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第146話

 俺の名前は本田走一郎!!

 関西最速ダウンヒルバイカーを自負する男!!


 三重県内でも知られた走り屋の聖地玉椿町!! 軽四で慣性ドリフト、九十度カーブノンストップ待ったなし野郎が出ると聞き、勝負にやって来てから半年!!


「お兄ちゃん、このフラッペめちゃくちゃおいしいよぉ!!」


「コーヒー味もなかなか。いやぁ、たまにゃこういうのも悪くないね」


「マミミーマートのフラッペは主力商品だからな。本部からも、推せってお達しが来てるんだけど、玉椿は田舎だろう。買う人いなくてさ。千寿さんもやきもきしてるんだよ。いやー、ほんと、買ってくれてありがとな、陽介、走一郎くん」


「やだなぁ、僕たちの仲じゃないですか、困ったときはお互いさまですよぉ」


「廸子――ごちにになりやーす!!」


「いや、奢った覚えないから!! ちゃんと払え!!」


 俺はすっかりと当初の目的を忘れていたのだった!!


◇ ◇ ◇ ◇


「軽四で慣性ドリフト九十度カーブノンストップ待ったなし野郎? そういや、最初走一郎くんがこっちに来たとき、そんなこと言ってたような?」


「随分前の話過ぎて、もう記憶もおぼろげだよな」


「僕も、つい最近まですっかりと忘れていて」


 急に走一郎くんが暗い顔をしたのでどうしたのかと尋ねたらこれである。

 俺はいったい何をしているんだ。そんな感じで、持っていたフラッペをイートインコーナーのテーブルに置きどんよりとした顔をする走一郎くん。


 そんな落ち込まなくても。

 こんなこと生きてりゃよくある話でしょ。


 俺だって、敏腕プログラマー目指していたはずなのに、気がついたら親会社のハードに紐付いた案件しかやってなくって、技術力なしなしの若さと時間だけを無為に搾取された、典型的30代リタイアプログラマーな訳ですしおすし。


