コルドバス
ギルドマスター、コルドバスは、終始ソフトな口調で話しているのだが、向かい合っているだけで身体の芯の部分に緊張を強いられる人物だ。
例えるならば、鎖で繋がれている猛獣と向き合っていて、その鎖の強度が分からない感じだ。
ギルドマスターという鎖がある限り、俺が危害を加えられるとは思わないが、何かの切っ掛けで激高させてしまったら、鎖は容易く引き千切られ、コルドバスの牙は俺を噛み殺すだろう。
「それにしても、魔素を含んだ空気を固めて魔道具として発動させるなんて、良く思い付いたものだな」
「アツーカのような山村の子供には、魔道具は高価な品物です。火も水も風も代用できる品物はありますが、やっぱり便利な物は使ってみたい、それなら自分で作れないかと考えた結果です」
「ブロンズウルフ討伐の報告書にもあったが、既に複数の魔道具を使いこなしているんだな?」
「はい、火、水、風、明かり、冷やす、その他にもイブーロに来てから学校のレンボルト先生から教わったものを練習中です」
「これまでの長い国の歴史でも、複数の属性を使いこなした者はいないとされているが、ニャンゴ、君はまるで複数の属性魔法を操っているようだな」
「見た目的にはそうなりますけど、あくまでも属性は空属性だけですし、発動しているのは刻印魔法です」
「そう言えば、ボーデとの手合せでの最後、勝負を決めた魔法も空属性魔法なのかい?」
「はい、あれも空属性魔法です」
ボーデをノックアウトしたゴムパッチンについて説明すると、コルドバスは猛獣のごとき笑みを深くした。
執務室に入った時には、ダンディなギルドマスターという感じだったが、徐々にメッキが剥がれて地金が出て来ている気がする。
「大きさ、形だけでなく、固さ、柔らかさまで自在か、これほどまでとはな……」
「空属性魔法も、必要に迫られて工夫を重ねてきた結果です」
「なるほど……ところでニャンゴ、君は魔物の心臓を食べたのかい?」
「えっ! い、いやぁ……魔物の心臓って何の話か……」
何気ない話から、いきなり切り込まれたので、全く誤魔化せている気がしない。
「はははは……腕っぷしはなかなかのものだが、交渉事はからっきしだな。別に私は敬虔な女神ファティマの信者ではない。魔力を高める方法として、魔物の心臓を食う方法がある事も知っているし、魔素暴走で命を落とした者も知っている。いくら空属性魔法が効率が良いとしても、君が登録時に測定した魔力指数から成長していたとしても、これほど大規模な魔法が行使できるとは考えていないよ」
「そ、それは……ご想像にお任せします」
「まぁ、良いだろう。だが、これ以上は欲張らない方が身のためだぞ」
「はい、後は自分自身の練習、修行で強化していくつもりです」
「そうか、ならば私からは何も言うことはない」
まぁ、猫人の場合、魔力指数は高くても他の人種の平均以下なので、俺のようにバンバン魔法を使っていれば疑われるのも当然だろう。
「さて、ニャンゴ。事件の状況は良く分かった。最後に君に対しての褒賞金について話そう。君は、依頼を出す時のギルドへの手数料はどの程度か知っているかい?」
「確か、依頼の報酬の5パーセント……でしたっけ?」
「その通りだ。依頼の報酬が金貨一枚ならば、ギルドへの手数料は銀貨五枚だ。これは、褒賞金を決める時の算定基準にもなる」
「えっ……?」
まさか、大金貨5百枚の5パーセントを褒賞金として貰えるのだろうか。
大金貨25枚だとすると、日本円にしたら2千5百万円ぐらいの感覚だ。
「ふむ、やはり頭の回転が速いな。救ったもの、守ったものの価値の5パーセントだとすれば大金貨25枚だが……さすがに金額として大きすぎる」
「はい、それはいくら冒険者でも、一日の稼ぎとしては高額すぎます」
「だがな、ニャンゴ。君は生徒の命も救っている、それを考えると大金貨25枚でも足りないぐらいなんだよ」
「いやいや、さすがに貰い過ぎだと思うし、周りに知れ渡ったら、絶対妬まれますよね」
「まぁ、そうだな……それでは、さすがに君が今後活動していく足枷になりかねん。そこでだ……褒賞金は大金貨10枚で納得してくれ。その代わり、対外的には大金貨5枚という発表を行う。どうだね……?」
コルドバスはぐっと上体を乗り出して、威圧するように歯を見せて笑ってみせた。
たぶん、今の状況を横から見たら、ライオンに猫が睨まれているようにしか見えないだろう。
つまり、俺が周囲から妬まれる度合いを減らしてやるから、その代わりに褒賞金の減額に応じろ……って事なのだろう。
