ギルドマスターの呼び出し
兄貴がなけなしの金をはたいて登録したギルドカードは、借金の証文に混ざっていた。
これから当分の間はチャリオットの拠点で暮らすので、登録してある情報を変更しにギルドへ向かう。
「ニャンゴ、恥ずかしいから何とかしてくれ……」
「武術の手ほどきをしてもらうんだ、諦めろ」
朝の稽古が終わった後、シューレに丸洗いされた兄貴を俺が温風で乾かした。
ギルドに行くというと、同行すると言い出したシューレが兄貴を抱えている。
俺は道行く人に蹴飛ばされないように、ステップで高い位置を歩いているので、兄貴の情けない表情が良く見えた。
この調子だと、女性との出会いの乏しい冒険者共から嫉妬の視線に焼かれるだろうが、まぁ頑張ってくれたまえ。
時間をずらして訪れたので、ギルドの朝の混雑する時間は過ぎていた。
カウンターに向かうと、俺達の姿を見つけたジェシカさんが立ち上がって迎えてくれた。
「おはようございます、ニャンゴさん。昨日は大活躍だったそうですね」
「いやぁ、たまたま俺に有利な条件が揃っていただけですよ」
「そんな事はない、ニャンゴは超有能……」
「はい、勿論存じ上げてますよ」
「うん、ならば良し……」
てか、なんでシューレが自慢気なんだか……。
「ニャンゴさん、この後少しお時間はございますか?」
「駄目、ニャンゴを口説くのは禁止……」
だから、何でシューレが答えるの……って、まさかホントにデートのお誘い?
「いえ、私ではなく、ギルドマスターがお会いしたいと申してまして……」
「ギルドマスターですか?」
「はい……いかがでしょう?」
自分の事なのに思わず視線を向けてしまったシューレは、なぜだか渋い表情を浮かべている。
「悪人ではないけど……暑苦しい……」
「うん、今の一言で何となく分かった気がする。ジェシカさん、ギルドマスターは俺に何の用なんですか?」
「昨日の事件の詳しい話を伺いたいと申しておりました……が、それは建前でニャンゴさんが面白そうなので見てみたいのかと……」
「えぇぇ……それ言っちゃいますか」
ジェシカさんが洩らした本音に、シューレは何度も頷いている。
とは言っても、イブーロのギルドを仕切る人間だから、下手に機嫌を損ねない方が良いだろう。
「まぁ、今日は特に用事は無いので構いませんよ。その前に、兄貴の登録情報の変更をお願いします」
「こちらの方は、ニャンゴさんのお兄さんでいらっしゃいますか?」
「はい、チャリオットの拠点で一緒に住む事になりましたので……」
「かしこまりました。ではギルドカードをお願いいたします」
登録しただけで、まだ依頼を達成できていない兄貴は当然Fランクで、属性は土だった。
俺の魔法について何も知らなかった兄貴を無関心だと思ったが、良く考えてみると俺も兄貴の属性とか知らなかった。
火とか水ならば、まだ使い道がありそうだが、土属性とはまた地味な属性だ。
ガドのように身体が大きな人種ならば、土属性魔法を使って足場を固め、盾役として力を発揮できるだろうが、猫人ではいくら足下を固めても薙ぎ払われて終わりだ。
兄貴が魔法を使っているのを見た事が無いし、猫人だから魔力指数も高くないはずだ。
これから兄貴が仕事を探していく上で、魔法は助けになると思ったのだが、ちょっと当てが外れそうだ。
兄貴と相談してだが、場合によってはゴブリンの心臓を食わせないと駄目かもしれない。
ギルドマスターとの会見には、シューレ達も一緒にと思ったのだが、俺一人でと言われてしまった。
「フォークスは私がしごいておくわ……」
「よろしくお願いします」
「ニャンゴ……」
朝の稽古の後で丸洗いされたからか、兄貴は俺に助けを求めるような視線を向けてきたが、ここは心を鬼にしてシューレに任せることにした。
スキップでもしそうな足取りで、兄貴を抱えて帰っていくシューレを見送り、俺はジェシカさんの案内でギルドの二階へと向かった。
ギルドマスターの部屋へと向かう途中、ジェシカさんからステップについて質問された。
「ニャンゴさん、その魔法は疲れないんですか?」
「これですか? もう日常的に使ってますし、固めている範囲は足が乗っているところだけですから疲れとかは感じませんよ」
ステップは、日々改良に改良を重ねてバージョンアップを続けているので、今や足の形とほぼ同じ大きさにしか固めないようになっている。
もう意識しなくてもステップは発動出来るし、踏み外すような心配も全く無い。
地上100メートルを全力疾走しろと言われても、今なら楽勝だ。
なので、そろそろ空を飛ぶことも考えている。
