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第156話

 やはりというかなんというか。

 ここ最近俺のセクハラ力が衰えている。


 前は、呼吸をするようにセクハラしていたというのに、最近はめっきりである。ともすると周りにセクハラされて、逆にうろたえる体たらく。


 いけない、これはいけない。


 セクハラ力は男の力。

 オスが本能的に持っている、溢れ出るワイルドさ。その証明。

 それが枯れるということは、男として枯れてしまったということ。


 まだ枯れるには早い。

 俺はまだ32歳である。

 十六進数なら0x20歳なのである。


 なのに、男として枯れてしまうなど言語道断。

 そろそろ復活して本調子になったら、廸子ともそういうのをしなくちゃいけないのに、EDなんてなってしまっては大変だ。


 幸せな未来のためにも。


「やはり一度、セクハラ力を高めるために、彼の元を訪ねなければならないか」


 俺はかつて、自分にセクハラを伝授してくれた、師匠の元へ向かった。


 そう――。


「誠一郎さんおるー?」


 廸子の家へ。


◇ ◇ ◇ ◇


「いやお前、自分の孫娘にセクハラされるの分かってて、セクハラのトレーニングに付き合うバカがこの世にいると思ってんの?」


「けど俺にかつてセクハラ三十六手を指南して、セクハラ戦士に育てたのは間違いなく誠一郎さんだよね?」


「……うむ、まさかここまでセクハラ戦士として、お前が成長するとは思っていなかったが。確かにセクハラ戦士としての師はこの俺だ」


「だったら弟子のスランプに少しは危機感持ってくださいよ師匠」


 セクハラは豊田家の血の成せる業。

 しかしながら、その一子相伝の技術は、ある時から我が家を離れて神原さんの家に流れた。ウチの親父が一時期、町の外へ働きに行ったからに他ならない。


 後継者に選ばれた誠一郎さんは勘弁してくれと一度は言ったそうだが、セクハラ業のすごさに、これは後世に残さねばと思い、技を受け継いだそうな。


 徳治郎爺ちゃんがまだ生きていた頃の話である。

 なお、本当にそんなやりとりがあったかどうかは知らない。

 結構、話を盛ってくる誠一郎さんなので、八割くらい嘘なんじゃ無いかなと思っている。というか、俺にセクハラ業を教えてきた時も唐突だったし。


 そもそも、真面目で婆さん死んでから一途に操を貫いてきた、徳治郎爺ちゃんがセクハラという時点でいろいろと疑わしい。


 が、それはそれである。


 話の真偽はともかく、俺は今、セクハラ力を研ぎ澄まさねばならない。

 男としての牙を取り戻さねばならなかった。


「誠一郎さん!! 爺ちゃんから伝授されたという三十六のセクハラ業!! 今一度、俺がちゃんとできているか確認して欲しい!!」


「分かった。徳治郎さんから、俺もこのセクハラ流派を受け継いだ身だ。そしてお前という正当後継者にそれを引き継いだ身。責任を持ってその役目を受けよう」


 かくして俺たちは神原道場へと向かった。

 さりげなく移動しながら、廸子の不在を確認して、神原道場へと移動した。


 畳敷き。

 投げ技から打撃技まで、幅広く取り扱うフルコンタクト実戦空手とか言われている神原道場。その道場の畳の下には、とある秘密が隠されている。


「てやぁっ!!」


 誠一郎さんが気合いを入れて、真ん中にある畳を叩けば、畳返しの要領で緑色をしたそれが宙を舞う。さっと空中で畳をキャッチすれば露わになる床。

 そこに、それはびっしりと敷き詰められていた。


 そう――。


「このビニ本を陰干しするのは久しぶりだぜ」


「豊田流セクハラ術大目録!!」


「陽介、実はお前に黙っていたことがある。セクハラ業の確認の前に、まずはそれについて話しておこう」


「隠していたこと?」


「以前お前に大目録の内容を伝えた時には、まだ子供だったから見せなかったが――実は三十六のセクハラ業にはまだ続きがある!!」


