第117話
「えっ!? 走一郎とは友達でオニショ――男同士とかそんなんじゃない!?」
「そうそう。アイツ、発言はふざけてるけれど、ノーマルだから。走一郎くんは普通に弟だと思ってるって前に言ってたよ」
「そうだよ!! なに変なこと考えてるの夏っちゃん!! 男同士でとか、そんなのおかしいじゃない!! 常識で考えてよ!!」
「……だってぇ」
「走一郎くん、そういう所だよ」
「そーいうとこー!!」
「そういう所ですね」
「えっ!? えっ!?」
陽介がコンビニに向かってかれこれ二十分弱。
アタシたちは水辺でコンロに炭をくべつつ、ガールズトークに華を咲かせていた。いや、走一郎くんは男の子だけれど。まぁ、それはそれって言うことで。
ドレス姿からパステルカラーの水着に着替えた八代夏子ちゃん。
ビキニスタイル。
若い――体のラインに自信がある――頃しか着れない奴だ。
おばちゃんに足を突っ込んでいる私にはちょっと無理かな。
そこに加えてこの美貌。
そりゃ陽介もはしゃぐよね。
けど、しょげかえる姿はまさに女子学生って感じ。
ちょっとしたことで表情をころころ変える辺りはまだまだ子供だな。なんて生意気を言えるほどアタシも大人じゃないんだけれど。
ただ、こうして話してみてはっきりと分かったことがある。
「いい子じゃない。走一郎くん、大切にしてあげなよ」
「しますよ!! もちろん!! 夏っちゃんは僕の自慢の幼馴染ですから!!」
「……幼馴染ぃいぃ」
「だからそういう所だってば走一郎くん」
焼くなと言われたウィンナーを網の上で転がしながら苦笑い。
走一郎くんも、夏子ちゃんも、お互いに大切に相手のことを想っている。
それがよく伝わってきた。
ただまぁ、ちょっとボタンの掛け違いが激しいけれど。
この辺りは、幼馴染との付き合いの長いアタシと陽介がフォローするしかないんだろうな。アタシらもなんだかんだで長いからねぇ、幼馴染。
ほんともう、三十年も付き合ってれば、だいたい彼らの問題もわかりますよ。
とりあえず、夏子ちゃんの方はいいとして、問題は走一郎くん。
陽介になつくだけあって、この子もいい子――と思わせて食わせ者だわ。この調子で、これからも夏子ちゃんを無自覚に傷つけるのだろう。
ていうか、涙と鼻水で美少女がぐちゃぐちゃ。
その顔でいろいろと察してあげようよ走一郎くん。
ほんと、男ってなんでこんなに馬鹿なのかしらね。
「走一郎くん。夏子ちゃんのことは普通に好きなんだよね」
「もちろん!!」
「普通になの……」
「女の子として好き? 幼馴染として好き?」
えっと固まって口ごもる走一郎くん。
今まできっと意識したこともなかったのだろう。
そんな顔をしている。
そして夏子ちゃんも。
え、それ聞いていいんですかって、そんな顔をしてこっちを見た。
うん、そろそろそういうのはっきりさせた方がいい時期だとアタシは思う。
というかいつまでもずるずるやってても仕方ないしね。
こういうのはさ、早いうちにはっきりさせて、覚悟を決めるに限る。でないと、ずるずると現状維持で、ぬるま湯に浸かったように付き合うことになる。
彼氏でもなく恋人でもない。
幼馴染がずっと続く。
それって結構つらいよ。
実体験から言わせてもらうけど。
現在進行形でそれだから言うけど。
ほんと、陽介がもうちょっとしっかりしてくれたらなぁ。
病気だから強く言えないのがほんと歯がゆい。
まぁ、それであいつが落ち込むくらいなら、全然アタシは耐えるんだけれど。
笑っていてくれた方が、やっぱり、ほら。
嬉しいしね。
おっと、話がそれた。
何が言いたいかっていうと、お互いの関係をはっきりさせようってこと。
