遊覧飛行(中編)
「おぉ、高い、高い……ほぉぉ、遠くまで見える……」
興奮しすぎて、語彙力が幼児化しちゃってるにゃぁ。
誰だ、この可愛らしいオッサンは……って、うちの国の王様だった。
「陛下、右手の方角が旧王都、大公領になります」
「おぉ、こちらか……さすがに街並みは見えぬか」
「そうですね、途中にいくつか丘もありますし、この高さからでは難しいですね」
俺が旧王都から飛んで来る時、良く晴れた日だと、飛び始めて少しするとミリグレアム大聖堂を視認できる。
今飛んでいる高度よりも、ずっと高い所を飛んで来るし、大聖堂の高さもあるから視認しやすいのだ。
王城から真っすぐ南に向かって飛び、城壁に沿って飛び始めていた頃は興奮状態だった国王陛下も、新王都の東画を過ぎた辺りで落ち着きを取り戻した。
「こうしてみると、大きいと思っている王都の小ささを感じるな」
「陛下、全てが街並みになってしまったら、作物も作れませんし、家畜も飼えず、人の暮らしは成り立たなくなってしまいます」
「おぉ、確かにそうだな。さすが、空から眺めることに慣れているエルメール卿だ」
「陛下は、王都を今よりも大きな街にすることをお望みですか?」
「そうだな、そのために新たな城壁も作り始めたが、それは新王都に限ったことではない」
「と仰いますと、他の街や村も大きくしたいとお望みですか?」
「その通りだ。エルメール卿、人は宝であり、力でもある。このシュレンドル王国を、今よりも多くの国民が飢えずに、豊かに暮らせる国にするのが私の希望だ」
街が大きくなり、住む人が増えたからといって、住民の生活が良くなるとは限らない。
仕事が無ければお金が手に入らないし、お金があったとしても物が無ければ買えない。
「エルメール卿が国を豊かにするならば、何から手を付ける?」
「えっ、そうですねぇ……穀物の生産量を増やしますかね」
「それは、新しい農地を切り開くということか?」
「それが一番目に見えるやり方ですが、作物の作り方とか、たくさん取れる品種にするとか、色々と方法はあると思います」
「エルメール卿は、農家の生まれであったな?」
「はい、畑を借りている小作人の三男坊です」
国の北の端にある小さな村の農民の子が、貴族の身分を手に入れて、国王陛下と一緒に新王都の空を飛んでいるなんて、子供の頃には想像もしていなかった。
「作物の作り方を工夫しておったのか?」
「いいえ、畑は親父たちに任せていました。自分は冒険者になるのが夢だったので、薬屋のカリサ婆ちゃんに弟子入りして、薬草採取をしたり、魚や森ネズミを捕まえて暮らしていました」
「ほほぅ、それはなかなか楽しそうな暮らしだな」
「そうですね、食べるのには困っていませんでしたし、天気の良い日は山に入り、雨の日は家でゴロゴロして……あれっ、もしかして凄く良い暮らしだったかも……」
「はっはっはっ、だが、村の暮らしでは満足できなかったのだろう?」
「はい、小さな村だったので、やっぱり大きな街での暮らしには憧れがありましたね」
村の暮らしも長閑で良いとは思うけど、ゼオルさんが退屈しているように、街の暮らしと比べると色んなものが足りていない。
「村での暮らしに無くて、街での暮らしには有る物とは何だ?」
「自分の場合は刺激でした」
「刺激か」
「自分の生まれ育った村には、商店と呼べる店は一軒しかありませんでした。何でも置いてあって、何もかも街と比べると足りていませんでした」
アツーカ村にはカリサ婆ちゃんの薬屋の他は、ビクトールの店があるだけだ。
日用品や食料品、衣料品など、暮らしに関わる品物は何でも扱っていて、でもイブーロのような街の店とは品揃えが違いすぎた。
ビクトールの店に無い品物は、我慢するか、行商人が持ってくるのを待つしかなかった。
