タイムリミット
大金貨1枚で、日本円にするならば100万円ぐらいの価値がある。
先日チャリオットが仕留めた黒オークは、700万円ぐらいで売れた計算だ。
1枚で100万円の価値となると、使われている金の量も多く、当然重たくなる。
量った訳ではないが、持たせてもらった感じでは200グラム前後はあるはずだ。
その大金貨を5百枚、日本円の感覚だと5億円、重さは100キロぐらいになる。
それだけの量を2時間少々で準備しろという要求は、かなり無理があるように感じるが、これだけの準備を整えてきている奴らなので用意出来ると踏んでいるのだろう。
状況が膠着状態になった後、空属性の探知魔法をフル活用して、黒尽くめ達の様子を探り続けた。
盗聴用のマイクを複数設置して、黒尽くめ達が洩らす話を拾い続ける。
窓や出入り口などを固めている連中は、さすがに緊張感を維持し続けているが、抜け穴で待機している連中は、いざとなれば逃げられると思っているのかボソボソと雑談を始めていた。
その話を繋ぎ合わせていくと、奴らの計画が少しずつ分かってきた。
例えば、バリケードにイブーロ出身の生徒を使ったのは、万が一傷付けた場合、金持ちの親の反発を招くことを恐れて、より兵士達が手を出しにくくなると考えているかららしい。
だが、その裏返しとして、イブーロ出身の生徒を黒尽くめ達が死傷させた場合、本格的に貧民街を壊滅させる動きが出かねないので、絶対に手荒な真似はするなと言われているらしい。
この情報は、俺にとってはありがたい情報だった。
外の生徒に危害が加えられる心配が無いならば、会議室に閉じ込められている生徒達を守ることに専念できる。
ただし、奴らに攻撃をしかけた場合には、自暴自棄になって生徒を攻撃する可能性は捨てきれないし、流れ弾が当たる可能性もあるので、こちらからの攻撃はメンデス先生に止められてしまった。
俺としては、大金貨5百枚をみすみす持ち逃げさせるつもりは無いので、何とか逃走を防ぐ方法は考えるつもりでいる。
その大金貨5百枚は、黒尽くめ達が手分けして運ぶつもりらしい。
10枚に分ければ、重さは2キロ程度なので、十分に運べる重さになる。
身代金の大金貨5百枚が届いたら、数を確認すると言って時間を稼ぎ、10枚ずつ革袋に詰め替えたら、順次黒尽くめが担いで抜け穴から逃走するつもりのようだ。
先に金を持った50人が逃走、最後の10人が途中のトンネルを土属性魔法で塞ぎながら逃走するつもりらしい。
途中で何ヶ所かトンネルを塞いでしまえば、追跡するまでに膨大な時間が掛かる。
その間に、黒尽くめ達は悠々と逃亡するという訳だ。
空属性魔法の盗聴マイクで聞き取った内容を伝えると、メンデス先生は黒尽くめ達の作戦に呆れつつも舌を巻いていた。
「単純に金を要求するだけじゃなく、逃げることも、逃げた後のことも考えているのか。抜け穴は、やはり貧民街に繋がっているのか?」
「探知魔法で抜け穴を出た所にも仲間らしき者がいるのは分かるのですが、そこがどこなのか正確な場所までは分かりません」
「それでは、抜け穴に潜られてしまったら、追跡するのは難しいのだな?」
「そうですね。地上から探すとしたら、貧民街に踏み込んで行くしかないのでしょうが、あれだけバラックが密集している状況では、どこが抜け穴の出口なのか探し当てるのは難しいでしょうし、捜している間に塞がれてしまう気がします」
「我々としては、生徒の安全を確保するしか無さそうだな」
たぶん、メンデス先生の実力ならば、黒尽くめの5人や10人は楽に叩きのめせると思うが、それは人質がいなければの話だ。
例え、貫通力の無い火の玉であっても、生徒に当たれば大火傷を負う可能性が高い。
「人質全員の安全が確保できるまでは、動きようが無さそうですね」
「その通りだ。とにかく安全第一で無理に仕掛けないでくれ」
空属性の探知魔法で黒尽くめ達の居場所とか、抜け穴の形状とかは把握できたが、教育棟の外の状況が今一つ把握出来ていない。
ふわっと触る感じで探知しているので、30メートルほど離れた場所に人が配置されているのは分かるが、それが兵士なのか交渉する役人なのかなどの区別までは出来ないのだ。
交渉役は投降を呼び掛け続けているが、当然黒尽くめのリーダーが受け入れるはずもなく、早く金を持って来いと返答するばかりだ。
