第151話
私の名前は本田京一郎!!
鈴鹿に覇を唱える国内でも有数の大企業!!
そのグループ系列研究会社の社長にして、グループ総裁を務める男!!
この日本において、五本の指に入るくらい天と経済に愛された社長!!
私の会社とグループ企業は、この先百年、二百年と、東海地方と日本をいや世界さえも牽引していくことになるだろう!! 父より継いだ会社、二代目の誹りを受けながらも、ここまでの規模に育て上げたのはまた私の力!! もし父の方針で会社を続けていたなら、ここまでグループが大きくなることはなかった!!
そう、この大企業の礎を作ったのは親父ではない!!
この私なのだ!!
なのに!!
どうして!!
「えぇい、走一郎!! 親父のお気に入りだからと図に乗りおって!! 何が現場が第一だ!! 会社の発展に必要なのは経営センス!! 夜学など通わず、普通に高校に進学して、大学の経営学部にでも入ればいいものを!!」
思わぬ所から、私の計画は破綻をきたしていた!!
息子の走一郎が何を血迷ったか、会社に15歳で就職し、さらには夜な夜なバイクで走り回る非行少年になってしまったのだ!!
見た目は全然そんな感じじゃないのに!!
そんな感じじゃないのに!!
「玉椿町!! 我が一族にとって因縁深い土地!! やはり、私が行かねば!!」
「総裁、いったいどこへ!! これから東海地方のグループ関連企業社長たちと大切な飲み会がありますのに!!」
「玉椿に忘れ物を取りにな――今夜は戻らん!! そう伝えておけ!!」
そう言って、私は玉椿町に向かった!!
◇ ◇ ◇ ◇
「だーっはっはは!! 京ちゃんも変わらんな!! まだ尻にしかれてんの!!」
「先輩に言われたくないっすよぉ!! もー!! なんで女って、あんなタフなんすかね!! しかも家庭に入るとゴリラっぷりに磨きがかかる!!」
「分かる!! 俺の嫁もそんな感じ!!」
「進化論思わず信じちゃいますよ!! なんであの可憐なお嬢様が今はゴリラにって!! これが進化なのって!! まぁけど、大切な嫁なんですけどね!!」
「ほんとだよ!! 嫁は大切!! 俺もかーちゃん愛してる!!」
「僕もっすよ!!」
「惚れた弱みって奴だな!!」
「ほんとっすよ!!」
酒場で珍しく親父がはしゃいでる。
誠一郎さんが元気だった頃は、だいたいこんな感じで週末騒いでいたんだよな。
けど、なんだあの人。
初めて見る人だぞ。
しかもすっげー高そうなスーツ着てる。
隣で飲んでる親父なんてブルーワーカー御用達メーカーの作業服なのに。
なんなのこの社会階層のコントラスト。
「ひっさしぶりのびーる!! ひっさしぶりのびーる!! ひゃっほう!!」
「廸子さんや、ちょっと静かに。親父たちがなんか店にいる」
「うそ、マジで? おじさん外飲みとか珍しくねえ?」
後ろではしゃいでいた金髪ヤンキー三十路女が口をつぐむ。
咄嗟に行動できる辺りはさすが廸子ちゃん。
姉貴や美香さんにもまれただけはある。
社会人生活も長いだけはある。
ゴリラゴリラと嫁のことを親父達は言うが、ゴリラ結構じゃないですか。
それくらいたくましい方が貰う方としても安心ですよ。
夏もますます盛んになって参りました。
ここいらでちょっと一息入れておきましょうか。
観光シーズンでマミーマート玉椿店も、ちょっと最近忙しい。
廸子のフラストレーションも待ったなし。
そんな幼馴染みを労うべく、飲みに行くかと誘ってみれば――これだよ。
まさか久しぶりの二人飲み会で、親父と偶然遭遇するなんて。
まぁ、ウチの町には飲み屋は一つしかないので、起こりうる話なんですがね。
とほほ。
なんにしても酔いが回ったおっさんほど迷惑なものはない。
今日は廸子としっぽり、そして、彼女の日頃の疲れを癒やすために飲むのだ。
絡み酒はご遠慮ねがいたい。
なので俺と廸子は、親父達から離れてちょっと遠くの席に座った。
ただ、おっさんたち声がでかいから、話がこっちまで届いてくる。
「いやーしかし、久しぶりだな京ちゃん。五年ぶりくらいか」
「年一で会ってるじゃないですか。もう、なに言ってるんすか、先輩」
「だっはっは、そうだった。玉椿で飲むのは久しぶりで、忘れてたよ。ごめーん」
「まぁ、昔はもっと頻繁に飲んでましたよね。お互い、最近は忙しくって、こんなんなっちゃったの、ほんと残念っすよ」
「いや、俺はめっちゃ暇よ」
「知ってますよ!!」
「ひどい!! 先輩を敬え!! また沢に突っ込んで沢ドリフトかますぞ!!」
「救急車呼ばれる奴ですやん!! 肋骨三本折った奴!!」
「「ゲタゲタゲタゲタ!!」」
洒落になんないこと言って笑ってるなあのおっさんたち。
というか、年一で会っている?
