先輩との出会い
赤毛主人公こと私・アユミは、必死に、必死に魔法を出そうと踏ん張っている。
身体の中に流れる何かを手から出しているのに、そのままスッーと流れるだけで何も起こらない。口笛したとき音が鳴らずに空気が漏れるような感覚だ。正直な話、演習といえど基礎から学ぶものだと思っていた。だけどいきなり実技テストなんて思っていなかったし、主人公だからどうにかなるだろうと呑気に考えていた。
「……身体に流れる魔力は感じますか?」
おっとり眼鏡のレイモンド先生は、丁寧な口調で確認した。
「……はい。感じますけれど」
「ちょっと失礼」
レイモンド先生は私の腕を優しく握る。
先生が触れている部分から何が流れるような、吸い取られるような感覚がする。
「魔力は十分に流れています。だとすると変換が上手くいっていないだけですね」
「へ、変換?」
「おや? 授業で教えたはずです」
先生の眼差しがおっとりしたものから、悪い生徒を見つけたものへと変わる。
「元々の魔力はただの純粋なエネルギー、いわゆる純粋な魔力で、そのまま出しても何も起こりません。なので、体内で変換する必要があります。変換するには、体内の魔力の蓋を開けるだけでよくて、たとえば、上方向であれば火の変換領域があり、そこに魔力を流し込めば変換された魔力、いわゆる火属性の変換魔力になります。そしてここからはまだ授業で教えていませんが、変換魔力にどう圧力をかけるかが重要で、そのまま出しては大気中のマナとすぐに反応を起してしまいます。体外に出る前の出力前の自由魔力に圧力をかけてエネルギーバンドを大きくすれば…………」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! わかりました! わかりました! 授業を聞いてませんでした!! ごめんなさい! 本当にごめんなさい!!!」
いろんなことを一気に言われてしまって混乱状態になった私は、土下座でひたすら謝罪するしかなかった。
「こほん、授業はちゃんと聞くように。わからないことがあれば教えますよ」
「……はい……そうします」
授業を聞いていれば魔法を使えるようになるのか疑問は残るけれどそんなことを口にしてはいけない。
「あなたはたしか平民ですね。魔法教育がされていなければ、できなくても不思議じゃありません。魔力は十分にあるようなので地道に練習しましょう」
できない生徒を気遣うようにレイモンド先生はお話して、私は解放された。
私はしゃがみ込んでうじうじしながら、地面に不格好な猫の絵を書いていた。猫の足を遠近感なくグニャグニャに書いてしまったせいで、体から触手が飛び出た変なエイリアンと化している。これはこれでかわいいくていいじゃない!
「お姉さん、僕が練習に付き合ってあげようか?」
今の心境と真逆の明るい元気な声で呼びかけられた。声の主を確かめると、黄色い髪の飛び級生・リックが手を後ろに回しながら見つめていた。
(最初の魔法実習がリックくんとの出会いイベントだっけ?)
記憶を掘り返すと、リックの方から声をかけられるんじゃなくて、主人公が「あなたの魔法、すごいですね!」と呼びかけていたような……なんか悲しくなってきた……
「それは願ったり叶ったりだけど……なんで気にかけてくれるの?」
「んーとね。僕は魔法が大好きだし、みんなに上手になってほしいの! 最初はできないのが当たり前だよ」
なんて純粋無垢で優しい子なんだろう。この学園に百合しか求めていない私が情けなくなってくる。
「授業が終わるまでまだ時間はあるし、その間に変換の練習からしてみようよ」
「……ありがとう。やってみる」
ご厚意に甘えることにした。どうやって練習すればいいのかわからないし、できるならば早く会得したい。
立ち上がるとリックくんが地面に描いた絵を興味深そうに見ている。
「それは何の絵? もしかして魔獣?」
「そ、その通り! 私、魔獣に詳しいの!」
「……そうなんだ」
適当な嘘でごまかそうとしたけれど、なんとなく察された気がする。
そして、リックくん、もとい、リック師匠の指導を受ける。師匠は専門用語を説明しながら丁寧に魔力の変換のコツを教えてくれた。私は少しだけ魔力変換ができるようになった。
疲れてきたのでリック師匠に促されて少し休憩する。
「師匠! 本当にありがとうございます! 師匠の教えのおかげで少しできるようになりました」
「師匠って……僕年下だよ? いつの間にか敬語だし……」
自然と敬語になっていたけれど、親切にしてくれる人に礼節を持つのは当たり前だ。
「年下とか関係ないです。社会に出れば年齢なんて関係ないので」
「……僕たちまだ学生だよね?」
「学園も同じでここは小さな社会ですよ」
元社会人としての考えを伝えてみたけれど、そういやまだ学生だった。でも、その考えは学園にいても間違ってないよね。
「ところで、師匠の家柄特有魔法って何ですか?」
師匠にさりげなくを聞いてみた。もちろん知っているけれど実際に見たかったのが理由だ。
「僕のは『変身』だよ! 見せてあげようか」
師匠は手を握り合わせて指で印を組むと、ボンっという音とともに師匠は煙に包まれる。
そこには小さな黄色い竜がいた。
「すごいですね!」
