第104話
俺の名前は本田走一郎!!
「とか思ってる場合じゃない!! 夏っちゃん!! ごめんなさい!! 僕、あれがどんなにはしたないことか、よくわかっていなくって!!」
「……」
「ごめん、ごめんねなっちゃん!! すごく反省しているから!! 僕、男として責任ちゃんと取るつもりだから!! だから、お願い、部屋から出てきて!!」
「……」
「夏っちゃぁん!!」
今俺は幼馴染――夏っちゃんの家に来ている!!
より具体的には彼女の部屋の前に来ている!!
鍵がかけられた部屋。夏っちゃんは俺の問いに応えてくれない!! 何度も何度も話しかけているのにガン無視である!!
無理もない!! 俺はそれだけのことを夏っちゃんにしたんだ!!
許されることじゃない!! ほんと、知らなかったからってあんな――!!
「お兄ちゃんに教えてもらって知ったんだ!! あぁいうのはその、とってもいけないことなんだって!! ごめん夏っちゃん!! 本当にごめん!!」
「まぁまぁ走一郎くん。そんなに謝らなくてもいいんですよ」
「夏子も走一郎くんのことは憎からず思っているし、うちとしても君の会社とこれからもズブズブの関係で、おっと、これは表現がいささか卑猥だったかな」
うふふ、おほほと笑うおじさんとおばさん!!
自分の娘がそういう目に合ったのに、なんで平然としていられるんだ!!
くそっ、やっぱり、俺が夏っちゃんを嫁にもらって幸せにするしか――!!
けど、その前に!!
男としてつけなくちゃいけないけじめがある!!
「本当にごめん!! 夏っちゃん!! あれはその、君のことを決してそういう目で見ていたわけじゃなくって、本当に何も知らなくてやったことで!! 一度だって夏っちゃんのことをそういう目で見たことは!!」
「うがぁーっ!!」
扉が突然開いたかと思うと、前に座っていた俺をそれが吹き飛ばす!!
胡乱な目をして中から現れたのは、ぼさぼさの髪の幼馴染!! かつて、こんなに荒んだ夏っちゃんを見たことがあるだろうか!!
どうしよう!! こいつはマジで、激ヤバのぷんぷん丸だぜ!!
「にどとくるな!!」
「夏っちゃん!!」
◇ ◇ ◇ ◇
「お兄ちゃん。もう、僕、どうしたらいいか分からないよ。夏っちゃんに、嫌われちゃった。大事な幼馴染なのに」
「……んー、まぁー、時間が解決してくれるのを待つしかないんじゃね」
「ないんじゃねじゃねえよ。お前が余計な入れ知恵を繰り返した結果じゃねえか」
まったく、もって、その通りでございます。
私のせいでございます。
清く正しい走一郎くんたちの関係に土足で踏み込んだ俺のせいです。
だからこうして、またやって来た走一郎くんに対して、お悩み相談室やってあげてるんじゃありませんか。
どうも、永六輔じゃなくて豊田陽介子供ラジオ相談です。
このネタ、俺らの世代でも一部の人にしかわからないよね。まぁ、俺も昔はラジオっ子でした。やまだひさしとか超好きです。あと、久保田利伸とか。
そりゃともかく。
やっぱおっぱい揉みしだきはまだ尾を引いていたか。
俺と廸子だったら、もう、陽介ったらスケベなんだからしたないなぁもみもみ案件なのに、そっちの幼馴染はまだそこまでの仲ではなかったか。
幼馴染の好感度ステータスを読み間違えた俺の責任。
くっ、ギャルゲー百戦錬磨の俺としたことが、なんたる失態。
けど1か月近く怒ってるとか、ちょっとひどくねぇ。
「謝りに来たのになしのつぶてとはなぁ。挙句、にどとくるなか――走一郎くん悪いことはいわん、その幼馴染はやめておけ。ろくな女じゃねえ」
「そんなことないよ!! 夏っちゃんは、ちょっと口うるさくて、僕のやることにケチつけてきて、嫌なことがあるとヒステリック起こして、僕の両親にいろいろ告げ口するけれど、それでも、僕にとってはとてもいいお姉ちゃんなんだ!!」
「とてもいいお姉ちゃんの定義がいますごく揺れた気がする」