妬まれる度合いを減らしてくれるのは有難いが、減額の割合が随分と大きい気がしないでもない。
だが、ここでギルドマスターの機嫌を損ねてしまうのは、今後の活動に悪影響を及ぼしかねないし、逆に条件を飲んでおけば一つ貸しを作れる。
結論からすれば、この話は飲むしかないのだが、あっさり飲むのも少々癪に障るので、ほんの少しの時間だが悩んでいるフリをしてみせた。
「分かりました、その金額で結構です」
「そうか、いやすまないな……」
「ただし、一つお願いがあります」
「お願い……だと?」
コルドバスが浮かべていた満面の笑みを消して真顔になっただけで、部屋の温度が2度ぐらい下がったかと思った。
それでも、俺としてはこの機会を逃す訳にはいかないのだ。
「はい、お願いと言っても、金額を増やせとかランクを上げろとか、そういう類のものではありません」
「ほう、では君は私に何を望む?」
「アドバイスを下さい」
「アドバイス……?」
「はい、普通の猫人が、イブーロの街で普通に生きていくためのアドバイスです」
兄貴が貧民街まで落ちた事は隠して、仕事に恵まれず、生活に窮している状況を話した。
「うちの兄貴に限らず、俺みたいに変わった魔法に恵まれない猫人は生活が苦しい状況にいます。勿論、猫人も変わらなきゃいけないのでしょうが、どう変わっていけば良いのか、どうすれば他の人種のように普通に暮らしていけるようになるのかアドバイスを下さい」
「ふふ……ふふふ……ふはははは! 面白い、面白いぞニャンゴ。大金貨15枚分の貸しを、猫人の地位向上へのアドバイスに使うつもりか! いいぞ、実に面白い!」
シューレもジェシカさんも暑苦しいと言っていたのに、ここまでは威圧感増し増しのイケオジかと思っていたが、やっぱり面白いものに目が無い元冒険者なのだろう。
「別に、猫人を手厚く保護してくれなんて言うつもりは無いんです。ただ普通に努力している人ならば、普通に暮らしていけるようになってくれれば十分なんです」
「なるほど……確かに猫人にとって今の世の中は暮らしにくそうだ。いいだろう、まともに生活出来る者が増えるのはギルドとしても有難い。アドバイス程度ならいくらでもしよう」
「ありがとうございます」
コルドバス自身はギルドマスターとして多忙なので、ジェシカさんをアドバイスの窓口として使って構わないと言ってくれた。
ジェシカさんでも判断できる事はその場で、コルドバスに判断を仰がなければならない事はジェシカさん経由で伝えて、後で返事をくれるそうだ。
イブーロの街の根幹をなす組織の一つである冒険者ギルドのトップと繋がりが持てたのは、今後猫人の生活を改善していく上では大きいだろう。
緊張の連続であった会談をどうにか終え、カラカラになった喉を冷めたお茶で潤してから退室しようと思ったらコルドバスに呼び止められた。
「いかんいかん、忘れるところだった。ニャンゴ、今日からCランクに昇格だ。ジェシカに手続きをしてもらえ」
「えぇぇ! この前Dランクに上がったばかりですよ。そんなに簡単にランクアップしちゃって良いんですか?」
「何を言ってる。Cランクのボーデを圧倒し、今度は60人もの強盗をまとめて捕獲してみせた。Cランクでも足りないぐらいだぞ」
「でも、そんなに急にランクアップしたら……」
「他の連中に妬まれるか? ランクアップしなくとも十分妬まれてるだろう、酒場の噂も聞いているぞ」
「にゃっ、あ、あれは、レイラさんにオモチャにされてるだけで……」
「ふはははは! ニャンゴ、冒険者に限らず腕の良い奴は上に行く、それが世の中の真理だ。お前さんがランクアップ出来たのは、最近の功績のおかげだけじゃない。そこに至るまでに積み重ねてきた研鑽があるからだ。違うか?」
確かにアツーカ村にいた頃から、空属性の魔法を使い続け、モリネズミや魚から始まり、シカやイノシシ、そしてオークも仕留められるようになった。
そうした積み重ねが俺の血肉となって昇格に繋がっているのだと思うと、Cランクへのランクアップが身震いするほど嬉しく感じられた。
「ニャンゴ。ランクアップしていく奴は妬まれるものだが、妬んでいる連中なんざ相手する必要はねぇ。ランクアップしたけりゃ自分で自分を磨いて実力で上がっていくしかねぇんだよ。そこに人種云々の違いは存在しないんだぜ」
コルドバスはニヤリと笑うと、話は終わりだとばかりにヒラヒラと手を振ってみせる。
俺は、最初のアドバイスに感謝しながら執務室を後にした。





