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第155話

「ひどいの!! 実嗣さんたらひどいの!! 聞いて、ようちゃん廸ちゃん!! あたしもうあの人の愛を信じることができない!!」


「このながれしってる、ぜったいどうでもいいちわげんかのやつ」


「おなやみそうだんとみせかけてただののろけのやつ」


 ここ最近、愛の巣に引っ込んでマミミーマートに出没しなくなり、はぁ、ようやくあの人も落ち着いたか、これでこのマミミーマートも平和になったぞ。

 と、思っていたらこの突然の襲来。


 こいつら周りに迷惑をかけないといちゃいちゃもできないの。


 我らが田辺美香さんは、泣きじゃくりながらマミミーマートの扉をくぐり、そして、イートインじゃなくレジのカウンターに突っ伏した。

 もう完全にのんだくれたおっさんの姿。


 まぁけど、聞いてやらない訳にはいかないんだろうな。

 聞かなかったら多分、逆に長くなるんだろうな。

 これまでの経験から言って。


「なにがあったんですかはなしてくださいみかさん」


「はなせばきっとらくになりますよみかさん」


「ようちゃん、廸ちゃん、聞いてくれるの?」


「「あたりまえじゃないですか(棒)」」


 俺たちは観念した。

 目の前の迷惑姉貴分のどうせしょうもないだろう痴話喧嘩を聞くことにした。


 大丈夫だ廸子、二人で分け合えば、きっと耐えられる。

 砂糖を口からぶちまけそうな内容にもきっと耐えられる。

 幼馴染みの俺たちの絆を信じろ。


「あのね。今日は二人ともお仕事が順調で、一緒におやつを食べることにしたの」


「へぇ、りもーとわーくって、らくそうでいいですね」


「こらゆずこ。じんせいいーじーもーどのてんさいさまたちと、じぶんをくらべてもむなしいだけだぞ。そこはふれるな」


「それでね、冷凍の大判焼きと、グリーンティーを用意したの。二人で楽しい午後のティータイムになるはずだったの。そしたら実嗣さんなんて言ったと思う?」


「ぼくつぶあんよりこしあんなんだよね?」


「こうちゃのほうがよかった? そもそもぐりーんてぃーってなに?」


 グリーンティーをご存じで無い。

 さすが廸子さん、玉椿町の外に出たことが無い生粋の玉椿人。

 関西じゃそこそこメジャーな飲み物だけれど、ここは東海だしそもそも伊勢茶を急須で飲むのがスタンダードな三重県だものね。

 知らないのは仕方ないね。


 まぁ、宇治金時みたいなもんだよと言ってやると、なるほどと納得した。


 そんな話の脱線はともかく。

 いったいどこに怒る要素があるというのだろう。

 というか、もうノロケ話確定じゃないですかこの話、やだー。


 もったいつける美香さんに、いったいなんだったんですかと尋ねる。

 すると、彼女はくねりくねりと腰をくねらせて――。


「大判焼きなんて熱いモノを作って、私の指がやけどしたらどうするんだって、いきなり怒って。それで私の手を取ってぎゅっと握りしめてきて」


「なんだいいはなしじゃないですか」


「かれしのかがみですね。しょうじょまんがみたーい」


「けど、私は実嗣さんに喜んでもらいたくて、大判焼きをレンチンしたの。それなのに、私の体の方が心配って、それはそれでうれしいけれど、なんていうか私の喜んで欲しいっていう気持ちはいったいどうすれば――ってなるじゃない」


「なるなるー」


「なりますねー」


「でしょぉ!!」


 やっぱりそうよねと身を乗り出して食い気味に俺たちに同意を求めてくる、そろそろアラフォーが見えてきた恋愛クソ雑魚ナメクジ初級者田辺美香さん。

 口では理解を示しつつ、俺と廸子は顔で彼女についていけないのを表明した。

 そんな俺たちの顔など、美香さんは気にかけていないのが救いだった。


 恋は盲目とはよく言うが、周りまで見えないんだからもうたいしたものよね。

 ほんと美香さんてば落ち着きなはれ。


「もうそう思ったら、居ても立っても居られなくなって、実嗣さんの優しさが、彼の愛が信じられなくなって、それでこうしてでてきてしまったの」


「しんじられないですなぁ」


「ほんと、しんじられないですねぇ」


「……愛って、いったいなんなんだろう。私、この歳で初めて異性とまともに付き合うからよく分からないの。ねぇ、ようちゃん、私、間違ってるかな? こんなことを思っちゃう私って、嫌な女かな? 面倒くさい女かな?」


