仇敵
八都道府県の皆さん、もう一息、外出自粛応援の臨時更新です!
ギルドマスターとの会談を終え、ジェシカさんにランクアップの手続きをしてもらった。
ランクアップに褒賞金大金貨5枚では、今夜は飲みに連れて行かれそうだ。
兄貴の分の布団一式を買い込んでから拠点に戻ると、その兄貴は屋根裏部屋でシューレに膝枕されてグッタリとしていた。
「にゃっ! ど、どうした兄貴!」
「大丈夫、鍛錬で疲れただけ……」
兄貴に代わって答えたシューレの話によれば、ギルドから戻った後、兄貴のたっての希望でトレーニングを行ったそうなのだが、貧民街で荒んだ生活を続けてきた身体が悲鳴を上げたようだ。
「はぁ……頑張るのは良いけど、まずは身体の調子を整えてからだよ」
「すまない……面目ない……」
「焦る気持ちも分からなくもないけど……何事も急には上手くならないから、一歩ずつやろうよ」
「分かった……」
それにしても、シューレに膝枕してもらって撫でられている姿は、オカンと子供という感じがしないでもない。
このままシューレが兄貴で満足してくれれば、俺は気ままな生活ができそうだ。
「むぅ、ニャンゴが何か失礼なことを考えている……」
「にゃっ! そ、そんな事は無いにゃ……」
「ニャンゴは嘘をつく時、ヒゲがピクピクするから分かりやすい……」
「にゃにゃっ! ヒゲ……」
「ふふっ……嘘よ」
ぐぬぬぬ……またシューレに遊ばれてしまった。
俺はクールで格好良い冒険者を目指しているのに……。
昼食はチャリオット五人プラス兄貴で、例のパスタ屋へと出掛けた。
店の親父は今日は六人かと聞いてきたけど、少々ぐったりしている兄貴は半人前でも良さそうだ。
食事をしながら、セルージョにギルドマスターからの呼び出しについて聞かれた。
「コルドバスのおっさんは何の用だったんだ? ニャンゴが面白そうだから呼び出したんだろうが、それだけじゃなかったんだろう?」
「はい、Cランクに昇格して、昨日の事件の褒賞金をもらいました」
「おぉ、早いな、もうCランクか、まぁニャンゴなら上がって当然だがな」
ライオスとガドも、その通りだとばかりに頷いているし、シューレは例によって自慢気だ。
「俺は初めて会ったんですけど、ギルドマスターって元は冒険者なんですよね?」
「そうだぜ、元はAランクの冒険者だ。王都とか旧王都でも暴れてたって話だ」
「暑苦しいおっさん……ニャンゴは見習っちゃ駄目」
セルージョ達の話を聞くと、ギルドマスターはゼオルさんと同じような感じらしい。
冒険者稼業を続けるのが少々しんどい歳になったので、現場は引退、のんびりするつもりで王都からは離れたラガート子爵領のギルドマスターに収まったようだ。
もっとのんびりする予定だったのに、ギルドマスターという役職に就いてしまったために、忙しい忙しいとこぼしているそうだ。
「だがライオスよ。ニャンゴが気に入られたとなると、チャリオットに討伐のリクエストが来そうだな」
「ニャンゴの手並みを見ようって魂胆だろうが、備えていた方が良さそうだな」
「討伐って、オークですか? それともオーガですか?」
ライオスの返事は、どちらでもなかった。
「盗賊の討伐だ」
「盗賊というと……相手は人間ですか?」
「そうだ、人間だけど盗賊だ。盗賊を人だと思っていたら殺されるぞ」
「そうだぜニャンゴ、盗賊として襲って来た奴らは人と思わずに殺せ、例え生かして捕らえたところで官憲に引き渡せば処刑されるだけだ」
日本と違って、こちらの法律は苛烈だ。
街道の往来を妨げる盗賊は、返り討ちにしても罪に問われないどころか賞金さえ出る。
生かして捕まえればアジトの場所を聞き出すのに役に立つが、セルージョが言う通り、官憲に引き渡した後の処罰は死刑一択だそうだ。
「あれっ? もしかして、俺が捕まえた昨日の60人って……」
「あいつらか、街中だが人質を取って金の要求という悪質な手口だから、恐らく縛り首だろうな」
ライオスの言葉を聞いて俺の脳裏に浮かんだのは、あの馬人の冒険者だ。
兄貴に確認すると、暴力を振るって多額の金を請求されたのは、やはりあの男だった。
ライオスに出会ったときのエピソードと、裏路地で返り討ちにした話をしてから、兄貴に頭を下げた。
「ごめん、兄貴。俺のせいで猫人に恨みを持ってたんだと思う」
「気にするな、あそこじゃ珍しい話じゃないし縛り首になるんだろう……いい気味だ」
「イキがって恥をかき、恥の上塗りをし、弱い者を虐げ、逆に己が虐げられ、道を踏み外し、処刑される……どこにも同情の余地などないのぉ」
ガドが呆れたように言うのも当然だろう。
ライオスの話によれば、冒険者の中には酒や女、博打などで身を持ち崩して、裏社会に落ちていく者がいるそうだ。
用心棒や抗争要員など腕っぷしが自慢の裏社会の連中の多くは、身を持ち崩した冒険者だそうだ。
「じゃあ、あの頬に大きな傷がある狼人の用心棒も……」
「ニャンゴ、今何て言ったの!」
貧民街で出会った凄腕らしい狼人の話をしかけたら、シューレに凄い勢いで詰め寄られた。
