騎士の線引き
グスタボという男は、商家の三男坊だそうだ。
灰色狼人で火属性、魔力の高さを見込まれてカーライル騎士団にスカウトされたらしい。
ただし、王国騎士団にはスカウトされなかったそうなので、魔力的にはそこそこレベルのようだ。
まぁ、猫人の俺からすると、そこそこの魔力を持って生まれてこられただけでも恵まれていると思う。
だがグスタボにしてみると、王国騎士団にスカウトされなかったことに納得がいっていなかったらしい。
実際、魔力に関しては同期で入団した者の中で一番だったし、体格にも恵まれていて、幼いころから兄達と一緒に剣術も習っていたらしく、実力的には悪くなかったそうだ。
負けず嫌いの性格も、先輩の騎士からは生意気だと見られていたが、上官たちからは向上心の現れだと捉えられていたようだ。
同僚からは受けが悪いが、上司からの評価は高い……みたいな感じだったのだろう。
こうしたケースでは、当人が致命的な欠陥を抱えていたりするものだが、グスタボの場合もそのパターンのようだ。
近年、カーライル騎士団は世代交代の時期を迎えていたそうで、その流れに乗っかるかたちでグスタボは第二分団の副団長に抜擢されたらしい。
抜擢されたものの、独断専行が酷く、団員との軋轢が生じていたようだ。
要するに、手柄を焦りまくっている時に地竜が現れたという感じなのだろう。
「オーベルズさん、カーライル騎士団の中では、勇者カワードの話って有名なんでしょうか?」
「ええ、全員が知っていますよ。団員が行きつけの酒場でも、吟遊詩人が歌っていますからね」
「さっき、若い騎士の方と少し話したんですが、やっぱり自分も勇者カワードのようになりたいと皆さん思っていらっしゃるのでしょうか?」
「そうですね。やはり、我が身を犠牲にしてでも愛する人や街を守るという気概は、騎士ならば多かれ少なかれ持っているものですからね」
言われてみれば、騎士とは自己犠牲の精神を叩き込まれる職業だ。
本当は作り話なのだが、勇者カワードの武勇が実話として伝われば、憧れを抱くなという方が無理なのかもしれない。
「実際、今回の地竜への対応では、無闇に突っ込んで行こうとする騎士が多くて難儀しました。突っ込んで行って止められるならまだしも、無駄死にされたら堪ったもんじゃありませんからね」
騎士の役割は、魔物を討伐するだけではなく、今回のようなケースでは避難の指示や誘導も重要な役目だ。
無駄に突っ込んでいく者たちばかりでは、避難に関わる人員が足りなくなってしまう。
「そのグスタボですが、粉砕の魔道具とか、猫人たちとかを容易に集められる立場だったのでしょうか?」
「地竜が向かっていた方向には、グスタボの実家の支店があったはずです」
「分団長という地位と、商家の三男坊という生い立ちを利用すれば、可能だと思います」
グスタボの実家である商店は、手広く商売をしているそうで、領内にいくつかの支店も持っているらしい。
グスタボは幼いころから、本店と支店を行き来する商隊について歩いていたそうなので、その支店に声を掛ければ、自爆に使う猫人を準備できたのだろう。
「オーベルズさんは、自爆攻撃について、どう思われますか?」
「他人を使った攻撃については言語道断ですが、自分の体を使った攻撃ならば、ある程度は理解できます」
「家や財産、街は大切ですけど、人の命が守られるならば、諦めることも時には必要だと思うのですが……」
「その通りだと思います。ですが、人の命が失われそうになった場合はどうされますか? 全ての者が、エルメール卿のような強さを持ち合わせている訳ではありませんよ」
「そうですね。おっしゃる通りです……」
もし、地竜よりももっと強力な魔物が現れて、自分の命を犠牲にするしかレイラや兄貴、チャリオットのみんなを守れないとしたら、たぶん俺は特攻を選ぶだろう。
たぶん、それで生き残った人たちには、大きな重荷を押し付けることになってしまうとしても、それでも生きていて欲しいと俺も思うはずだ。
