理想と妄想
ギルドマスターのアデライヤとの面談を終えた後、チャリオットのみんなと合流して串焼き屋で夕食となった。
そこで、地竜討伐に絡んだ一連の経緯を説明した。
「まったく、トラブルが服を着て歩いているみたいだな」
「にゃっ、セルージョには言われたくないよ」
「何言ってんだよ、俺はニャンゴみたいにトラブルは引き寄せないぞ」
「そうよニャンゴ、セルージョはトラブルも引き寄せないけど、良い女も引き寄せないわよ」
「静寂! その通りだけど、それは言っちゃいけねぇことだぞ!」
「にゃはははは……」
セルージョとシューレの掛け合いに、腹を抱えて笑わせてもらったが、やっぱり頭の隅に領地の話がずーっと引っ掛かっている。
「はい、ニャンゴ、貝柱の串焼きよ」
「うみゃ! 貝柱、甘みゃ!」
「ニャンゴは、どんな領地が理想なの?」
「みゃ? 俺の理想?」
予想していなかったレイラの問いに、ちょっと考え込んでしまった。
「理想は、貧民街なんかが無い、みんなが豊かに暮らせる土地かなぁ……」
「それは、なかなか難しいわね」
「だよね……」
どこの領地にも、貧富の格差は厳然と存在している
シュレンドル王国で一番栄えている新王都でも、城壁の内側と外側では、貧富の格差だけでなく住民の扱いも異なっている。
俺たちが拠点を置いている旧王都でも、身元の確認は厳しくなったけど、貧民街のような場所は存在しているのだ。
「難しい話は抜きにして、お魚の美味しい土地を下さいって言ってみたら?」
「それは、めちゃくちゃ魅力的な話だけど、お魚だけでは暮らしていけないよねぇ」
「そうね、でも王家がニャンゴに無理難題を押し付けるとは思えないわ」
「そうかな?」
「だって、土地が欲しい貴族なんていくらでもいるでしょ?」
「まぁ、居るだろうね」
貴族の家を継げるのは、基本的に一人だけだ。
だから、ホフデン男爵家みたいな家督相続争いが起こったりする。
俺の前世の日本に較べたら、医療が発展していないから、子供の死亡率も高い。
なので、貴族の家は跡継ぎとなる男子を複数人もうけようとするし、家督にあぶれた次男、三男などは、土地や財産を分けてもらい分家を起こすか、どこかの家に婿入りするか、国の要職や王国騎士となって家を興すしかない。
オラシオと同じく騎士訓練生として厳しい訓練を続けている者や、実際に王国騎士として働いている人の中にも、領地を欲している人はいるはずだ。
「でも、国としては変な人間を領主にして、また取り潰しになるような騒ぎを起こされる訳にもいかない」
「まぁ、連続して取り潰しとかだと、下手したら領民に逃げられちゃうよね」
「だから、ニャンゴは国の要職に就かせて、王家から代官を派遣する形になるんじゃないの?」
「要職なんて与えられたら、新王都に釘付けにされちゃうんじゃない?」
「それも無いわね。ニャンゴの強みが消えちゃうでしょ」
「俺の強み?」
「アーティファクトについての知識や、空を飛んで高速で移動できる」
確かに、アーティファクトについては前世の頃の知識が役に立つはずだが、スマホやパソコンを修理した経験も無いし、専門的な知識も持ち合わせていない。
薄っぺらい記憶を使って道具の使い道を推察できても、かつてのアーティファクトを復元したり、複製するような能力は無い。
「だとしたら、俺は旧王都か新王都を拠点にして国中を飛び回る?」
「そんな感じの役職を与えられるんじゃない?」
「そんな役職なんて無いよね」
「だから、ニャンゴのために作るんじゃない?」
「俺のために?」
「半日足らずで、地竜を三頭も倒し、王国の端から端まで、一日で往復できる人材なんて、ニャンゴの他に居ないわよ」
「まぁ、そうだけど、そのために役職を作るの?」
「役職を作るだけなら、お金なんか掛からないし、ニャンゴを引き留めるためなら、お金掛けたって惜しいなんて思わないわよ」
