反省会
飛空艇の初となる有人試験飛行は、残念ながら大成功とは言えない状況で終了となった。
試験飛行が終わった後、俺、ネルデーリ学部長、レンボルト准教授の三人は、今回の結果と何が起こっていたのかの状況説明のために、大公殿下の屋敷へと招かれた。
飛空艇を操縦していて、これも初となる墜落を体験したレンボルト准教授だが、防具を身に付けた上でベルトでシートに体を固定していたおかげで、怪我も無く無事だった。
墜落という体験が、恐怖感の素となるトラウマとなってしまうかどうかまでは、もう少し経過観察をしてみないと分かりませんね。
大公家の応接間に通された俺たちは、大きなテーブルを挟んでアンブロージョ様と向かい合った。
「まずは、本日の試験飛行、大儀であった。結果には満足していないだろうが、初めての試みには失敗が伴うのは当然の事だ。その上で、ワシにも分かるように状況を説明してほしい」
アンブロージョ様は飛空艇に将来性を感じ、かなりの金額を支援しているそうだ。
最初に話を切り出したのは、ネルデーリ学部長だった。
「ご期待に沿えない結果で申し訳ございませんでした。想定を超える横風が吹いたため、機体を制御しきれませんでした」
「今日の結果について、謝罪の必要は無い。短い時間ではあったが、人を乗せて宙に浮かぶという目的は間違いなく果たしていたからな」
アンブロージョ様が言う通り、人が空を飛べる可能性については十分に示せたと思う。
「エルメール卿は、どう思われたかな?」
「今日の結果は残念でしたが、飛空艇の性能というよりも、試験飛行のやり方の問題だったと思います」
「具体的には、どういった点が問題なのだ?」
「今日の問題点としては二つ考えられます。一つは飛空艇を固定するロープが短すぎた事、もう一つは固定した台車が横方向に移動できなかった事でしょう」
墜落時の安全性を考えて、高度を抑えて試験飛行を行ったのだが、横風が吹いた時にそれが仇となってしまった。
ロープが長ければ、あそこまで機体は傾かずに済んだだろう。
同様に、飛空艇を固定していた台車は、前後方向には車輪で移動できるが、車輪の向きが変わらないので横方向に移動が出来ない構造だった。
そのため、飛空艇が横風に流された時に、台車が付いて行けず、その結果として機体が大きく傾いてしまっていた。
「試験飛行を見たところ、浮いて留まるという点については安定しているように見えました。後は離発着を含めて風への対処方法を確立すれば、飛空艇運用の道が開けると感じました」
「なるほど、さすがはエルメール卿、良く見ているな。実際に操縦していたレンボルト准教授は、どう思った」
「はい、想定を超える急激な機体の傾きに、全く対処ができませんでした」
レンボルト准教授が言うには、飛空艇は操縦盤に設置された五つのスティックを使って機体を制御しているそうだ。
一つ目は、ヘリウムと思われる気体を発生させる魔道具の制御。
二つ目は、降下のために気室から気体を抜くバルブの制御。
三つ目、四つ目は、左右の推進器の制御。
そして五つ目は、前後の傾きを制御するための風の魔道具の制御を行っているそうだ。
前世の頃に遊んでいたゲーム機のジョイスティックみたいな構造ならばまだしも、オンオフや段階的なスイッチみたいな物を並べただけでは、素早く的確な操作は難しいだろう。
ただ、飛空艇の場合には、飛行機のような急激な方向転換などは出来ない気がする。
「なるほど、操縦方法についても課題が見つかったのだな?」
「はい、今のままでは、今日のような咄嗟の事態には対処が困難だと思われます」
「あのぉ、ちょっと宜しいでしょうか?」
「何かな、エルメール卿」
「飛空艇の場合、強い風に流されることはあっても、今日のような急激な機体の傾きは起こらないと思いますし、咄嗟に立て直すような操作も難しいと思います」
飛空艇は浮力を担う気室の下にあるキャビンが重石の役割を担っている。
葉巻型なので前後の傾きは大きくなるが、左右の傾きは起こりにくい。
軽い物が上に浮き、重たい物が下に落ちようとするからだ。
今日の試験飛行の急激な傾きは、台車と固定用のロープが原因で、通常の飛行であれば、あそこまで急激に傾くことはないはずだ。
それと、俺は空属性魔法を使って飛行船を作って空を飛ぶこともあるが、ウイングスーツで空を飛ぶ時のように機敏な動きは出来ない。
浮力を担う大きな気室が抵抗になって、機敏に動こうにも動けないのだ。
「なるほど、では操縦方法は今のままでも構わないのか?」
「いいえ、それは改善の余地があると思います。通常の飛行の場合、飛空艇で操作が必要なのは、上昇下降を制御する前後の傾き、左右どちらに進むかの方向の制御、それと速度の制御です。例えば、上昇下降は右手、左右は足、速度は左手という感じに分けてみたらどうでしょう」
「なるほど、操作をする役割を分ければ混乱せずに済むかもしれんな。どうだ、レンボルト」
「はい、参考にさせていただき、改良したいと思います」
この後も、飛空艇の問題点や改良方法などを話し合ったのだが、凄く気になっていることがある。
静かなのだ、一言も喋っていないのだ。
この反省会というか報告会が始まってから、じゃじゃ馬令嬢ことアルビーナ・カーライルは、ただの一言も声を発せずに聞き役に徹している。
まだ数回しか会ったことがないし、詳しく性格を熟知している訳ではないが、先日の印象とは真逆に感じる行動だ。
そういえば、試験飛行の会場でも目立たず、大人しく見ていたような気がする。
大公であるアンブロージョ様が一緒だから、勝手な発言を控えているのかもしれないが、これまでの印象とは違いすぎる。
何しろ、初対面で立ち合いを仕掛けてきた、生粋のじゃじゃ馬なのだから。
専門的な話が一段落したところで、アンブロージョ様がアルビーナ嬢に話を振った。
「アルビーナ嬢、試験飛行を見た感想は?」
「とても興味があります。是非、私も乗ってみたいと思いました」
「そうであろう、そうであろう、だが、実用化しても乗るのはワシの後だぞ」
「大公殿下も、空を飛んでみたいと思っていらっしゃるのですね」
「当然だ、自由に空を飛ぶ姿をエルメール卿に見せつけられているからな」
白虎人のアンブロージョ様、黒虎人のアルビーナ嬢、二人揃って俺に目を向けて、ニヤリと笑って見せる。
虎に睨まれて黒猫の命脈は、風前の灯という感じだよ。
「聞くところによるとエルメール卿は、パーティーの仲間とは共に空を飛んでいらっしゃるとか……」
「そうなのか、エルメール卿」
「はい、一応……」
「ならば、ワシを乗せて飛ぶことも可能ではないのか?」
「可能と言うならば可能ですが……万が一の事態が起こって墜落した場合には、命の保証ができかねますので……」
「構わぬぞ、ワシに万が一の事態が起ころうとも、家督は息子が継ぐ。問題無い」
「では、私も!」
虎人二人に身を乗り出して迫られてしまっては、ちょっと断れないかなぁ……。
「では、大公殿下のご都合が宜しい日に、天気が良く、風も穏やかであれば空へお連れしましょう」
「そうか! おいっ、ワシの予定はどうなっておる!」
承諾するや否や、大公殿下はさっさと空中散歩の日取りを決めてしまった。
うん、万が一の事態も起こさないように、安全対策を考えるとしよう。