「えぇっ!?」


 そんな話、俺は聞いていないぞ。


 いや、確かにかつて俺が誠一郎さんからセクハラ業を教えて貰ったときには、口伝でそれを習っただけで、大目録の中身まで確認させてもらえなかった。


 まさか誠一郎さん、若い俺にはまだ未熟と、セクハラ業を隠していたのか。


 道場主。

 玉椿神原空手道場の主としての貫禄と、豊田流セクハラ術の師範としての顔を浮かべて誠一郎さんがこちらを見据える。

 かつて俺が大目録を口伝により伝授された時よりも風格のある顔だった。


「豊田流セクハラ術三十六手!! これは成人前の子供でも使える初歩の業!! しかし、セクハラ術を極めるのに必要な、基本の型でもある!!」


「そうだったのか!!」


「しかして、成人を迎えることにより初めて残りの三十三手――またの名を裏セクハラ術三十三手を伝授されるのだ!! いいか陽介、ここより先のセクハラは、使いどころを間違えれば、たちまち自分の命をも危ぶむ諸刃の業よ!!」


「もとより!! それは承知の助!!」


 うむ、と、誠一郎さん。

 引き締まった顔で、道場の床に敷き詰められた大目録の一つを取ると、それを恭しくかかげたまますり足で動き、道場の神棚に向かって礼をする。


 きびすを返し、手に携えたそれを俺に渡す。


「すでに齢は二十を越えた。さらに耳を疑うセクハラ乱行の数々は、廸子の口から俺も聞き及んで折る。あっぱれなり陽介。お前は、まさしくセクハラの申し子。故に、この大目録を直に見る資格があると俺は判断した」


「師匠!!」


「セクハラの業は深淵なり――まずはこの大目録を確認して、それより稽古をつけようぞ。さぁ、刮目せよ。それこそ、豊田流セクハラ術の原典にして神髄」


 ずしり重たいそれを手に取り、俺は表紙に目を向ける。

 金色の髪をした白人のバニーチャンが、あはんと腰をくねらせているのを一瞥すると、俺は喉を鳴らしてその表紙をめくったのだった。


 参る。


◇ ◇ ◇ ◇


「いや!! うすうす気づいていたよ!! これ、ただのビニ本だなって!! 古い、外国から仕入れたビニ本だなって!! 俺も気がついていたよ!! けどなんか、誠一郎さんがマジなトーンで言ってくるから、普通に読んじゃったよ!!」


「……へぇ」


「ほんでまた誠一郎さんも、これただのビニ本ですよねって聞いたら、そうだよって笑顔で返してくるんだよ!! 豊田流セクハラ術ってそれじゃなんなんですかって聞いたら、ごめんちょっと冗談で教えただけなんだ、全部嘘なんだって、二十年越しのネタバレをくらいましたよ!!」


「……へぇ」


「俺、今までセクハラは我が家の業だと思って、信じて業を磨いてきたのに!! セクハラの業を極めてきたのに!! いったいこの気持ちをどこにやればいいんだってくらっときたよ!! ちょっともう、何やってんだって訳だよ!!」


「……へぇ」


「そしたら誠一郎さん、いやけどそのビニ本は徳治郎爺ちゃんから譲り受けたものだからなって、また冗談とも本当とも分からないこと言うんだよ!! 大量にあるんだよ!! 金髪のビニ本!! しかもナイスバディ、ちょっと身体がむちっとしている感じの奴!! そんな感じのビニ本が大量にあるんだよ!!」


「……へぇ」


 だからね。

 思ったんですよ。


 昔から、俺、徳治郎爺ちゃんにめっちゃ似ている似ているって、いろんな人から言われてきてたんだけれど、今回の件で思い知ったんですよ。


 あ、なるほど、容姿だけじゃ無くて、他にも似るところはあったんだなって。


「金髪ヤンキーの廸子にここまでときめくのは、爺ちゃんの血なんだなって、その時、俺、理解したんだよね。セクハラとかそういうの関係なく、それに気づいちゃったら、もう、お前にこのことを話さずにはいられなかったんだよね」


「……ふつうにせくはらだぞ?」

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