出撃(前編)
姫様からは明朝一番と言われたが、まだ太陽が沈むには少し間がある。
もし、まだ地竜が討伐されていなかったら、更なる被害を防ぐためには今すぐ駆け付けた方が良い。
大公アンブロージョ様にお願いして、大公領周辺の地図を見せてもらい、カーライル侯爵領の位置関係を把握した。
ここから王都までの距離の倍ぐらいあるが、飛んで行けない距離ではない。
「エルメール卿、カーライル侯爵家の当主エイブラムは、気骨のある好人物だ。助けてやって欲しい」
「かしこまりました。全力を尽くします」
普通の騎士が一から出撃の準備を整えるのは大変だが、俺の場合は体一つあれば戦える。
鎧も武器も、全部空属性魔法で作れるからだ。
今回は姫様の護衛中ということもあり、エルメール家の紋章入りの革鎧は手元にある。
これを着込めば準備は完了だ。
「ニャンゴ様……」
屋敷の玄関に向かう途中で、エルメリーヌ姫に呼び止められた。
「姫様、いまからカーライル領へ向かいます」
「民を救ってください」
「お任せください」
姫様の前に跪き、恭しく頭を下げる。
騎士の作法とか知らないので、前世の頃にアニメなどで見た動きを真似てみた。
俺が立ち上がると、今度は姫様が腰をかがめて目線を合わせてきた。
「ご武運を……ちゅっ」
姫様は周囲にいる王国騎士や大公家の使用人などの視線もかまわず、俺に口づけをした。
どう反応して良いものか分からず、ちょっと固まってしまった後で頷いてみせる。
「行ってまいります」
騎士の敬礼を捧げてから、姫様に背を向けて屋敷の玄関へと向かう。
カーライル領の地形は、俺の頭と念のためにスマホにも入れた。
先史時代とは高低差は変わっているだろうし、地図の地名は読めないけれど、ノイラート領との相対関係で、おおよその位置をマーキングしてある。
あとは飛ぶだけだ。
「敬礼!」
玄関を出ると、王国騎士団と大公家の騎士団に敬礼を送られた。
俺からも敬礼を返したあと、エアウォークで一気に上空へと駆け上がった。
空属性魔法でウイングスーツを作り、ジェットの魔法陣を発動させる。
「うぅぅ……にゃぁぁぁぁぁ!」
強烈な加速によって、体中の血液が足の方へと押し下げられ、危うく意識を失ってしまうところだった。
歯を食いしばり、必死に意識を繋ぎ止め、水平飛行に移行する。
ジェットの魔法陣による出力は、風の魔法陣の比ではない。
地上の景色が、早回しの映像のように、あっと言う間に後方へと流れていく。
「あれが領都か」
カーライル侯爵領の領都まで、旧王都の大公家から十分も掛かっていない。
ジェットの魔法陣を消し、慣性飛行で魔物が湧く森を目指した。
「えっ、今の……」
領都から魔物の湧く森へと向かう途中で、炎が見えたのだが、一瞬で通り過ぎてしまった。
大きく右旋回して元来た方向へ向き直ると、また炎が弾けるのが見えた。
「地竜、こんなところまで」
詳細な位置関係は分からないが、予想よりも遥かに領都に近付いている気がする。
というか、まだ討伐されていないじゃないか。
地竜を中心にして旋回、上昇して速度を落とし、真上に止まった。
太陽の位置から考えると、地竜は西南西の方向へ向かっているようだ。
「止めろぉ! 何としてでも止めろ!」
「撃て、撃て、撃てぇ! 少しでも削れ!」
「攻撃を一ヶ所に集中させろ!」
カーライル侯爵家の騎士たちだろうか、後退しつつも必死に攻撃を繰り返しているが、地竜はまるで意に介さずに進んで行く。
「村があるのか」
地竜は街道を辿るように進んでいて、その先には橋があり、更に先には村が見えてきている。
このまま地竜が進んで行けば、橋は重さに耐えられずに落ちてしまうだろうし、村は壊滅するだろう。
その時、騎士たちの背後、少し離れた場所に場違いな集団が見えた。
「あれは……ふざけるな!」