「まぁ、すぐに結論を出せとは言わないけど、ちゃんと整理した方がいいよ。同性だったらいつまでも幼馴染でいいけど、異性だと難しいからね」
「難しいんですか?」
「お互いに根気が必要。それより、お友達なのか、恋人なのか、あるいは結婚を前提にした相手なのか、はっきりと意識を擦り合わせないとこじれるわよ」
「あっ、待って、待ってください廸子さん!! ちょっとその、それはまだはっきりさせるとそれはそれで、私の中で心の準備がといいますか!! もし友達に選ばれてしまったら、もうどうしていいか分からないといいますか!!」
そんなことないじゃんって顔して夏子ちゃんのことを走一郎くんは見ている。
けれど、いっぱいいっぱいの夏子ちゃんは気が付いていない。
そしてそういう顔をするだけの走一郎くん。
うぅん。
二人がお互いの関係をはっきりとさせるのには、時間がかかりそうだなぁ。
ふと、その時、網の上でパチリとウィンナーが弾けた。
さすが取っておいてと言うだけあって、いい音がするウィンナーだわ。
音だけでご飯が食べられそう。
「さ、焼けた焼けた、食べようぜ」
「……いいんですかね。お兄ちゃん待たなくて」
「よーちゃんなんていいんだお。きっとこんびいでおにぎりたべてる」
「ありえそうな話ですね」
「そういうこと。まぁ、アイツのアレは先にウィンナー食っておけってフリよ。幼馴染のアタシには分かる。なので、みんな一つずつ食って良し」
わぁいと網の上を転がるウィンナーに手を伸ばす子供たち。
子供たちはウィンナー好きだよね。
下手すると焼き肉より、そっちの方が好きかもってくらい。
あっという間になにもなくなった網の上。
そこに、今度は市内の名物である鶏肉を展開する。
ウィンナーと違って、滴る肉の油によって、煙がむせるほど立ち上る。
少しコンロから離れてアタシはふぅと息をついて額の汗を拭った。
いつの間に移動したのだろう。
気づくと横に夏子ちゃんがいた。
「……あの。それでその、陽介さんと廸子さんは、幼馴染なんですよね」
「うん。そうだよ」
「だとすると、その――どっちを選んだんですか? えっと、とても失礼なことを聞いているのは分かるんですけれど、あの、やっぱり気になって」
あはは。
そりゃ、これだけしたり顔でいろいろと語ればそうなるよね。
気になっちゃうよね、アタシと陽介の今の関係。
ずっと続けてる幼馴染。
その関係の答えは、とっくの昔にあいつからもらってる。
今はただ、ちょっといろいろあって、すぐにそうはなれないけれど。
「異性としての好き、だよ。君らくらいの頃に、陽介がはっきり言ってくれた。ほんと、アイツ、普段は馬鹿なのに、決めるところはちゃんと決めてくれるのよ」
「……おぉ」
「だからまぁ、走一郎くんにも期待しておいていいと思うよ。なんだかんだで、似てほしくないかもだけど、二人は似てるからさ」
たぶん、そう、遠くないうちに、結論は出してくれると思うよ。
走一郎くんをたぶらかした相手――と想ってた人に言われてもだけど。
思っているほど、走一郎くんは、夏子ちゃんのことを女の子として見ているよ。
◇ ◇ ◇ ◇
「うぃんなーさん、三つ余っちゃったね、つづねぇちゃ」
「陽介さん、光さん、それと――あちらで休まれている美香さんの分ですね。ダメですよちぃさん、一人一つです」
「ちぇーっ!!」
「それぞれのお皿に取り分けておきましょう。あと、美香さんには運んであげましょう。なにやら、今日はみんなとはしゃぐ気分ではないようですし」
「じゃぁ、ちぃがみかちゃーにウィンナーさんもってってあげゆ」
「あ、こら、ちぃさん!! 川岸で走ったら危ないですよ――」