親父にそんな仲のいい友達いたっけ?
親父は基本的に交友関係が玉椿町で完結しているはずなんだが。
そんな彼が、町の外に友達なんて意外だ。
というか、どういう繋がり。
「……うーん、なんか学生時代の先輩・後輩って感じじゃないよね」
「分かるか廸子よ。俺もそう思う。それならもっと縦のパウワーが働いてるよな」
「学生時代の上下関係って大人になっても覆らないからなぁ。とすると、社会人になってからの奴じゃね?」
「社会人になってからって、親父がろくに社会人してたことなんて――」
あったなぁ。
俺が生まれる前の頃、一時期だけ町内から出て働いてたことがあったなぁ。
たしか、津の方にある企業で働いていたんだっけか。
そこそこ大きな土建屋の県支部。
そこで経理とかやっていたらしい。
まぁ、べらんぼうめの親父である。
例によって例のごとく、上の人間とぶつかってバチバチにやり合ったあげく、退職金をふんだくるだけふんだくって玉椿町に戻ってきた。
そうだったそうだった。
完全に思い出した。
その時のことをして爺ちゃんが、あんだけやったらもうどこの会社も親父のことは雇わないだろうなって、すっげー渋い顔して言ってたのも思い出した。
爺ちゃん。
あんたの予言は当たったよ。
まだ親父は、絶賛玉椿でパートタイムジョブしています。
あんたの職人としての技量を少しでも受け継いでいたら、こんなことにはならなかっただろうにね。まぁ、性格が性格だからしかたないね。
そして、そんな親父の息子の俺が、ろくでもないのは自明の理ね。
「その時の後輩かな?」
「おじさんと向こうさんで、随分と人生に差が開いてるのが気になるなぁ。というか、おじさん、短気さえ起こさなければあんな感じになれてたの?」
「いやいや、無理でしょ、あの親父だよ?」
どんな仕事したって、五年も持たない親父だよ。
社長と喧嘩して、警察か労基のお世話になって辞める親父だよ。
絶対なるめえよ。
けど、親父を前にしてサシで飲むおっさんの目には、確かな尊敬が揺れている。
下には優しい人だったって、なんかで聞いた覚えはあるからなぁ。
尊敬はほんとにされているのかもなぁ。
「懐かしいっすね。あの頃。俺と先輩が会社三年目と二年目で」
「仕事の仕方より、無茶の仕方を覚え始めた頃の話な。いやー、懐かしい」
「「ろくでもねえ」」
「経理部の同期は全員頭の固い奴らばっかりで」
「そういう京一郎くんが一番固かったけどね。いやもうすごかったよね、経理部のガチガチっぷり。普通に先輩に、お前とか言って仕事のミスを糾弾するんだもの」
「いや、アレはいつもチョンボするお前が悪いっすよ」
「それそれー!! なつかしー、やめてー!! いや、もう、やめてたわー!!」
「ぶっはっは!!」
全然尊敬される要素なくねえ?