「うぅうーん、ぶっちゃけ、ちょうめんどく」


「美香さん!!」


 あっぶねぇ。

 もう少しで本音ぶちまけて、熊倒館必殺の十三の型を連打されるところだった。

 ぎりぎりの所で正気に戻ったわ。


「実嗣さん!?」


「やっぱりここでしたか!!」


 実嗣さんがコンビニに入ってきてくれて、なんとか誤魔化せたわ。

 そっちに皆の意識が言ってくれたおかげで、ゲロ重クソめんどくせー女とか美香さんのこと思ってるのがなんとか隠し通せたわ。


 そして、マミミーマートに逃げ込む前に、とっとと捕まえて欲しかったわ。

 そのアラフォー乙女脳ゴリラ、放っとくと厄介なんだから。周りに迷惑しかかけないんだから。飼い主ならしっかりと世話してよね、実嗣さん。


 額の汗を拭って、カウンターに近づいてくる実嗣さん。

 そんな彼から後ずさって距離を取ろうとする美香さん。

 どうして逃げるんですかと問う、ようやく見つけた(いろんな意味で)恋人に対して美香さんは、なんだか面倒くさいドラマの主人公みたいな顔をした。


 はい、もう、後は二人で勝手にやってください、どうぞ。


「いったい何が気に入らなかったんですか。私に何か悪い所があったというのなら言ってください。きっと改めますから」


「そうじゃない!! そうじゃないの!!」


「だったらどうして、あんな、いきなり逃げたりなんてするんです!! 私が、どれだけ貴方のことを心配したと思っているんですか!! ここにくるまで走りに走って、私の心臓は張り裂けそうだった!! 切なさで張り裂けそうだった!!」


「……実嗣さん!!」


 そりゃまぁ、坂道だからねぇ。

 走ってきたら切なくも苦しくもなるだろうねぇ。


 真夏のマラソンは地獄だからねぇ。


 実嗣さんも美香さんも、人間の規格を外れてタフだからそういうことできるけど、わしら一般人はとてもとても、まねできるような芸当じゃありませんわ。


 なに言ってんだこのトンチキどもと言ってやりたい所だ。

 けれど、ここは俺もぐっと我慢した。


 そりゃおめー、本当の動悸だと言ってやりたい。

 けれど、そこはぐっと我慢した。


 廸子も我慢した、だいぶ我慢した。

 吹き出しそうになるのを、必死に堪えていた。


 地獄か。

 ここは地獄か。

 笑ったら負け的な何かが行われている撮影現場か。


 けど目の前の二人は大真面目なんだなぁ。

 ほんと、恋愛経験値ゼロの二人がくっつくと、こんな大トンチキになるから草。


「ごめんなさい実嗣さん。私ったら、自分勝手だったわ」


「……美香さん」


「実嗣さんのためにと思って用意した大判焼き。なのに、やけどするから危ないと言われてショックを受けたの。心配してくれる実嗣さんの気持ちは分かるけれど、実嗣さんを喜ばせようと思った私の気持ちはどうなるのって、不安になったの」


「そんなの私だって同じさ!! 君が私のために用意した大判焼きだというのに、君の身体のことを気遣ってあんなことを言ってしまった!! 君の親切をまず受け入れるべきなんじゃないかと、あの一言を言うのに、私だって葛藤したさ!!」


「……実嗣さん!!」


「……美香さん!!」


「実嗣さん!!」


「美香さん!!」


 大の男と女が、コンビニで大判焼きがどうこう言いながら抱きしめ合う。

 まるで死ぬまで君を離さないよという感じに、がっぷり組み合うバカップル。

 そのまま濃厚にキッスしようとしたところで、彼らは現行犯で店長に叩かれて退散することになったのだった。


 めでたしめでたし。


「大判焼き、冷めてしまったね」


「いいわよ、また、温めれば。それに、ここはマミミーマートよ」


「そうか。ここで温めて貰えば、誰も火傷しないね」


「「「大やけどだよ!!」」」


 愛の炎でマミミーマートを焼き尽くすのほんとやめてください、マジで迷惑です。

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