じゃじゃ馬への指令
カーライル侯爵家の当主エイブラムは、執務室で頭を抱えている。
愛娘であるアルビーナを出奔させずに引き留める方法を考えているのだが、一向に良い方法を思い付かないのだ。
エイブラムは、アルビーナを溺愛してきた。
侯爵令嬢として恥ずかしくない振る舞いをさせたいと思う反面、アルビーナの思うがままの人生を歩ませてやりたいとも思っている。
エイブラム自身が武闘派だけあって、娘のアルビーナは幼い頃から娘らしい遊びよりも武術に興味を持った。
それを窘めることはせず、むしろ奨励してきたのだ。
エイブラムの資質を引き継いだアルビーナは、武術だけでなく魔法においても非凡な才能を示した。
『巣立ちの儀』では、王国騎士団からも声が掛かりそうになったぐらいだが、エイブラムはスカウトされないように王国騎士団の担当者に事前に手を回しておいたのだ。
アルビーナ本人は王国騎士団の訓練所に行きたかったのだが、エイブラムが騎士としての訓練ならば自領でも出来ると突っぱねたのだ。
新王都の学院にも通わせず、カーライル侯爵領に留め置いて掌中の珠のごとく箱入り娘に育てるはずが、どこでどう間違えたのかじゃじゃ馬令嬢に育ってしまった。
カーライル騎士団の候補生に混じって武術や馬術、魔法の訓練を受けると、アルビーナはめきめきと頭角を現した。
一を聞いて十を知る勘の良さ、負けず嫌いなド根性、気が付けばアルビーナは騎士団の中でも五本の指に入るほどの腕前になっていた。
そして、いつの頃からか交渉術も身に付けた
「この程度のことも許して下さらないのでしたら、私は父上を嫌いになってしまうかもしれません」
娘を溺愛する父親にとっては切り札とも言える一言を覚えて、アルビーナのじゃじゃ馬度合いには拍車が掛かっていった。
無論、エイブラムもただ手をこまねいていた訳ではなく、切り札とも言える一言を拒絶することもあったのだが、アルビーナは更なる交渉術を身につけた。
切り札を出しても拒絶されるレベルの話をして、その後で譲歩した案を提示するようになったのだ。
譲歩した上で、それでも拒絶するならば……切り札は再び効果を発揮するようになってしまった。
今回の騒動でも、エイブラムはアルビーナの旧王都行きは止められないと感じている。
感じてはいるが、ただ認めさせられる訳にはいかないとも考えている。
「はぁ……腹を括れ、エイブラム」
自分で自分を叱咤していると、執務室のドアがノックされた。
「アルビーナです、少しよろしいでしょうか?」
「入りなさい」
口許にうっすらと微笑みを浮かべながら、アルビーナは執務室に入ってきた。
「父上、明日、夜明けと共に旧王都へと向かいます」
「それは何のためだ?」
「エルメール卿を口説き落とすためです」
「どうやって口説き落とすつもりだ?」
「それは、旧王都に着いてから考えます」
アルビーナの返事を聞いて、エイブラムは大きな溜息を洩らした。
「勝算の無い戦いは許可できぬ」
「なぜですか! 地竜には勝算の無い戦いを挑んでおられたではありませんか」
「そうしなければ、多くの民の暮らしが守れなかったからだ。だが、エルメール卿の心を掴むのは民には関係の無い話だ」
「父上、エルメール卿ほどの人物を逃すのは、我がカーライル侯爵領にとっては大きな損失です」
「その程度のことも私が分からないとでも思っているのか?」
「だったら、なぜ私の旧王都行きを許可して下さらないのです?」
「王家が先に目をつけておられるからだ」
エルメール卿については、エルメリーヌ姫が御執心であるのを知らない貴族は居ない。
名誉騎士の地位を与えたことについては、エルメリーヌ姫だけでなく多くの子供の命を守った報奨なのだと多くの者が理解した。
エルメリーヌ姫の振舞いについても、一時の気の迷いだと殆どの者が思っていたが、日を置かずに名誉子爵への昇爵が行われると、多くの貴族が驚いた。
男爵位を飛び越しての昇爵は、王家が本気で囲い込みに来ているとしか思えないからだ。
