悪役令嬢との出会い♡
グリフィス先輩の出会いイベントの後、私は寮に戻ってベッドで横になっていた。
私の部屋は相部屋で、同級生の女の子も住んでいるけれど今は入浴中でいない。私が彼女と一緒にお風呂へ入ろうとすると険しい形相で拒否られるので今日は遠慮しておいた。
代わりに、ちょっとだけイタズラしておいたけど。
乙女ゲーム『マジホワ』の主人公こと私――アユミはゲームのストーリーに従って学園生活を送っている。アルフレッド王子とは順調だし、レイモンド先生とリック師匠の出会いイベントは発生した。
だけど、三つおかしな点がある。
一つは、精霊の魔石が一個しかなかったこと。
一つは、グリフィス先輩の出会いイベントを避けようとしたのに起きてしまったこと。
一つは、緑髪の攻略男子との出会いイベントが起きなかったこと。
この世界は現実だしゲームのストーリー通りにイベントが起きなくても不思議ではないだろう。
ただ、リック師匠との出会いは師匠から声をかけてきたし、グリフィス先輩と出会ったときは突風が吹いて手伝わざるを得なかった。この世界の神様が私を導いてくれている節がある。
そう思いきや、精霊の魔石が一個しかなかったことや、緑髪の男子との出会いイベントが起きなかったことのように必ずしもゲーム通りではなさそうだ。
(イベント通りにいったり、いかなかったり……うーん、わからん)
思考が停止しそうになっていると、部屋の中でウロチョロしている青いローブを着た精霊が目に入った。まずはこいつに聞いてみよう。
「ペポ丸」
「……………………なにペポ?」
水の精霊ことペポ丸は名前にまだ慣れていないらしい。
「ペポ丸以外にも精霊っているよね? 精霊の大樹の下には、あんたの魔石しかなかったけれど、他の魔石はどうしたの?」
「僕が魔石になっている間は意識がないペポ。他の魔石についてはわからないペポ」
「……なんて使えないの」
別にペポ丸のせいではないが、つい愚痴が零れてしまった。魔石になっている間は、人間で言うコールドスリープみたいなもので眠っているのに等しいのだろう。
そんな私の発言にペポ丸は少し焦ったようで、
「でも! 他に精霊がいても不思議じゃないペポ!」
ペポ丸は使える精霊アピールをしようと情報をくれた。その話が事実なら学園内に他の精霊が潜んでいる可能性が浮かび上がる。ペポ丸は私にしか見えないし、私にしか声が届かない。他の精霊はどうなんだろう?
「私たちに他の精霊って見えないの?」
「僕にもご主人にも、他の精霊は見えないし声も聞こえないペポ……精霊の主人が許可しないと僕たち精霊は誰にもわからないペポ……」
「えっ!?」
これが本当なら詰んでしまった。他の精霊がいたとしても私たちには目視できないし、話を聞くこともできない。そもそも他の魔石が台座の上にあったのかすら考え直す必要がある。
……私は考えることを諦めた。
(そういえばこいつは水の精霊だっけ)
折角なので苦手な魔法についてペポ丸に聞く。
「ペポ丸って水の精霊だよね? 私は水の魔法が得意になるのかな」
「そうペポ! ただ、たくさん練習する必要があるペポ。ご主人は魔法が苦手だけれど、早く上手になって、強くなって人類を救ってほしいペポ!」
ペポ丸はこの世界の窮地を察して現れたと思い出す。でも、今みたいな生活をしていると全く実感が湧かない。海外でデモや内乱起きているとニュースで知っても、自分には関係ないと思ってしまう感覚だ。
「そうね……あっ、そうだ! ちょっとだけなら魔法を出せるようになったの。披露してあげる」
人類の窮地についても放り投げた私は、ガラスのコップを持ってきて机の上に置いた。手のひらを近づけて慎重に水の魔法を使う。空中にコップ一杯くらいの水が生成され、魔力をコントロールして球の形を作る。
「すごいペポ!」
「…………あっ!」
ペポ丸の感嘆で私の注意がそれて、コントロールが不安定になり、グニグニっと球の形が歪んで爆発した。机の上にドバッと零れる。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
私は急いでタオルを持ってきて、水浸しになった机上を拭く。
「まだまだ練習が足りないペポ」
「……」
ペポ丸に言われるのはなんか腹が立つけれど、その通りなのでなんにも言い返せない。いつか見返してやると心の中で誓っておく。
全ての水が零れた訳ではなく少しだけコップに入ったようだ。水の入ったコップを私は手に取る。
「何するペポ?」
「飲むの。喉乾いたし」
グビッとコップの水を飲む、が。
「……あんまり美味しくない……というかマズイ。それにもっと喉が乾いてきた……」
ミネラル成分が全く入っていない純水だ。健康に良くないという話も聞くし、飲まないのがいいだろう。手を洗ったり、歯を磨いたり、お皿を洗ったりと別の用途で使うことにした。
後片付けが終わりゆったりしていると、外からドタドタと足音が聞こる。
(なんだろう?)