そんなことが本当に起こるとは思えないが、レイラの話を聞いているとありそうな気がしてくる。
「新しい役職か……」
「で、王家の役職に就けば、領地の経営の援助もしやすくなるわよね」
「結局、領地経営が王家任せなら、領地を治める意味あるのかなぁ……」
「王家にはあるけど、ニャンゴにあるかどうかは微妙ね」
冒険者になるのは、前世の頃からの夢でもあったので、それを実現するために頑張ってきた。
夢を実現して冒険者になったあとも、冒険者生活を堪能するために頑張ってきた。
でも、貴族になったり領地を貰ったりするのは、別に俺にとっては夢でも念願でもないのだ。
希望し、夢見ていた仕事ではないので、今ひとつ興味を持てずにいる。
でも、猫人の地位向上とかは念願の一つでもあるので、チャレンジしてみたい気持ちも無い訳ではないのだ。
夕食を終えて、拠点に戻った後は、いつものように風呂のお湯汲みとドライヤー係を担当させられた。
このところ留守にしていたので、シューレとミリアムの乾燥もしたのだが、その間も領地に関して考え事を続けていた。
「ニャンゴは失礼……」
「みゃっ? 俺が?」
「別に、ジロジロ見られたい訳じゃないけど、まったく興味を持たれないのは、ちょっとムカっとする……」
「あたしは、別にそのままでいいわ」
そりゃまぁ、シューレはギルドやダンジョンでも人目を引き付ける美形だし、スタイルも良いのだけれど、日頃から裸族状態で目の前をウロウロされていたら、改めて見ようとは思わなくなるでしょ。
というか、腕を組んでの仁王立ちはやめなさい。
「ニャンゴは、私にしか興味無いわよね?」
「まぁ、そういう事にしておく」
レイラも、前世のグラビアアイドルが裸足で逃げ出しそうなスタイルをしているけど、こちらも見慣れているというか、埋まり慣れてしまっているというか……改めて見ようと思わなくなりつつある。
こんな話をイブーロのギルドでしようものなら、冒険者どもに呪い殺さんばかりの目を向けられていただろうな。
「ねぇ、ミリアム……」
「なによ、あたしなんか見なくてもいいわよ」
「いや、そうじゃなくて……もし罰則付きの猫人差別禁止令みたいな法律が出来て、過去の差別まで罪に問えるとなったら、今まで馬鹿にしてきた奴らに仕返ししたいと思う?」
「それは思うに決まってるじゃない。でも、そんな法律が出来たとしても、過去の罪までは裁けないでしょ」
「まぁ、そうだね。そんな法律は作れないと思う」
「だったら、別に今まで差別されたことなんてどうでもいいわ」
昔のミリアムでは考えられないけど、今のミリアムは自信に満ち溢れている。
シューレの指導によって、風属性魔法の精度は日々向上しているし、やんのかステップ格闘術も新米の冒険者なら圧倒できるんじゃないかと思うレベルになっている。
それだけの技術、体力、魔力を手に入れたからこそ、仕返しをしようなんて思わないのだろうが、世間一般の猫人はミリアムとは違う。
体力でも魔力でも劣り、近接格闘でも魔法でも、一般人レベルになるのは難しい。
そんな猫人のためを思って法律を作っても、それを逆手に取った復讐劇が繰り広げられてしまうなら本末転倒だろう。
急激な変化は、大きな軋轢を生み出してしまう。
「まだ貰えるとも決まっていない領地について悩んでなんていたらハゲるわよ」
「いや、さすがにハゲはしないと思うけど」
「どうだかねぇ……とにかく、貰えると決まった訳でもない物について、あれこれ悩むなんて時間の無駄よ」
「にゃは、確かにその通りだね」
「分かったら、さっさとレイラに捕まって寝ちゃいなさい」
国王陛下もバルドゥーイン殿下も、悪いようにはしないと言っていたし、あれこれ考えるのも面倒になったので、レイラに抱えられながら寝てしまうことにした。