やっぱ俺の親父は親父だわ。
クソオブ社会人。
社会で働いちゃいけないタイプのクソに間違いないわ。
なんでこれで尊敬された。
というか、尊敬した。
できる感じのビジネスマンさん。
いいとこなんてなんもないだろ、そう思った矢先。
「けど、そんな先輩が、俺のこと気にかけてくれて。救われたっすよ、マジで」
「京一郎くんはあきらかに無理してたもんな。経理、あんま得意そうじゃなかったし。周りの奴らに無理して合わせようとしてたし」
「……ほんとよく見てるっすね」
「かわいい後輩だからなぁ。どんだけお前呼ばわりされても、やっぱほら、先輩としては力になってやりたいじゃん」
力になれるかどうかは別としてな。
そう言ってグラスを揺らす。
哀愁を帯びた顔をして、親父は対面の後輩さんを見つめた。
ほんと、面倒見の良さだけはすげえんだよな親父は。
そら玉椿町内で、ほぼニートみたいな生活しているのに、悪口言われることが無い訳だわ。みんなから慕われるし、消防団の副団長になっちゃう訳だわ。
まぁ、人間に求められる能力なんて、いろいろあるわな――。
そんなことを思った俺の前で、身なりのいいおじさまが突然、座敷の上で正座をすると親父に向かって頭を下げた。
おいおいよせよと笑う親父だが、向かいのおじさんは引き下がる気がない。
「先輩。先輩が私を誘って、オフロードレースに出てくれたおかげで、私は自分が何をやりたいのか、はっきりと自覚するこができました」
「京一郎くん」
「先輩が息抜きに誘ってくれなかった、私はあの会社で今も経理をしていたでしょう。今の会社に戻るのも、会社の発展に寄与することも、きっとできなかった」
「気にしすぎだよ。それに、日本一は俺と君で獲ったものだろ」
「今もあのときの、レースの写真は大切に家に飾ってあります。私の宝ですよ」
「あぁ、俺もこっそり家の玄関に飾ってるよ」
なんかあったなそういうの。
ていうか、そういうことか。
この人、親父のロードレースのパートナーさんか。
そりゃ仲いい訳だ納得。
一年近く会っていないと言っていたけど、よほど積もる話があるのだろう。
親父達はまだまだこれから飲み明かす、そんな感じだった。
しめっぽい話を肴に酒を飲むほど俺たちも趣味は悪くない。
「とりあえず、店代えるか」
「美香さんち乗りこんで家のみするとかどう?」
「いいねぇ!! あのバカップルがどういう生活してるか気になるし!!」
という感じで、俺たちは居酒屋から颯爽と立ち去ることにした。
ろくでもない親父だが、こういう夜を過ごす権利くらいある。
今日ばかりはそう思った。
◇ ◇ ◇ ◇
「今、帰ったよーん。たりらりらーん」
「もー、お父さん。どこ行ってたんですか、こんなベロベロになって」
「お父さん!! 玉椿町に行ってたって専務から聞いたけど本当なの!!」
「ほんとうだよーん!! いやー、そしたらひさしぶりに、修業時代に通ってた会社の先輩と会っちゃってさ!! 町の偉いさんと話しようと思ってたんだけど、なんか飲みになっちゃって!! なっちゃって!! ぶはははっ!!」
「……もう、ほんとうにしょうがないわねぇ」
「お父さんがこんななるまで飲むなんて、珍しいね」
「走一郎、お前なぁ!! いいか、若い頃の縁っていうのは大切なんだぞ!! 俺はなぁ、その先輩に会ったおかげで、今の会社で自動車部門を立ち上げて――」
などと言いながら、私は玄関の下駄箱の上を見る。
パノラマ。
引き延ばしたそこに映るのは、オフロードレース日本大会で優勝した私たち。
そこに映る私と先輩は、本当に楽しそうだった。
改めて思う。
あの青春があったからこそ、今の会社も私もあるのだと。
「いいか、走一郎!! 兄貴分は大切にしろ!! それがどんなクズで社会不適合者で、かつろくでなしで仕事上尊敬する所が少しもなくてもな!!」
「……えぇー」
「それが社会ってもんなんだよ!!」