金の要求に対しては、今準備を進めていると返答しているが、どれだけ準備が進んでいるのかは全く分からない。
要求した金が届かない膠着状態が続く中、不意に会議室のドアが開かれた。
慌ててステップから下りて、メンデス先生の後ろに隠れた。
「おい、お前、外に出ろ」
「生徒をどうするつもりだ」
「ちょっと脅しに使うだけだ」
「脅しならば、私が行く」
「駄目だ駄目だ、逆らうなら黒焦げにするぞ!」
どうやら金の要求期限が近付いて、脅しのために生徒を連れ出しにきたらしい。
近くにいた教師が、生徒の代わりに行こうとしたようだが拒否されている。
「先生、生徒会の役員として私が行きます」
「クローディエ……」
「いいだろう、来い!」
「おい、手荒な真似は……」
ステップから下りてしまったので、状況を見られなかったのだが、話の内容からすると最初に指名された生徒の代わりに、先日手合わせをしたクローディエが連れて行かれたようだ。
探知魔法で後を追うと、どうやら階段を上がらされているようだ。
「どうなっている、ニャンゴ」
「上に連れて行かれているみたいです」
「まさか、本当にバルコニーから突き落とすつもりじゃないだろうな?」
「そこまでは分かりませんが、三階に連れて行かれたようです」
黒尽くめのリーダーは、金の到着が遅れたらバルコニーから人質を突き落とすと脅していた。
教育棟は天井までが普通の建物よりも高いので、三階のバルコニーは普通の建物の四階ぐらいの高さがあるはずだ。
バルコニーの下は校門から続いている石畳だから、突き落とされれば良くて骨折、落ち方が悪ければ死ぬかもしれない。
三階に連れて行かれたクローディエは、両手を後ろで縛られ、更に足首も縛られ、目隠しされた状態で、バルコニーの手すりに立たされた。
クローディエの姿を見たのだろう、会議室のドアの外から悲鳴や怒号が響いて来た。
声の感じからして、兵士以外に野次馬も集まっている感じがする。
クローディエの後ろから黒尽くめが支えているのだが、下からは見えないのだろう。
「そろそろ約束の時間だが、金はまだなのか!」
「待て! 今準備を進めているから待ってくれ!」
「教会の4時の鐘が鳴り終わっても金が届いていなければ、あの人質は突き落とす。それが嫌なら、さっさと金を持って来い!」
探知魔法で探っているだけなので姿を見ることは出来ないが、クローディエの呼吸が乱れているように感じる。
目隠しで下の様子は見えていないのだろうが、野次馬の声や頬を撫でる風などで自分の置かれている状況は嫌でも感じてしまうはずだ。
「ニャンゴ、クローディエはどうなっている?」
「すみません、ちょっと集中させて下さい。その代わり、必ず守ってみせますから」
クローディエが置かれている状況を他の生徒が知るのは不味い。
それに探知魔法だけで状況を把握するのは集中を要するのも事実なのだ。
「金はまだ届かないのか……」
メンデス先生の呟きにも焦りが感じられる。
落ち着きを取り戻していた会議室の生徒達にも動揺が広がり始めていた。
そして、4時を告げる教会の鐘が鳴り響いた。
ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……。
「時間だ!」
「待て! 金はもうこっちに向かって……」
「きゃぁぁぁぁぁ!」
黒尽くめに突き飛ばされたクローディエの身体が宙に舞い、野次馬や兵士達の悲鳴が会議室まで響いてきた。
勿論、みすみす見殺しになんかするつもりは無い。
「エアバッグ……クッション」
ブロンズウルフの一撃すら受け止めた空属性魔法で作ったエアバッグがクローディエを受け止め、地面に敷いたクッションに横たえた。
すかさず空属性魔法で作ったナイフで拘束の縄を切る。
「くそっ、どうなってやがる! 死ね!」
「シールド」
状況は分からないが、クローディエと教育棟の間にシールドを張った。
「くそっ、何なんだ!」
黒尽くめのリーダーが怒り狂って喚いているが、立ち上がったクローディエは駆け寄ってきた兵士と共に走って逃げたようだ。
「くそっ、別のガキを連れて来い! ぶっ殺してやる!」
「待て! 金が届いた、子供に危害を加えるなら渡さないぞ!」
「ちっ……いいだろう、さっさと持って来い!」
ギリギリのタイミングで間に合ったのか、それとも既に届いていたのを出し渋っていたのかは分からないが、大金貨5百枚の受け渡しが始まるようだ。