「他にも変身できるけど、ドラゴンがかっこいいと思ったんだ! もっと大きくなれるけど、まだ安定しないから練習中だよ」
リック師匠は変身しても制服を着ていた。
「服もそのままなんですね」
「そうだよー。一緒に小さくなるんだ」
「ちょっと触っていいですか?」
「いいよー」
師匠を捕まえて子猫を抱くように抱え込んだ。服は細部まで再現され、お人形の服みたいだ。
元の世界では爬虫類好きの友達がいて、彼女の部屋でトカゲを触ったり、爬虫類カフェに連れていかれたこともあって忌避感はない。さすがに蛇は怖くて触れなかったけれど、話の通じるミニドラゴン師匠なら問題ない。
むしろ……
プニプニ
「あはは。やめてよ。なんかくすぐったい!」
少し師匠がジタバタしたけれど、逃がさないようにガシッと掴む。
「表面はつるつるしていますけど、意外と柔らかいですね」
手触りは爬虫類そのものだった。鱗はあるけれど小さいからかプニッと指が沈む。
そして、ほんの、ほんの出来心で、師匠のリアクションが心地よくてついエスカレートしてしまう。
「じゃあ、これはどうですか?」
師匠を地面に寝そべらせ、背中の方をぷにぷに指圧する。
「あっ……うっ♡……なんか気持ちいい……」
「これでも小さいときはお父さんの専属整体師だったんですよ」
プニプニ、モミモミと師匠をマッサージする。師匠はまんざらでもない様子だ。師匠の疲れ(こんな年齢の子が疲れを残してるわけないけど)を癒やしていると、制服に皺ができてしまうのではないかと気になった。
マッサージが気持ちよかったのか師匠はぐったりして目をつむっている。
……師匠の制服を無言で剥ぎ取った。
「ええっ!! なんで服を脱がしたの!?」
「ほら、皺がついたら嫌じゃないですか。ここの制服も安くないですし」
師匠の小さな制服をポンポンと叩き、砂を落とした。
「そ、そうじゃなくて! あああ、ま、魔力が……」
すると、ボンっという音がして、
『素っ裸』になった人間の師匠が登場した。
ボソッとつぶやく。
「(……かわいいね)」
師匠は下の方と胸を素早く手で隠して、もじもじと恥ずかしそうにする。なぜ胸を隠すのかはわからないけれど、まあ、よしとしよう。
「ど、どこ見て言っているの!! 服返して!!!」
ショタも悪くないと思った私であった。
授業が終わって放課後になり、寮に戻ろうと渡り廊下を歩いていた。足取りは軽く少しステップしていたが、これは授業が終わって嬉しくなっているのではなく別の理由があるのだ。
(うふふ……今日こそ一緒にお風呂入るんだー)
私は学園の寮に住んでいるけれど相部屋で同級生の女の子が一緒だ。彼女と手をつなごうとしたり、抱きついたり、寝ようとしたり、挙句の果てにはお風呂に入ろうとしたり、と好き好きアピールしているけれどなぜか拒否される。ツンツンさんめ。
すると、何かが肩にぶつかった。ドサドサッと重いものが落ちる音がいくつかする。やってしまったと振り返ると、誰かにぶつかったようだ。廊下に本が数冊落ちていて、人が立っている。その人が本を運んでいたのだろう。
「ごめんなさい。拾いますね」
「当たり前だ。気をつけろ」
強い口調が返ってきたのでビクビクしつつ落ちている本を拾う。ずっしりとした分厚い本を抱えながら本の持ち主を見ると、
(あっ……こいつは!?)
こいつ呼ばわりしたのは、長い紫色の髪を持つ男子だった。制服には緑色のラインが入っている。緑は三年生の色でこいつは先輩だ。全ての本を落としたわけではなく先輩は今も本を抱えている。
――グリフィス=ブルーノ
乙女ゲーム『マジホワ』の攻略キャラの一人。本が好きで魔法理論の知識が豊富だ。冷淡で口調が強いが、心を許すとからかってくるらしい。風貌はかっこいいというよりかは美しく綺羅びやかで、肌を出せばエロスを漂わせるだろう。
そして、なにより。
クール令嬢ノエルのお兄様だ。
ノエルが唯一心を開くのはこのグリフィスだけで、彼を攻略しようものならノエルが敵対してしまう。ノエルが絡んでくるからグリフィスの『恋愛レベル3』のイベントまで進めたけれど、ストーリーが辛辣すぎて、本気で主人公を憎しむノエルを見て、私はそっとセーブデータを消した。
つまるところ、こいつと仲良くなる必要はないし、どちらかというとノエルという妹を持ったこいつは嫌いだ。ただの嫉妬だけど。
この出会いイベント、本来なら主人公は「わ、私も運びますね」とか言って図書室まで運ぶのを手伝っちゃうはずだが、ノエルと公爵令嬢ヴェネッサをくっつけるためにこいつと仲良くなる必要はない。
ならばやることは一つ……
拾った本をグリフィス先輩に押し付け、言い放つ。
「これで全部ですね。これからは気を付けます。それでは、失礼します」
私が選んだのは逃げること。
このまま立ち去ればこれ以上何も起こらない。
しかし。
強い風が急に吹いた。
(あわわわ)
足をおぼつかせ、尻もちをつく。それと同時に、またドサドサドサっと何かが落ちる音がした。ノエルという妹がいてクソうらやましいなこの野郎先輩も風に煽られ、本を落としたようだ。私がこの状況に驚いて呆気に取られていると、
「突風だ……外にいるのは危ない。せっかくだ。図書室まで運ぶのを手伝え」
(ええっ!?)