遊覧飛行(前編)
遊覧飛行当日、新王都は快晴の朝を迎えた。
起きてすぐに宿舎を出て、空の様子と風の具合を確かめたが、実に穏やかで絶好の飛行日和
だ。
朝食を済ませたら、エルメール家の紋章が入った革鎧を身に着けた。
騎士団長たちと最終の打ち合わせを行ったら、離発着を行う王城の前庭へと移動する。
驚いたことに、既にバルドゥーイン殿下がいらしていて、城の使用人にあれこれと指示を出していた。
「おはようございます、バルドゥーイン殿下」
「おはよう、ニャンゴ。今日はよろしく頼むぞ」
「お任せ下さい」
俺たちが居る場所は広い芝生の広場で、ここでは貴族が持ち寄った馬の品評会や、馬術競技、馬上槍の試合などが行われるそうだ。
綺麗に刈り整えられた緑の芝生が広がり、このまま寝転んでお昼寝を楽しみたくなる。
芝生の広場は離発着のために十分すぎる広さがあるのだが、その脇に椅子とテーブルが用意されていた。
「殿下、あちらの席は?」
「あぁ、話を聞きつけた貴族たちから、飛空艇に乗れなくても良いから見物させて欲しいと言われてな、そのための観客席だ」
「何人ぐらい、いらっしゃる予定でしょう?」
「一応、五十席用意するが、今は社交のシーズンではないから、それほどの人数は集まらないだろう」
シュレンドル王国の社交シーズンは春だ。
春分の日に行われる『巣立ちの儀』を、貴族の子息は新王都の大聖堂で受ける。
それに伴って、貴族たちが新王都に集まってくるので、茶会や舞踏会、晩餐会などが開かれ、貴族同士の交流が活発に行われる。
今は秋分の日を過ぎて晩秋へと向かう時期なので、多くの貴族は自分の領地に戻っている。
その年の作物の収穫高を見守り、税の徴収を行わなければいけないからだ。
とは言っても、そうした領地での仕事は代官に任せて、新王都で暮らしている貴族も少なくないと聞いている。
そうした貴族は二種類に大別されるらしい。
裕福か……そうでないか……。
裕福な貴族は、代官任せでも安定した収入を得られる土地に恵まれた貴族たちだ
一方、そうでない者たちは、少しでもコネを得て、国の役職に就けないか工作を行ったり、条件の良い縁談を得られないか活動しているそうだ。
だとしたら、王族とお近づきになれるかもしれないチャンスとか、絶対に逃さないんじゃないの。
それと、殿下は忘れているみたいだけど、新王都の学院には貴族の子息が通ってるんだよね。
なんだか嫌な予感がするけど、俺は俺の準備を進めておこう。
魔力回復の魔法陣を体に張り付け、飛行船を形成する。
今日は王族を乗せるので、普段作っている物よりも座席を柔らかくしたり、万が一大きく揺れても大丈夫なように、内壁にも弾力性を持たせた。
「にゃぁ、やっぱりか……」
俺が飛行船の準備を進めている間に、ぞろぞろ、ぞろぞろと貴族が集まってきて、五十席の椅子はあっと言う間に埋まってしまった。
王城の使用人さんたちが、慌てて椅子とテーブルを追加していた。
そして、いよいよ時間となって、国王陛下や王族の方々がお見えになられた。
そこに居る全ての人が膝を付いて出迎えようとしたが、追加の椅子やテーブルと並べた辺りは、跪く場所すら確保できずガチャガチャになっていた。
「良い、良い、皆、楽にして良いぞ」
陛下の一言で混乱は収まったけど、どこかの令嬢が椅子ごと引っくり返って、パンツ丸見えになってたのを周りのみんなが必死に見なかったことにしていた。
見物客の席とは別に、王族のための席が設けられている。
王族の皆さんが着席した所で、準備の手を止めて挨拶に出向いた。
「おはようございます、国王陛下」
「好天に恵まれたな、エルメール卿」
「はい、絶好の飛行日和です」
「無理を言ってすまなかったな」
「とんでもございません、この程度はお安い御用です」