それに、俺の人生は前世のオマケみたいに感じる時もあるので、同年代の人に較べたら、十分に生きたと感じることもある。
「なかなか、難しいですね」
「はい、我々騎士団は一度危機が迫れば、常にこの判断を迫られることになります。無駄死にしていたら民を守れません、ですが、命を惜しんではいけない場面もあります」
「その線引きは、どうやって決めるのですか」
「日々の鍛錬に尽きますな。自分の実力が分からない者には、正しい判断は下せません。敵わないと思ったら逃げるべきです。命を賭けるのは、逃げきれないと判断した後です」
「なるほど……」
敵を知り、己を知れば、百戦して危うからず……という奴だろう。
「まぁ、エルメール卿には無縁な話だと思いますよ」
「えっ、そうですか?」
「エルメール卿が命懸けで立ち向かう状況なんて、この世の終わりぐらいのものでしょう」
「いやいや、そんな事はないと思いますけど……確かに、今の自分が戦って敵わない相手は、そんなに多くは無いですね」
「エルメール卿が注意なさる相手は権謀術策でしょうね」
幸か不幸か、今の俺は王家の後ろ盾をもらっているような状態だが、それでも貴族の多くが反発を強めれば、王家だって庇いきれなくなるだろう。
そういう意味では、調子にのって貴族相手にイキり倒したりせず、味方に取り込むようにしていく必要がありそうだ。
「ところで、エイブラム様を埋めてしまったかもしれない件って、本当に大丈夫でしょうか?」
「うはははは……心配無用です。むしろ、エルメール卿に埋められたと喜んでいるでしょうな」
「エイブラム様って、どんな方なんですか?」
「一言で言い表すならば、武人です」
エイブラム・カーライル侯爵は、カーライル家の次男として生を受けたそうだ。
二つ年上の兄がいたそうだが、あまり体が丈夫ではなく、家督を相続する前に亡くなったそうだ。
エイブラム様は、自分では家督を継ぐつもりは無く、聡明な兄を武力で支えるつもりでいたらしい。
黒虎人の偉丈夫で、魔法属性は火、領内の政治については多くを家宰に任せているようだが、自ら領内の各地に足を運び、直接領民の要望を聞いて回っているそうだ。
「良い領主様なんですね」
「ええ、エイブラム様のためでしたらば、我らは喜んで命を捧げますよ」
「あぁ、そんなエイブラム様を埋めてしまったかもしれないなんて……」
「大丈夫です、その程度を気にする方ではありませんが……」
豪快に笑い飛ばしていたオーベルズ騎士団長は、ふっと眉を顰めて考え込んだ。
「エイブラム様が、謝罪や賠償を要求される心配はありませんが、別の心配はなさっておられた方がよろしいと思います」
「別の心配……ですか?」
「はい、じゃじゃ馬です」
「じゃじゃ馬?」
だいぶ酒量も進んできたせいか、オーベルズ騎士団長はニヤニヤと意味深な笑みを浮かべてみせた。
「はい、実はカーライル領には、とんでもないじゃじゃ馬がおりまして。エイブラム様も頭を痛めていらっしゃるのです」
「えぇぇぇ……なんだか、凄く嫌な予感がするんですけど」
「そのじゃじゃ馬なんですが、見た目は本当に素晴らしいです、見た目は……」
近くで俺と騎士団長の話を聞いていた騎士が、こらえ切れずに酒を吹き出した。
「騎士団長、じゃじゃ馬も領主様と一緒に埋まったんじゃないですか?」
「あぁ、その可能性は高いな。これは、ますますエルメール卿は気を付けた方がよろしいですな」
「もしかして、そのじゃじゃ馬って、エイブラム様のご息女でしょうか?」
「エルメール卿、あれはご息女なんて上等なものではありません。くれぐれも、防御をお忘れなく」
「うわぁ……明日、謝罪に伺うのが更に憂鬱になりました」
「ですが、エルメール卿、じゃじゃ馬は乗りこなすと駿馬になるとも言いますぞ」
「そんな自信無いです……」
この後、騎士団長や騎士たちから、数々のじゃじゃ馬エピソードを聞かされて、祝勝気分はどこかへ吹き飛んでしまった。





