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第139話

 マミミーマート玉椿店のイートインが、デートスポット化している。

 最近そんなこと思うんです。


 最初は普通に山奥に作業しに来たおじちゃんたちが、カップラーメンとか啜っている、ザ・ドカタ・スポットだったんです。けど、いつの間にやら、バカップルが占拠するようになって、デートスポット化した感じがするんですよ。


 フードコートでラーメン食ってたおじちゃんたちは、今は自分たちの作業用トラックで冷房利かして昼休憩しているんですよ。

 なんていうか、すげー申し訳ないことになっているんですよ。


 みんなの憩いのスポットマミミーマートなのに、人を選ぶようなことになってしまってるのに、俺もちょっと責任感を感じてしまうんですよ。


 なんで俺が店員でもないのに責任感を感じるかって?


「実嗣さん、今日はオムレツにチャレンジしてみたの。上手く卵に包めなかったけれど、たぶんおいしくできてると思うわ」


「見てくれなんて関係ないさ。料理に大切なのは、相手のことを想って作ったかどうかだけ。愛こそがまさしく最大の調味料」


「味わって、私の愛」


「あぁ、溢れ出るようだ。感じるよ、美香さんの溢れ出る肉汁という名の愛を」


「やだもう、実嗣さんのエッチ」


「てんないでわいだんするのやめてくれます。ほかのおきゃくさまのめいわくです」


 思わず俺が突っ込んじゃったよ。

 店員でもないのに俺が突っ込んじゃったよ。


 だって店員が固まっているから。

 怖い先輩が、人目をはばからず乙女モードでお弁当を振る舞う姿に、パニック起こしてるから。助けてって感じで俺を見るからついつい口走っちゃったよ。


 ついでに、バックヤードへと続く扉の影から、ぎりぎりとこちらを睨み付ける、一児の母の抜き差しならない視線に、もう黙っていることができなかったよ。


 そうだよ。

 もう、お前だけが頼りなんだっていう視線に突き動かされたよ。


 廸子も、ババアも、後で覚えていやがれ。


「なによう、ようちゃんてば人の話を猥談なんて。そんな話してないでしょう。私たちは、二人の間にある絆を確認し合っていただけじゃない。ねぇ、実嗣さん?」


「あぁ、美香さん。私たちの間に流れる、愛情という河の深さを言葉で探り合っていただけ。陽介くん、君も大人の恋愛というものが分かっていない様子だね」


「そんなおとなのれんあいわかりたいともおもわないです」


 これね。

 テーブル席にね、二人して顔合わせてやり合ってるならまだ分かるの。

 けどね、この二人ね、これ見よがしに肩を並べてお食事しているのよ。


 なんていうかね、恋人や新婚夫婦以上のパーソナルスペースの近さを演出して、彼らってば見せつけてくるのよ。

 ほんでもって時々寄り添い合って、幸せフラッシュかましてくるのよ。


 そりゃ工事現場勤めのおっさんたちも裸足で逃げ出すわ。

 俺も逃げてえ。


 どうしてこんなことになったのか。

 なんでこんなことになってしまったのか。


 後悔先に立たずとはよく言ったものだけれど、こればっかりはあんまりである。

 美香さんのことを助けてくれた実嗣さんには感謝以外の何物もないけれど、ここまでのバカップルになって俺たちの平穏を乱すとは、正直想像もしていなかった。


 これがほぼ毎日ですぜ。

 マミミーマートとしては商売あがったりってもんですよ。


 というか、お前ら、仕事はどうした。


「実嗣さん、はい、じゃぁ、これ。次はハート型に作ったハンバーグ」


「ケチャップの色味が、君の愛の深さを感じさせてくれるよ」


「やだ、もう。何をやっても褒めてくれるって、ほんと実嗣さんてば彼氏の鑑」


「なにをやってもってことはないさ。君がもし、悪の道に走ったときには、私は全力で君のことを止めてみせるよ」


「たとえば?」


「私というものがありながら、私以外の男に走ろうとした時、とかかな」


「そんなことしないわ!! けど、嬉しい!!」


 ブラックコーヒーがカフェオレになるわ!!

 お前、お前ら、お前らなぁ、ほんと、お前、お前ら、おまぁああああっ!!


 落ち着け陽介とカウンターから声がかかり、俺はすんでの所で我に返った。

 いけない、あのまま激情に駆られていたら、俺は手にしたアイスコーヒーを彼らにひっかけ、打撃系と関節系という悪夢のプロレスコンビに沈められていた。


 よし、よく堪えた豊田陽介。

 お前はやればできる子。


 けど、押さえらんねえ!!

 お前ら、三十歳越えたカップルだろう!!


 もうなんていうか、いろいろと人生経験豊富で、恋愛の駆け引きについてももうちょっといろいろあるだろう!!

 なんでそんな中学生みたいな恋愛駆け引きしているんだよ!!