身体強化魔法で視力を強化して確認すると、そこには数人の猫人と騎士の姿があった。
騎士が手にしているのは、見慣れた魔法陣の刻まれた板と魔石。
猫人たちを使って自爆攻撃を仕掛けようとしている。
粉砕の魔法陣が刻まれたボードを手にした騎士の頭上に、スピーカーを設置して怒鳴りつける。
「そんな物は必要ない! 地竜は俺が止めてやる!」
「誰だ!」
騎士の問いには答えず、俺は地竜への攻撃に集中する。
魔力回復の魔法陣を発動させ、これまでで最大の威力の魔法を準備する。
「大気中に漂う魔素を集めて、圧縮して固める。受けてみろ、ニャンゴキャノンのバリエーション! これが俺の全力全開! アース・ドラゴン・ブレイカァァァァァァ!」
最大規模で作った魔銃の魔法陣を、全力で、最速で圧縮し、地竜の真上から撃ち下ろす。
普段の砲撃は、ドンという発射音と共に炎弾が撃ち出されるのだが、この時は、キュンという圧縮音が聞こえた直後、チカっと閃光が走った。
「あっ……ヤバい、伏せろぉぉぉ!」
地竜に立ち向かっていた騎士たちに向かって叫びながら、球状の複合シールドを展開した。
ズーン……という重たい破裂音と同時に、地竜が纏っていた土の鎧が吹き飛んで来る。
「ふにゃぁぁぁぁぁ……やりすぎたぁぁぁぁぁ……」
俺は球状の複合シールドごと、上空へと吹き飛ばされてしまった。
固定を解除したのが幸いして、シールドは壊れず、俺も殆どダメージを受けずに済んだのだが……。
「き、きーのこ、のこのこ……やっべぇ……」
地竜の胴体には大きな穴が開き、焼け焦げ、小さいながらも茸雲が上がっていた。
地面は大きく抉れて、クレーターのようになっている……というか、クレーターだ。
騎士の皆さんも、吹き飛ばされて半分土に埋まっているが、モゾモゾと動き始めているから死んではいないだろう。
「えーっと……そうだ、他の地竜を確認しに行こう!」
というか、怒られる前に逃げよう。
夕日の位置を確認し、魔物が湧く森の方向へと、ウイングスーツで移動する。
ジェットでの移動の後なので、風の魔法陣による推進はゆっくりに感じるが、それでも時速百キロぐらいは出ているはずだ。
移動を開始してすぐに、さっきの地竜に破壊された村に遭遇した。
村を突っ切るだけでなく、村の中で暴れ回ったようで、殆どの建物がめちゃめちゃに壊されている。
住民だろうか、壊れた街並みを呆然と眺めながら立ち尽くしていた。
更に進むと、また別の村が破壊されていた。
こちらは通過されただけらしく、街道の両側の建物は破壊されているが、それ以外の建物には被害は無いようだ。
更に地竜の進んだ跡を辿ると、こんもりとした森が見えてきた。
「えっ、三頭?」
森の上空を旋回すると、地竜が通ったらしい跡が、三本もあった。
一本は西南西に向かった、さっきの地竜のもの。
その他に、南方と南南東に地竜が通ったらしい跡が残されていた。
「とりあえず、こっちだ!」
南に進路を取って移動すると、城壁に囲まれた街が見えて来たが、北側の壁が大きく壊され、地竜の侵入を許していた。
その地竜は、街の中心にある広場で丸くなっている。
「討伐されたのか?」
旋回しながら上昇して止まり、ウイングスーツを解除して地竜の様子を上空から観察する。
「あっ、まだ生きてる」
地竜の周りでは、騎士や冒険者らしい人物が動き回っていた。
一方の地竜は、体を丸め、頭や首を尻尾や土の鎧で守って眠っているようだ。
上空から見て、指揮官らしき騎士のところへスロープを作って滑り降りた。
「なっ、どこから来た!」
驚く騎士たちにビシっと敬礼してから名乗りを上げる。
「失礼! 自分はニャンゴ・エルメール名誉子爵です。エルメリーヌ姫の命を受けて、地竜の討伐に赴きました」
自分たちに目線を合わせるように、空中に立っている俺を見て、騎士達は本物だと確信したようで、一斉に姿勢を正して敬礼した。





