に猫ちゃん動画を見せたんだが。
まさかこんな結果に至るとは。
風が吹けばなんとやらって奴だな。
びっくりだぜ。
そして、廸子の奴、やけに真剣な顔してみてるな。
アレは、本気で楽しんでいる感じの顔だ。勤務中だっていうのに、まぁ。
どんだけ猫ちゃん好きなんだよ。
はじめてこんなの見るみたいな顔しちゃってさ。
俺たち以外に人いないからいいけどさ。
「へー、そっかー。なんだよ水臭いな、猫飼いだしたなら、そう言ってくれればいいのにさ。遊びに行くのに」
「……なに言ってんだ廸子?」
「え? なにって、これ、陽介んちの猫ちゃんじゃないの?」
ホワイ。
どうしてそういうい理解になる。
いや、普通にユーチューブでしょうよ。
明らかに海外の方の音声が入っているでしょうよ。
そんでもって、ちぃちゃんもなにいってるのゆーちゃんって感じに目を見開いているじゃないでしょうよ。
えっ、えっ、何かおかしなこと言った、という感じに焦る廸子。
まさかとは思うが、お前――。
「廸子。お前、まさかとは思うけれど、スマホくらい持ってるよな?」
「タブレット? 仕事の在庫処理とかで使ってるけれど、個人用のは持ってないな。ほら、別にそんなのなくっても生活できるし」
「……廸子さんや、パソコンって、貴方お持ちでして?」
「持ってないけど? 持ってても、ろくに使えないし、使わないし? っていうか、パソコンなんて日常生活でなんに使うんだ? いや、そりゃ、仕事で日報書くのにとかは使ってたけれどさ。あれ、ぽちぽちするのが面倒で――」
おう。
まぁ、その通りだよな。
パソコンなんて持っていても、俺ら山奥に住んでいるアナログ人間。
時代の波に取り残された者たちには関係ないものだよな。
未だに道行くおばちゃんが、MDウォークマン聞いているのを見かけるくらいだし、それは仕方ないよな。
けどな、廸子よ。
「パソコンくらい使えないと嫁の貰い手がないぞ!!」
「……なっ!! あるわ!! セクハラだぞ、陽介!!」
セクハラじゃねーわ。
普通に、情弱の嫁とか、ネタ漫画くらいでしか見んわ。
ツイッターで出てきても微妙な感じの嫁ネタ漫画だわ。
そんな髪してただでさえ嫁の貰い手が限られているのに。
本当にこの子はもう。
なんなのまったくいやになっちゃう。
そんなに結婚したくないのかしら。
白馬の王子さまは、絶賛闘病中でしばらくお迎えにいけないんだZO☆
まぁ、ふざけてる場合でなくて。
マジで廸子のITスキルの低さに、ちょっと俺は怖気を感じた。
というか、普通、俺らの年代はそういうのナシに生きていけないでしょう。
SNS。
アプリ。
ソシャゲ。
サブスク。
田舎でも使える便利なサービスはいろいろとありますですよ。
そもそも。
「スマホと聞いてタブレットと答える。そして、未だにメールで何かと連絡付けてくる廸子さん。貴方、もしかして」
「……さて、なんのことやら」
「ちょっと携帯をお見せなさいな!! こらっ!! 廸子!! そのガラってる携帯を出すんだ!! ネタはもう上がっているんだぞ!!」
◇ ◇ ◇ ◇
ガラパゴス携帯であった。
廸子ちゃんの携帯電話は、見事にガラパゴスってる携帯電話であった。
そら、ツイッターアカウント教えてとか、ラインID交換しようとか、フェイスブック教えてとか、一緒に使うツイッターアカウント作ろうぜとか、ソーシャルセクハラが通じない訳である。
ガラケーだからそんなのできないわな。
いや、一部できるガラケーもあるそうだけれど、これだけ古臭いのだと、もうどうしようもないわな。
ところどころ塗装のはがれた折り畳み式のガラケー。
ラメの一つも貼られていない、ギャル仕様とは思えぬそれ。
そんな古の機械を目の当たりにして、俺は口をへの字に曲げた。
うぅん。
昔から物持ちが良い方だとはおもっていたけれど、ここまでとは。
「これ、お前が高校時代に買った奴じゃん。見たことある奴じゃん」
「……あ、あははー。なんか、買い替えるタイミングがなくてさ。それに、その携帯結構丈夫だから壊れなくて」
「いや、それにしたって、もうちょっと世の中の流れについていこうぜ廸子。こんなんじゃ友達とやりとりするのに苦労するだろ」
「いやぁー、友達って言われてもなー」
目を泳がせる廸子。
誤魔化しているのがバレバレである。
廸子が髪の毛を染めだしたのは高校に入ったくらいの頃だった。
それから、町の中でも噂が立ち――。
まぁ、一時的にではあるけれども、彼女は孤立していた。
金髪にしなくちゃいけないような事情があった高校に友達がいたとも思えない。
中学までのそれは、友達というよりも同級生だ。
なにより、小学校の折りから、俺にべったりだった廸子。
彼女は、女友達を造る機会に恵まれなかった。
いや、中学の部活などであるにはあったが、それをすべて不意にした。
今でも接点を持っているのは、俺の姉である千寿くらい――。
そんな身の上ならば、まぁ、そうなるか。
時代の流れに無理に乗っていく必要はないのかもしれない。
ないのかもしれない。
だが。
「……ちぃちゃんとさ、いつでもテレビ電話できた方が嬉しいだろ」
「うっ、それは!!」
「姉貴とのシフトの調整も、アプリ使った方が楽そうだしさ。この際だ、ガラケーからスマホに変えちまおうぜ、廸子」
そう言って、廸子の携帯を俺は握る。
はたして廸子は、そんな俺にどこか申し訳ない顔をする。
馬鹿、そんな申し訳なさそうにする必要なんてないんだよ。
幼馴染なんだから。
困ってたら、俺はいつだってお前を助けてやるんだから。
「けど、ほら、大切な写真とか入ってるし」
「そういうのもちゃんと新しいのに移動してやるから」
「……ほんと?」
「お前、俺が向うでなんの仕事してたのか忘れたのかよ」
まかせんさい、そう言ってやると、ようやく廸子は安心した感じに笑った。
やれやれ、これだから情弱な幼馴染は困るよ。
まったく。
さて――。
そのご褒美に、ちょっとこいつのガラケーの、待ち受け画面くらい見てやってもいいかな、と、久しぶりに中折れガラケーを開いた瞬間。
「……陽介?」
「……おぅっふ」
俺はそこに、中学の卒業式に、二人で並んで取った卒業写真が載っているのに、思わずむせ返ってしまった。
あまりにも、ガラケーの中に詰め込まれた、大切なモノの身近さに、思わず面食らってしまった。
まかせろ廸子。
最高画質で、新しいスマホでも壁紙にしといてやるからな。