「にゃっ、にゃんてって……?」
「頬に大きな傷がある狼人って言ったの?」
「そ、そう……」
「どっち? 右? 左?」
「えっと……左の頬」
「案内して、そいつは私が殺す!」
「にゃっ……ちょ、ちょっと待って! 今の時間に行っても出てくるとは限らないよ」
「おいおい、静寂。どうしちまったんだよ、らしくねぇぞ。何か事情があるみたいだが、そんな調子じゃ獲物に逃げられちまうぜ!」
セルージョが言う通り、普段は物音一つ立てずに行動するシューレが、大きな音を立てて椅子から立ち上がり、声を荒げて店中の注目を集めている。
「とりあえず、ここでは話せないだろうから、食事を済ませて拠点に戻ろう」
「分かった……ごめんね、ニャンゴ」
我に返ったシューレは、ライオスの提案を受け入れて腰を下ろしたが、パスタを口に運びながらも心ここにあらずといった様子だった。
俺のランクアップと褒賞金の話で盛り上がっていた席が、一転してお通夜のようだった。
拠点に戻って、ライオスが淹れたカルフェを飲みながらシューレの話を聞く。
シューレも戻って来る間に、だいぶ落ち着きを取り戻したようだ。
「まず最初に、静寂の探している男と貧民街の用心棒が同じ人物なのか、そこから話を始めるか」
セルージョの提案に、シューレも異存は無いようだ。
「ニャンゴの見た男の傷の形を教えて……」
「こう、左の目尻の少し下あたりから、顎までスパっと剣で斬られた感じ」
「年齢は……?」
「シューレよりも十歳か十五歳ぐらい上かなぁ……」
「ゾゾン……間違いない」
パスタ屋の時のように取り乱さなかったが、シューレからは隠し切れない怒りの感情があふれ出している。
「そいつは、静寂にとって何なんだ?」
「従姉一家を惨殺した仇……絶対に許さない」
事件は、今から13年前に起こったそうだ。
シューレが生まれ育ったエスカランテ領は、歴代の騎士団長を輩出する武門の地で、領内に数多くの武術道場があるらしい。
シューレには、5歳年上のリーリャという従姉がいたそうだ。
本当の姉妹同然に仲の良かったリーリャは、武術道場の若き道場主と結婚し、子供も生まれ幸せな家庭を築いていたそうだ。
ゾゾンが現れたのは、リーリャの子供が二歳になった頃らしい。
リーリャの夫が営む剣術の道場に、ゾゾンが試合を申し込んで来たそうだ。
武術の盛んなエスカランテ領では、他流の道場に試合を申し込み腕試しをして歩く武芸者は珍しくなく、ゾゾンもそうした武芸者の一人だった。
試合は熱戦の末に道場主であるリーリャの夫が勝利し、ゾゾンも潔く負けを認めたそうだ。
この試合を契機に、ゾゾンはリーリャの夫が営む道場へ出入りするようになったらしい。
ゾゾンは道場主とも熱戦を繰り広げただけあって腕前は確かで、道場の弟子達とも稽古や手合せをするようになったそうだ。
「私も手合せをした事があったけど、あの頃の私では子ども扱いされるほどの実力差があった……」
ゾゾンは礼儀正しく、教え方も上手いのでリーリャの夫や弟子達からも慕われていたそうだ。
「でも、リーリャだけはゾゾンと馴染まなかったの……一度だけ理由を話してくれたけど、時折見せる目が普通じゃないって言ってたわ」
そして惨劇が起こってしまう。その晩、リーリャの夫は武術道場の寄り合いに出掛ける事になっていて、たまたま出稽古に来ていたゾゾンが帰宅するまで留守番を務めることになったそうだ。
ゾゾン以外にも他流試合を申し込んで来た武芸者は何人もいて、その中には負けを認めず不遜な態度で去った者や、逆恨みをしているらしい者もいたらしい。
他の武術道場が闇討ちされる事件も起こっていたそうで、道場には稽古を終えた弟子の中から腕の立つ者が、警護の人員として残る決まりがあったそうだ。
道場主であるリーリャの夫と一番弟子が寄り合いへと出掛け、道場にはゾゾンと二番弟子が留守番として残ったらしい。
ところが、道場主と一番弟子が寄り合いから帰ると、リーリャも子供も二番弟子も無残に斬り殺されていたそうだ。
道場には返り血を浴び、血まみれの剣を下げたゾゾンが待ち構えていて、道場主と一番弟子へ斬りかかった。
寄り合いで酒を飲み、酔っていたせいもあり道場主も一番弟子も斬り殺されてしまう。
ゾゾンの左頬の傷は、この時道場主に斬られたものだそうだ。
道場にいた全員がゾゾンの手で斬り殺されたが、道場の近くに住む弟子の一人が、外出からの帰り道に異変を感じて事態を目撃していたらしい。
この弟子は、まだ入門してから日が浅く、到底ゾゾンには敵わないと感じて物陰に身を潜めて事態を見守っていたそうだ。
ゾゾンが道場から逃亡した後、この弟子が官憲に知らせ、すぐに手配が行われたが行方は分からなかったそうだ。
「その男がゾゾンならば、逃がすわけにはいかない。たとえ刺し違える事になっても、私が息の根を止める」
キッパリと言い切ったシューレからは、まるで抜き身の日本刀のように研ぎ澄まされた殺気が感じられた。