私が部屋の扉を見ると同時に勢いよく開かれた。
そこにはメイド姿の女子が立っていた。息は荒く、顔は真っ赤で、少しだけもじもじしている。彼女は私のルームメイトだ。髪は短く、雰囲気は女子が好きになっちゃうボーイッシュ系だ。
「アユミ! 私の服をどこにやった!! 脱衣所にこのひらひらした変な服しかなかったし……アユミがやったんだろ!!」
ツンツンでボーイッシュな彼女は私を捲し立てる。一緒にお風呂に入ってくれないので、着替えをメイド服に変えるというちょっとしたイタズラをしただけだ。
「良く似合ってる! とっても可愛い!! カッコイイ系の女の子が可愛い服を着て恥じらうのはやっぱり王道!!」
「一体何を言っているんだ!?」
細見が映えるようなカッコイイ服もいいけれど、こういう可愛い系も全然ありだ。真っ赤になって恥じらう彼女にキュンキュンしてまう。
ふと、私は彼女の素足を見てあることに気が付く。
「なんでニーソックスを履いてないの!? 折角用意したのに!!」
「わざわざそんなの履くか! 早く私の服を返せ!!」
その後みっちりシゴかれ、メイド服は没収されちゃった。ぐすん……
昼休み、私の隣にはオレンジ色の髪をしたヘタレ王子ことアルフレッドが座り、おにぎりを食べている。
だんだんと米炊きには慣れてきて、今日のおにぎりは焦げた片鱗を全く見せていない真っ白。とはいえ、具のバリエーションが乏しく、お肉とかピクルスを入れるのが精一杯だ。ひじきとかおかかとか入れたいけれど手に入らなかったし、作り方がわからない。それにこの国では米よりパンが主流だ。
「どうですか? おにぎりの具も入れるようになったんですよ」
「……俺はあってもなくてもかまわない」
「そうですか……」
ヘタレ王子は自分の好みが言えないほど優柔不断だ。
(絶対に具が入っているほうがいいでしょ! 時間見つけて食材買って、朝から慣れない火で調理した私の努力を返して!)
そんなことを王子様には言えないので、ありふれた質問を投げかける。
「アルフレッド王子が好きな食べ物ってなんですか? 今後の参考にしたいです」
「……好きな食べ物なんて決められない。俺はアユミが好きなものなら何でもいい」
(ここまで優柔不断だと逆に清々しくなってくる……いや、清々しいんじゃなくて、ムカムカしてくる)
他の話題を考えてみるけれどあまり良いのが浮かばない。下手に突っ込むと面倒ごとに巻き込まれそうでなんか怖い。
王子がここに来るようになったのは女の子との会話に慣れるためだ。今どのような感触なのか確かめることにした。
「えーと、そろそろ女の子と話すのは慣れてきました? 私と話すのは問題なさそうなので、他の女の子とも話したほうがいいと思います」
「アユミと話すのは慣れてきたな。君と話すと……なんというか、落ち着く。他の女性となると……まだ厳しそうだ」
出たよ出たよこのジゴロ感。だけど、この場合はジゴロとヘタレのバランスが良くて、ただのダメ男のセリフになってる気がする。っていうか私は王子の心理カウンセラーですか?