「父上、それならば、尚更早く動くべきではありませんか?」
「貴族の間での取り合いならば、先んじて他家を制するのが正解だろうが、相手が王家の場合は話が違ってくる」
「ですが、エルメール卿の才は必ずやカーライル家の益となるでしょう」
「王家は、その才を一つの家が囲い込むべきではないと思っているのだ」
侯爵家の当主であるエイブラムから見ても、ニャンゴ・エルメールという存在は異彩を放っている。
「アルビーナ、エルメール卿を囲い込もうとする者は、王家に対して叛意を抱いていると取られてもおかしくないのだぞ」
「なぜですか、優れた才を取り込もうとするのは自然な行動ではありませんか」
「力が大きすぎるのだ。考えてみよ、地竜を屠ったあの魔法が、王城目掛けて撃ち込まれたらどうなるか」
「王城には、強固な結界が張られていると聞いています」
「その結界が、エルメール卿のあの攻撃を防げると思うのか?」
この問い掛けは、聞きようによっては王家を侮辱していると思われかねないものだが、アルビーナは少し考えた後で首を横に振ってみせた。
「あれほどの攻撃魔法を私は見たことがありません。あるいは、王国騎士団には同じぐらいの魔法を使える者もいるかもしれませんが、それでも一発撃てば魔力切れを起こすでしょう」
「その通りだ。だが、エルメール卿はあれほどの魔法を行使した後も、魔力切れを起こす素振りも見せず、二頭目、三頭目の地竜を屠ってみせた。もし、エルメール卿と敵対した場合、対抗するにはどれほどの戦力が必要だと思う?」
「それは……王国騎士団の総力を注ぎ込んでも、対抗しきれないと思います」
答えたアルビーナのこめかみを、一筋の汗が伝って落ちていく。
「そうだ、あの見た目に惑わされてしまうが、エルメール卿だけでも一国の軍勢と渡り合えるほどの戦力だ。それを一つの家が囲い込むことを王家が納得すると思うか?」
「それは……納得しないと思います」
「当然だ、王家を転覆させかねない戦力を、どこかの家どころか、どこかの派閥が囲い込むことも王家は容認しないだろう」
アルビーナの顔からは、意気揚々と執務室に入ってきた時の笑みも、血の気も失われている。
「アルビーナ、これでもまだ旧王都に押しかけて、エルメール卿に婚姻を迫ろうと思うか?」
「いいえ……」
じゃじゃ馬令嬢などと呼ばれているアルビーナだが、思慮分別が全く無い訳ではない。
むしろ、一見すると破天荒に見える行動も、考えた末の行動だったりする。
今、アルビーナの頭の中では、自分が旧王都へ押しかけた場合の影響が、どのようにカーライル侯爵家に及ぶのか、猛烈な勢いで計算されている。
自領の中でならまだしも、大公領まで押しかけて婚姻を迫る行為は、王家から冗談だと受け取られない可能性がある。
勿論、カーライル侯爵家には謀反を起こす気など更々無いが、火の無いところに煙は立たぬではないが、悪意を持った者達に付け込まれる隙を与えかねない。
「父上、旧王都行きは取り止めます」
「いや、行って来い」
「はぁ? なぜですか? エルメール卿を囲い込もうとするだけでも王家の不興を買うかもしれないのですよ」
「だから、エルメール卿に婚姻を迫るのは無しだ」
「では、何のために……」
「エルメール卿という人物を見極めて来なさい。本人だけでなく、旧王都の住民からの評判も聞き込んで来なさい」
「それは、カーライル侯爵家のためですか?」
「勿論だ。この先、エルメール卿は様々な役割を果たすことになるだろう。その時に、適切な距離で交流を図るためだ」
アルビーナは、ほんの少しだけ考えた後で頷いた。
「期間は、どの程度にしますか?」
「旧王都での滞在は十日までとする。それ以上は、王家に要らぬ嫌疑をかけられるからな」
「五人ほど騎士を連れて行きますが、よろしいでしょうか?」
「構わん、噂を集めるのが得意な者を連れていけ」
「分かりました」
アルビーナは、エイブラムに一礼して執務室を後にした。
その口許には、来た時と同じように、抑えきれない笑みが浮かんでいた。