走一郎くんよいこ過ぎない。
寛大過ぎるその心と、まっすぐにこちらを見てくるその曇りなき眼に、俺と言う卑俗な存在がかき消されてしまいそうだよ。
これ絶対優良物件。
結婚したら何があっても愛してくれる奴。
そんな走一郎くんに対する数々の仕打ち。
胸をもみくちゃにされても、許してあげるべきでは。
なぁ廸子と俺は幼馴染に同意の視線を向ける。
すると、しらけた顔を彼女は俺に浴びせかけてきた。
まるでなにもわかっちゃいないね、と。
「走一郎くん。人の恋路に口だすのはどうかなと思って黙っていたんだけれど、ちょっと今回は陽介のアドバイスが致命傷になりそうだから言わせてもらうね」
「致命傷とな!! 廸子、それはちょっと俺に対してあんまりじゃないか!!」
「はい、女心が分からなくて、セクハラばっかりするバカは黙る」
はい。
わからないし、セクハラばっかりする僕は黙ります。
廸子ちゃん久々にマジだ。
声のトーンがマジだ。
そして、そこはかとなく、俺の日ごろの言動に対する棘が。
まさかここまで俺のセクハラが、廸子の心を苛んでいたとは。
猛省である。
傷つけるつもりなんてなかった。
ただ、どう接すればいいか分からなかった。
不器用な俺のやり方が、こんなにも廸子を傷つけていたなんて――。
幼馴染として恥ずかしさしかない。
ごめんよ、廸子。
まぁ、次の日には普通にセクハラしてるんでしょうがね。
俺は俺のろくでなしっぷりにはこれでも自信を持っているんだ。
持ったところでどうしようもないけど。
とかふざけるとまた睨んでくる。
はい、真面目に聞きます。
「あのね。ちょっと気になったんだけれど、走一郎くん言葉が足りてなくない?」
「言葉ですか?」
「例えば、やっちゃったから責任取るとか。それ、仕方なく君が夏子ちゃんと付き合うみたいに聞こえるよ。もちろん、そういうつもりはないと思うけど」
「……言われてみれば確かに」
「あとね、一度だって夏子ちゃんをそういう目で見たことないって本当? それならそれで、本当に結婚はやめておいた方がいいと思う。ちゃんと恋愛感情を抱くことができるかって、大切だとアタシは思うよ。幼馴染なんだからなおさらね」
うっと苦しい顔をする走一郎くん。
その苦しさが、ないからくるものか、それとも、あるからくるものか。
それは頬の火照りからあきらかだ。
まぁ確かに、そこはちゃんと素直になるべきだと俺も思う。
そうよな。廸子の言うとおりだ。
幼馴染で結婚とか恋人とか、実は意外と難しかったりするんだよ。
現在進行形で、いろいろ苦労している俺たちもだし、苦労したって話はまたぞろ聞く。幼馴染の関係を越えて恋愛に踏み出すには結構なパワーが必要なんだ。
そのパワーが果たして走一郎くんの中にあるのか。
もし、あるのならば――。
「僕、すぐに夏っちゃんのところに行ってきます!! 行って、僕の素直な気持ちを伝えてこようと思います!!」
「……そうした方がいいと思うよ。大丈夫、アタシは応援する」
「俺も応援するぜ!! 走一郎くん!! 男なら言ってやれだ!!」
ありがとうと叫び、マミミーマートから飛び出す走一郎くん。
まだまだ明るい玉椿町。
爆音を轟かせて、少年は故郷へと走りだす。
行けよ少年。
時にその無謀さが道を切り開くこともある。
今はその若さに任せて進め。
たとえ間違っていても、やり直す若さが君たちにはあるのだ。
そう、それこそ青春。
「……とまぁ、なんかいい感じに見送りましたが」
「ましたが?」
「廸子ちゃん、俺も普段言葉が足りてないかもしれないから言っておくね」
「何を」
「愛してる」
むぅ、と、顔を真っ赤にしてそっぽを向く廸子。
夕日のせいにするにはまだ明るい時間であった。
これもセクハラに入るのかな。
とか思いつつ、俺もちょっと頬に熱を感じて、指で掻いてしまうのだった。