 うん、言っててちょっとうつになった。


 最初の思惑と違うことを気づいたらやってた。

 結構これショッキングだな。


 肩を落とす走一郎くん。

 そのしょんぼりとしぼんだ肩を俺は優しく叩く。

 人生こういう辛いこともある。

 優しく語りかけると、走一郎くんは俺に尊敬の眼差しを向けた。


「とはいえ、走一郎くんがいうような人物に心当たりはないんだよな」


「玉椿の走り屋って、千寿さんか美香さんくらいだものね。四輪の走り屋ってのは、正直聞いたことが無いわ」


「ですよね。やっぱり聞き間違いかな」


 またしてもしょぼくれる走一郎くん。

 だから、そんな落ち込むことじゃないよ。


 というか、そんな危ない奴がいるなら、お袋が把握しているだけれど。

 親父も、この地域の防犯を任されてる関係で、なんか知っているだろう。

 ババアは、この地域を締めてる人間として、走り屋は知ってそうなんだよな。


 うぅん。

 一度、お袋経由で警察署に問い合わせて見るか。


 そんなことを思ったとき。


「あ、なんか夏子ちゃんからメッセージが。うぇ、こっち向きのバス乗り過ごしちゃって、ちょっとバイト来るの遅れるって」


「……なにやってんのさ夏っちゃん」


「まぁ、玉椿は田舎だから仕方ないよ。なんだったら迎えに行ってあげようか」


「お、頼めるか、陽介?」


 廸子が俺に視線を向ける。

 いいのかね、若い娘の送迎を頼んじゃってと言うと、そんなことしたらどうなるか分からないほど馬鹿じゃないだろと、マジな顔で言われた。


 はい、想像できます。

 なにもしません。


 まぁ、信用されているからこそ、話を振ってもらえるんだけれども。


「……あの、お兄ちゃん。僕も一緒に行ってもいいかな?」


「およ? 夏子ちゃんと俺がなんか過ちを起こさないか心配?」


「……そういうんじゃないけれど」


 と、言いつつ指先をこねくり回す走一郎くん。

 俺を信頼しているけれども、それでも心配と顔に出ていた。


 可愛らしいねぇ。

 そんな顔見せられたら、疑われた俺も許しちゃうよ。

 それじゃ一緒に行こうかと声をかけると、走一郎くんは力強く頷いた。


「あ、そう言えば、お兄ちゃんの車に乗せて貰うの、僕これが初めてかも」


「そういや前に川で遊んだときもバイクで直行だったね。まぁ、そんなかしこまらないでよ。テストドライバーには劣るけれど、俺も捨てたもんじゃないよ」


「へー」


 助手席に走一郎くんが座る。

 シートベルトを締めたのを確認すると、俺はイグニッションキーを回した。


 軽自動車特有の軽いエンジン音。

 そして、エンジンの鼓動と共に揺れる車体。

 ほの暗い玉椿の空を見てライトをつけると、俺はバックにギアを入れた。


「えっ、ちょっと、お兄ちゃん!? バックにギア入ってるよ!?」


「大丈夫大丈夫」


 バックで車道へとイン。

 そして、すぐさまドライブへ。

 さらに思いっきりベタ踏みで加速する。


 うん――。


「よーし、それじゃ、駅前までタイムアタックだ。走一郎くん、記録よろしく」


「記録よろしくって!? お兄ちゃん!? ちょっとお兄ちゃん!!」


「あんま喋ると舌かむよー」


 フルスロットルで県道をぶっ飛ばす。

 目指すは、夏子ちゃんが待つ玉椿町の駅。


 大丈夫だここの道は、俺にとってはもはや遊びなれた庭。

 目をつむっても走れるし、五感すべてを遮断しても、完璧に走れる。


 おいおい、対向車が来たらどうするんだって――。


 ここは天下の玉椿町。

 車なんんてね、一時間に十本も通らないから大丈夫ですよ。


「お兄ちゃん!! お兄ちゃん!! 駄目だよ、ちょっと、速度が!!」


「んー、玉椿町は日本のホンジュラスだから」


「どういう理屈!?」


「走一郎くん。走り屋なら分かるだろう、負けられない戦いがあるって」


「ただ夏っちゃんを迎えにいくだけじゃない!!」


 走一郎くんてば、自分も走り屋の癖にこういうのにはうるさいんだな。

 ちょっとびっくりだよ。


 けどほら、やっぱりさ。

 男の子って峠に最速求めちゃうものじゃない。


「……もしかして、噂の峠最速の男って」


「あぁ、そりゃないない、うちの玉椿には、俺より早いのが二人居るから」


「……二人?」


 その時だ。

 対向車線のさらに向こう側、斜面に沿って爆走する軽トラックが現れた。

 開いた窓からこちらを覗いて、おい馬鹿野郎と怒鳴ってきたのは――。


 何を隠そうその二人の一人。


「なにこんな宵の口から爆走してんだ!! ちょっとは考えろ馬鹿息子!!」


「お兄ちゃんのお父さん!?」


「あの人、昔オフロードレース日本チャンピオンなのよね。今も、道なき道を走らせたらかなう人いないのよ。というわけで、玉椿最速その一」


「その二は!?」


 その二とはあまり会いたくないんだけれど。

 ただ、親父がやって来たということは彼女もまたくるだろう。


 すぐさま鳴り響いたのはサイレンの音。


 そして、高速で疾駆する軽四自動車の背後に、それはのっそりと現れた。


 赤い光を放って走るそれは――ミニパト。


「はい、そこの親不孝車止まりなさい!! 何があったかしらないけれど、この玉椿の女帝から逃げられると思っているの!!」


「ミニパト!! そして聞き覚えのある声!!」


「はい、あれが、玉椿最速その二」


 うちのかーちゃんでございます。


 そう、父はフリーター。

 母は町のおまわりさん。

 それが、我が豊田家なのです。


 そして、二人とも揃って、超絶ドライビングテクニックを持っていたのが運の尽き。そりゃ姉貴みたいな、峠の竜が生まれるってもんである。

 俺はまぁちょこちょこだけれど。


「こらー、ようちゃん止まりなさい!! これ以上親を泣かせないの!!」


「そうだ陽介!! なに違反切符切られてんだ!! 今月厳しいんだぞ!!」


「あー、もう、二人とも面倒くさいからぶっちぎっちゃうね」


「ぶっちぎっちゃうの!? 玉椿町最速なんじゃないの!?」


 最速だったんだけどねぇ。

 けど、最近は歳のせいなのかね、ちょっと走りにキレがないんだよね。

 という訳で、俺は両親を振り払うべく、アクセルをふかす。

 そして、そのまま一気に峠道を走り抜けた。


 途中、九十度カーブもあった。

 けれど、慣性ドリフトでノンストップ突っ切ってやったわ。

 ふははは。


「ほんと、玉椿にあの二人を超える走り屋がいるとは思えないけどなぁ。いったい、どこから出た噂なんだろう」


「……ソウダネ、オニイチャン」


「あれ、走一郎くん、どうしたの? なんか顔色悪いけれど?」


 俺、また、知らないうちに、なんかセクハラしちゃった?

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