ゼオルさんのように、冒険者を引退した後に隠居暮らしをするなら良いのかもしれないが、一度街の暮らしを知ってしまうと、若いうちは戻りたいと思えない。
「旧王都の暮らしは気に入っておるのか?」
「はい、周囲の方々にも良くしてもらっていますし、顔馴染みになった店も増えました」
「美食家のエルメール卿の行きつけの店に、エルメリーヌを連れていったそうだな」
「あぁ、急な話だったので、騎士団の皆さんにご迷惑をお掛けしました」
「ワシも若い頃にはバルドゥーインやファビアンのように城を抜け出しておったが、さすがに今は自重している」
これは初耳だったが、やはりトンビが鷹を生んだ訳じゃなく、この親にしてこの子ありだったのか。
「地方の一領主ぐらいなら、気軽に出歩けのだろうが、国王なんかになるものではないな」
「それ、三人の王子殿下に言って差し上げたらいかがですか?」
「ふははは……言ったところで、それでは早く譲位してくれと言われるだけだろう。あやつらには、まだまだ経験が足らぬ。今のワシの気持ちが分かるようになったら、王位を譲ってやろう」
「うわぁ、それは嬉しくないですねぇ……」
「ふははは……そうであろう?」
「はい……でも、それが正しい王位継承だと思います」
「ふむ……今日は望外に良い一日になった」
国王陛下と話しながらも、飛行船はちゃんと城壁に沿って飛び続けている。
もうね、空属性魔法で作った飛行船とか、俺の体の一部みたいなものだからね。
北側の王城エリアを通り過ぎ、また西側の居住地に入った頃、何やら地上が騒がしくなった。
どうやら騒ぎは城壁の外側、都外で起こっているようだ。
「何じゃ? 何の争いじゃ?」
「ちょっと聞いてみましょう。こちらニャンゴ・エルメール、王都西部の都外で騒ぎが起こっているようですが……」
「こちら西門上のクリフ・ミュルドルス、現在調査中、注意して通ってくれ」
「了解です」
バラックが立ち並ぶ一角で、数名の若者が揉み合いをしているように見える。
こちらには影響は無いと思うが、念のために用意してきたシールドを一枚増やしておこう。
「若者の喧嘩のようじゃな」
「ええ、そんな感じですね」
騒ぎが起こっている場所が近づき、そちらに注意が向いた時だった。
左後方から何かが飛来して、増やしたばかりのシールドが突き破られた。
「ピィィィィィィ……」
直後に襲撃を知らせる警笛が鳴り響いた。
「こちら西門上のクリフ・ミュルドルス、第三街区からの攻撃を確認した」
「こちらニャンゴ・エルメール、攻撃は一枚目のシールドを突破しましたが、二枚目のシールドで防ぎました。陛下に異常はございません」
「了解! 打ち合わせ通りに飛行を中断して帰還されたし」
「了解しまし……」
「待て待て、届きもしない攻撃に怯えて帰るなんて情けない真似ができるか。そのまま飛行を続けよ!」
一瞬、どうしようか迷ったが、王命に背く訳にはいかないよね。
「こちらニャンゴ・エルメール、予定通りに飛行を続けて帰投します」
「こちら本部のアンブリス・エスカランテ、了解した」
騎士団長のお墨付きもいただいたので、予定通りの飛行を続けよう。
「エルメール卿、シールドは何枚装備しておったのだ?」
「二枚ですが、都外で騒ぎがあったので一枚増やしました」
「攻撃は弓矢か弩か?」
「恐らく、そうだと思いますが、シールドの他にキャビンを頑丈に作ってありますので、陛下に届くことはございません」
「さすがは、不落の面目躍如じゃな」
「ありがとうございます」
陛下を乗せての遊覧飛行は、その後は襲撃を受けることもなく、またミリグレアム大聖堂を見下ろしながら北向きに進路を変え、無事に王城の前庭へ着陸して終了した。