「そうか……じゃが、アンブロージョを先に乗せたのはいただけぬ」
「申し訳ございません。本日は、ゆるりと新王都の空をお楽しみいただきます」
「楽しみにしておるぞ、支度はどうじゃ?」
「いつなりと……」
「では、参るといたそう」
「はっ、ご案内いたします」
打ち合わせ通りに、俺が先に立って国王陛下を案内する。
「陛下、ここから先がキャビンになっております。一段高くなっておりますので、お気をつけ下さい」
「おぉ、目には見えぬが確かに段があるな」
「右手側に座席をご用意いたしました」
「ふむ……おぉ、柔らかいぞ。これは良い座り心地だな」
「ありがとうございます」
チャリオットのみんなと討伐や護衛の依頼を受ける時には、馬車の振動を和らげるように空属性魔法でクッションを作っていた。
そのころの経験の積み重ねで生まれた座り心地だから国王陛下も納得だろう。
陛下が座席に座られたのを確認してドアを閉め、飛行準備を始める。
「こちら、ニャンゴ・エルメール、通信状態はいかがですか?」
「こちら警備本部、問題無し」
「こちら南門、問題無し」
「東門、異常無し」
「北門も問題ありません」
「西門、異常ありません」
「陛下、よろしいでしょうか?」
「うむ、やってくれ」
「では、離陸します」
十分にヘリウムガスを満たした機体は、固定を解くとフワリと浮かび上がる。
左右の推進器を起動させ、機首を上に向けると飛行船は上昇を開始した。
と言っても、外から見ると俺と陛下が前後に分かれて座った格好で、空に向かって浮かび上がっていくように見えているのだろう。
「おぉぉぉ……飛んだ、陛下が飛んで行かれるぞ」
「浮いている、あれもエルメール卿の魔法なのか」
「もう、あんなに高くに上っていってしまったぞ」
下の様子を収音マイクで聞いてみると、みんな驚いているみたいだ。
俺が宙に浮いている様子は見たことはあっても、他の人と共に空高く飛んでいくのを見たのは初めてだろうから、驚くのは当然だろう。
だが、一番驚いているのは、俺の後ろに居る人だ。
「おぉぉぉぉぉ、浮いてる、いや飛んでおる! 凄い、凄いぞ、エルメール卿!」
「いかがですか、空の散歩は」
「最高だ、まるで鳥か蝶になった気分だ。おぉ、もう人があんなに小さく見えるぞ」
予定通り、王城や第一街区の上空にいる間に、王都を周回する時の予定高度まで上げておく。
離陸と同時に、飛行船の下部には二重のシールドも展開済みだ。
「おぉ……王都の街並みは、空から眺めるとこのように見えるのだな……」
「陛下、もうすぐ第一街区を出ます」
「この角度から大聖堂を眺めるとは思ってもみなかったぞ」
既に高度はミリグレアム大聖堂の塔よりも高くなっている。
このまま塔の上を通り抜け、第三街区の外側の城壁に沿って飛ぶ予定だ。
「なるほど、第一街区、第二街区、第三街区……外に行くほど密集度は上がっていくのだな」
「これから第四街区が作られると伺いましたが……」
「そうじゃ、もう一つ外に壁を作る。わしが生きている間に出来るかどうか分からぬがな」
「陛下、もうすぐ、第三街区の壁です。ここから東へ旋回して、城壁の上を飛びます」
自分一人ならば急旋回するところだが、陛下を乗せているので、ゆっくりと向きを変え、城壁に沿うように航路を変更した。
「おぉ、兵士たちが見上げておるぞ」
城壁の上で警備をしている兵士たちが、空を見上げながら敬礼しているのが見える。
さて、オラシオたちは、今日はどこに配置されているのかな。
王都の住人には、今日の遊覧飛行は知らされていないはずだが、空の上に俺たちが居るのに気付いて手を振っている人もいた。
あの人たちは、手を振っている相手が国王陛下だと気付いているのだろうか。