 見ていてこっちが歯がゆいよ!!


 愛の深さがどうこう言っていたけれど、浅すぎてびっくりだよ!!

 二人の愛の確かめ方のABCが中学生並みに浅すぎて、俺はもうびっくりだよ!!


「なんかもうちょっとあるでしょ!! 大人らしいいちゃつき方が!! なんであんたら、そんな中学生がドラマを見てやりましたみたいなことになるの!!」


「なんと。今どきの中学生は進んでいるんだね、美香さん」


「えぇ、こんなことを人前でするなんて、おませさんね実嗣さん」


「お前らが遅れてんだよ!!」


 もうやだこの二人。

 カップルになってからなんかどんどんキャラクターが変わっていくんだもの。


 ちょっと前まで、私が玉椿のアラサーシャカリキヒロインチャン美香さまだってそういう感じだったのに、今はマジヒロインの顔しているのなんなの。


 恋愛なんて不要、必要なのは生き抜く力のみって感じで無頼派やってた実嗣さんが、今はもういっちょ前にレディコミのスパダリになってんのなんなの。


 愛が人を変えるとはよく言うけど、変わりすぎたよお前ら。

 もうちょっと、原型を留めて変形するなら変形して。


 ギャップに周りがついていけないの。

 それでなくても、その甘ったるい恋愛観に世界がおいつけないの。

 もうちょっと、大人のお付き合いで、俺たちの心を安心させて。


 助けてと、俺は廸子に視線を向ける。

 しかしながら俺の幼馴染みは虚無の顔をしてどこかを見ていた。ここではないどこかを見ていた。俺を見るのも拒否し、バカップルの存在をなかったことにした。


 そこまですることあります。


 ならばと今度はバックヤードに待機している、幼馴染みへの愛が重たい一児の母に助けを求める。けれども彼女も、自分の義兄と幼馴染みがいちゃこらしているという直視に耐えぬ状況に、青ざめた顔をするばかりであった。


 というかやめて、姉貴。

 それ、夢に見る奴だから。

 ほんと怖い。


 ダメだこれ。

 頼りになるのは俺一人って奴だ。


「あ、そろそろ時間ですね、実嗣さん」


「そうですね。悲しいですが、お昼休みは終わり。私たちも社会人ですから、仕事からは逃れられない」


「やっと終わってくれるのか、この地獄が!!」


 ようやく二人ともイチャコラやめてくれる流れになった。

 ありがとう仕事。

 ありがとうキャリアウーマン。

 ありがとう神戸の財閥の頭領。


 なんだかんだいって、彼らも社会的な地位がある人間なのよね。


 こんな山奥のコンビニで、地位もへったくれも無い恥を搔いているけれど、それでも会社を背負っているビジネスパーソンなのよね。

 今まで仕事はクソと考えてきた俺だが、今日ばかりは世の仕事に感謝した。


 さて、よっこいしょと腰を上げる美香さん。

 タイトスカートの裾をちょいと指先でいじると、彼女は荷物を持ち上げる。そして、名残惜しそうに実嗣さんの隣から立ち上がると――。


 その正面の席に座って、パソコンを広げたのだった。


「もしもし、実嗣だ。今、昼休みが終わった。こちらで業務に入る」


「はーい、みんな、昼休み終了よ。きびきび働く。私がリモート勤務だからってだらけないの。いいこと、離れていたって社内の仕事状況は、サーバのトラフィックで分かっちゃうんだからね」


 違った。

 こいつら仕事持ち帰ってやがった。

 リモートワークガチ勢だった。


 文明の利器を使いこなしてまで、イチャコラする奴らだった。


「……陽介、頼む。こいつらを追い出すために、卑猥な単語を連呼してくれ」


「姉貴!?」


「陽介、お願いだ!! 社会的に地位を失っていいのは、ニートのおまえだけなんだ!! アタシ、こんな地獄耐えられない!!」


「廸子まで!! そんなお前ら、普段俺のことをセクハラセクハラうるさいのに、こんな時だけいいように使って!!」


 勘弁しての波動をカウンターから発するマミミーマートの店員たち。

 そんな彼女たちの視線に気圧されて。

 そして、この憩いの場を守るために。


 俺は、俺は――。


「って、言えるか!! ネット経由でいろんな人に迷惑がかかる!!」


「「頼むよ陽介ぇ!!」」


 マミミーマートからすたこらとさっさと逃げ出すのだった。


 ほんともう、やだ。三十歳後半までこじらせた、童貞と処女って怖い。

 こんなかがくへいきになるまえになんとかしなくては。


「ふふっ、美香さんが前にいるだけで、仕事の能率が10割増しだよ」


「ほんと、実嗣さんの顔を見ているだけで、仕事の疲れもふっとぶわ」


「もうお前ら、さっさと同棲して自分ちでやれよ、このバカップル!!」

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