こんなヘタレ発言をする王子に私は苛立ってしまったみたいで、つい本音を漏らしてしまう。
「それなら、あんなにグイグイ来るヴェネッサ様と結婚するなんて無理じゃないですか? いっそのこと婚約破棄して、もう少し王子にお似合いの子でも探したほうが……」
これはちょっと言い過ぎだ。
「ごめんなさい。許嫁ですもんね、仕方がないですよね」
「……」
まだヴェネッサと敵対していない王子が今の彼女をどう思っているのかはわからない。心中を探ってみてもいいけれど、貴族間の話に突っ込むのはお門違いだ。
もう少し優しい別の提案をすることにした。
「私の、かの……じゃなくて知り合いの女の子を連れてきましょうか? 彼女は女の子女の子していないし、グイグイこないと思うので話しやすいかもしれません。ただアルフレッド王子のことは驚くと思いますが」
ついツンツンルームメイトのことを『彼女』と言いそうになった。ここの彼女は代名詞的な意味じゃなくていわゆるガールフレンドの彼女だ。まだ付き合ってないけれどそんなことは些細なことでしょう。
「…………本当にその子は大丈夫か?」
「大丈夫です。そこは保証します」
「……それなら頼もうかな」
どうにかこうにか了承を得た。そんなにグイグイ肉食系女子が苦手なのか。私ならグイグイ女子はウェルカムなのに。
友達を連れてくるなんて言い出したのはそろそろ『恋愛レベル1』に達していると判断したからだ。最初に会ったときに比べて明らかに口数も増えたし、心を開いてくれているのを実感している。恋愛レベルがもっと上がれば王子の責務や苦悩についても会話するけれど、そんなのは興味ないし、むしろ話してほしくない。
乙女ゲーム『マジホワ』では、『恋愛レベル』という攻略キャラとどこまで進展しているのかを示すパラメータがある。レベル1はそのキャラと『友達』になったという状態だ。そして、レベルごとに何かしらのイベントが発生する。
「俺はそろそろ行く。いつも昼食を用意してくれてありがとう。助かる」
「いえいえ。こんなものしか用意できなくてすみません」
「……またここで会おう」
『こんなもの』についてお世辞すら言わずにアルフレッド王子は立ち去った。
そして。
「……貴方、いつもアルフレッド様と何をしているのかしら?」
声の主を確認すると、茶髪で縦ロールの女子が立っていた。その後ろには青髪でワンサイドアップの冷淡な女子が付き添っている。
……ヴェネッサとノエルだ
公爵令嬢ヴェネッサは私を鋭い目つきで睨んでいる。一方、クール令嬢ノエルはそんな彼女を無表情で見つめている。またいつものやつか、と心の中で思っているに違いない。
「フスーフスー……私は一緒にお昼を食べているだけです」
少し鼻息が荒くなってしまったが、どうにか内側で大暴れしている愛の感情を抑える。
そう、アルフレッド王子の『恋愛レベル1』イベントは彼との密会後、彼女たちに目を付けられることだ。レベルが上がっていけばヴェネッサの嫌がらせが酷くなり、そこを王子が助けてくれるという定番の流れが待っている。
……そして私はこの時をずっと待っていた。
「いいかしら。あのお方はこの国の王子でわたくしのい・い・な・ず・けです。そのことを知ってらして?」
「……はい」
「それがわかっていて近づくなんておバカなの? アユミさん、わたくしは貴方のこと調べています。平民なんですってね。そーんな下民の分際でアルフレッド様とお話するなんてとっても無礼ですわ! わかっていますの?」
「……」
ここの回答で主人公は「でも、アルフレッド王子と話すかどうかは私が決めることです!」みたいに、オレンジ王子を気にかけ今の関係を続ける発言をする。
しかし。
今の私がそんなことを言う必要はなく、彼女たちと敵対関係を築くつもりなどさらさらない。落ち着いて肯定するのが正しい選択だろう。
(……でも高飛車なヴェネッサとイチャイチャできるのは今だけだし、なんかもったいないなぁ)
そんな邪な考えが頭を過ってしまい、つい私は口を滑らせてしまう。
「そうです!! 私はとってもとっても無礼な女です!! なのでヴェネッサ様がそんな私を叱って、罵って、いや、躾けてくださいいいぃぃぃ!!!」
あっ、滑らせすぎちゃった?