これまでゴブリンの心臓を食べた時に、ハンググライダーで飛んだ事はあるが、あれは勢いだけの自殺に近い愚行だった。
今は風の魔道具という推進力も手に入れたので、アツーカ村まで一っ飛びで帰れる方法を考え中だ。
ただ、飛行には墜落が付いて回るので、実験は十分な安全策を講じてから行うつもりでいる。
イブーロのギルドマスターの執務室は、二階の一番奥にあった。
ジェシカさんが、重厚な造りのドアをノックして呼び掛けた。
「ジェシカです。ニャンゴさんをお連れしました」
「入ってくれ……」
ドアの向こうからは、低音の利いたイケボで返事があった。
さすがに宙に浮いた状態で会うのは変だと思い、床に接触するようにステップを下げ、ジェシカさんが開けてくれたドアを潜った。
「失礼します……」
「やぁ、君がニャンゴか。ギルドマスターのコルドバスだ」
イブーロのギルドマスターは、金髪蓬髪の獅子人で、正に百獣の王の如き風格の持ち主だった。
身長は180センチを軽く超えていそうで、椅子から立って歩いてくる身のこなしだけで只者でないと分かってしまう。
「初めまして、Dランクのニャンゴです」
差し出された右手はグローブのように分厚く、デスクワークで世の中を渡って来た人ではないと語っている。
「まぁ、座って楽にしてくれ。ジェシカ、お茶を頼む」
ソフトな話し方なのだが、響きのある低い声が言葉に重みを加えている。
「ブロンズウルフの討伐に始まり、これまでの活躍は聞いているよ。あぁ、ボーデとの手合せは見させてもらった。ニャンゴのように将来性のある若い冒険者の加入は、ギルドにとって本当に有難い」
「いえ、まだ冒険者としては歩き始めたばかりのヒヨッコですよ」
「そうだな、確かにそうだが、そのヒヨッコが活躍するから、追い越されたくない連中は目の色を変える。同じ年代の者は、俺だってと奮起する。ニャンゴのような存在がギルド全体のレベルを上げるのには不可欠なんだよ」
「そんな大した存在じゃないと思ってますけど、お役に立っているならなによりです」
「さて、早速だが昨日の騒動について聞かせてもらえるか? 一応、学校の護衛を行っている兵士からは報告を受けているが、実際に現場にいた者の話を聞かせてくれ」
「分かりました。事の発端は、一昨日の晩に貧民街から身柄を取り返してきた人の話からでした……」
情報源が兄貴である事は隠して、チャリオットの拠点での話し合い、メンデス先生への通達、襲撃が始まってからの様子について順を追って話した。
ギルドマスターは、所々で話を止めて、詳しい説明を求めて来たが、俺も全体を見渡せていた訳ではないので、答えられない質問もあった。
説明の途中でギルドマスターは席を立つと、執務机に載せられていた金属製の筒を持ってきた。
「連中が使っていた魔銃だが、どう思う?」
「どうと聞かれても、魔銃を見たのも昨日のこれが初めてなので……思っていたよりはショボイ感じはしますね」
「ははは……ショボイか、確かにショボイな。ギルドの訓練場で試し撃ちをしてみたが、まともな魔銃の半分も威力は無かった。それに、こいつは使い続けていると、いずれ暴発するであろう粗悪品だ」
「ぼ、暴発って……魔銃自体が爆発するんですか?」
「そうだ、魔法陣が壊れて発動しなくなる可能性もあるが、暴走して爆発する可能性の方が高いな」
「じゃあ、試作品か何かでしょうか?」
「ほう、なかなか頭が回るようだな。その通り、こいつはまともな魔銃を作る過程の試作品だろう。威力も無い粗悪品だと馬鹿にしていると、いずれ性能を上げた代物が出て来る。それも、これまでの魔銃よりもずっと安い値段で大量に出回るようになるはずだ」
前世日本の記憶を持つ俺に取っては、大量生産へ移行する過程は馴染みが深い。
もっと威力を高めた魔銃が大量に作られ、それが裏社会に蔓延するようになれば、物騒な世の中になりそうだ。
「でも、なぜその話を俺にするんですか?」
「縁だ」
「縁……ですか?」
「救い出した男から襲撃の話を聞き、知らせに行ったら巻き込まれる……その現場にあったのが、こいつだ。つまり君は、この魔銃と縁がある。因縁になるのか、腐れ縁になるのかは分からんが、いずれまた、この魔銃か、この魔銃の流れをくむものと遭遇するだろう。だから、君に話をしておくんだ。君のヒゲに、ビビっと来たら知らせてくれ。こいつは野放しにしておくと厄介な代物だ」
「分かりました。気になる話を耳に挟んだら、知らせに来ます」
「頼むぞ、ニャンゴ」
ギルドマスターは底光りする瞳で俺を射抜きながら、猛獣のごとき笑みを浮かべてみせた。





