報復
打ち上げの翌朝、レイラさんのアパートを出てギルドへ向かった。
今日はチャリオットとしての活動は休みなので、リクエストを可能な限り片付けるつもりでいる。
レイラさんのアパートは、ギルドと通りを挟んだ斜向かいなので、仕事に出掛けるのには物凄く便利だ。
昨夜は、打ち上げが終わった後に、シッカリと抱き枕としての役目を果たしてきたのだ。
レイラさんを隅々まで洗ったかについては、コメントを控えさせていただく。
色々と大変だったけど、俺は紳士だった……はずだ。
受付前の混雑が終わるまで、酒場でゆっくりと朝食を楽しむ。
トレイを受け取ってテーブルに着くまでの間、周りの人から注目されていたが、他の人とぶつからないように高い位置を歩いていたからだろう。
例え猫人であっても空中を歩いていれば注目されるのも当たり前だが、いつもとは一味違っている。
普段はステップを使っての移動だが、今日は義足を使っての移動だ。
つまり、歩幅が違うのだよ、歩幅が。
一歩踏み出すだけで、ぐんっと進む感じは前世の頃には当たり前のレベルなのだが、猫人の身体に慣れてしまっているので、かなりの違和感がある。
遠征の行き帰り、馬車の中で立って練習したおかげで、まだ多少のぎこちなさはあるが、普通に歩けるレベルまでは上達している。
あとは上半身の練習を終えて、サイズの大きい服を着込めば変装は完璧になるはずだ。
将来的には足はこの状態で、腕はマニピュレーターを作って操り、格闘戦も出来るようにしようかとも考えている。
そして、自分が乗って操れるなら、遠隔操作の空属性ロボも実現できるはずだと思っている。
もしくは、空属性魔法で自分の分身を作って操るというのも面白そうだ。
魔力に限界があるから、軍団までは作れないだろうが、五体ぐらいならいけそうな気もする。
空いてる席に腰を落ち着けて酒場を見回すと、以前絡んできた狼人、熊人、虎人のトリオがいたが、今日は寄って来ないようだ。
まぁ、来たら来たで返り討ちにするだけだが、用心だけはしておこう。
ゆっくりと朝食を堪能すると、受付前の混雑も解消していた。
蹴飛ばされる心配も無さそうなので、普通に歩いてカウンターに向かう。
「おはようございます、ニャンゴさん」
「おはようございます」
受付嬢のジェシカさんは落ち着いた感じの犬人の女性で、なにげに隠れ巨乳だったりする。
ここまでは順調に依頼をこなしているからだろう、満面の笑みで迎えてくれた。
「昨日うかがったリクエストの件なんですが、今日はチャリオットの活動が休みなので、出来る範囲で引き受けたいと思っています」
「では、どちらの依頼になさりますか?」
「依頼を下さった順番に伺いたいと思うのですが、例えば、今日中に三件とかやっても問題ないんですかね?」
「えっ、今日中に三件ですか? それは問題ございませんが……どこも大きめの倉庫ですよ」
「全部回りきれるか分かりませんが、一応全部の場所と担当者を教えていただけますか?」
「分かりました、今、書類を準備いたしますね」
ジェシカさんは、三件全部と聞いて驚いた表情を見せたが、すぐに依頼先の名称、担当者、それに場所を記した地図も用意してくれた。
素晴らしい手際の良さで、まさに出来る受付嬢という感じだ。
「では、こちらになります」
「ありがとうございます。夕方また顔を出しますね」
「はい、頑張って下さい」
「行ってきます」
依頼の殆どは倉庫街なので、ギルドから拠点に戻る方向になる。
イブーロに来て一週間ほどになるので、いくらか街の様子も覚えてきた。
ギルドを出て小走りで大通りを進み、倉庫街の方向へと路地を曲がると、後ろから距離を詰めて来る足音があった。
「うりゃぁ!」
まだ距離が離れていると思っていたのに声がしたので、後方にシールドを立てながら振り向くと上から網が降って来た。
「しまった……」
網には所々に鎖が縫い付けてあるらしく、重さで路地に這いつくばる格好にさせられた。
「今だ、やっちまえ!」
網から出ようともがいているうちに、棒きれを片手に持った先日の三人組が駆け寄って来る。
「食らえ!」
狼人の冒険者が棒を振り下ろしてきたが、網の周囲を囲んだシールドが鈍い音を立てただけだ。
大きなシールドを三枚重ねる形で周りを固めているから、いくら棒を振り下ろされたところで俺には届かない。
「ちくしょう、変な魔法を使いやがって……これならどうだ!」
熊人と虎人の冒険者が、網を掴んで引っ張った。
「ふにゃぁぁぁ!」
外のシールドばかり意識して網の内側は何も準備していなかったので、地面に押し付けられてしまった。
「壁みたいなのが消えた、今だ! くそっ、こいつ往生際が悪いぞ!」
「うにゃぁぁ……」
地面に押し付けられた衝撃で意識が緩み、シールドを解除してしまったがギリギリの所で張り直した。
今は、三人組の網によって地面に押し付けられ、その上にシールドを一枚張っている状態だ。
「くそっ、網だ、網を引っ張って引き摺り出せ!」
「ふぎゃぁぁぁ……サミング!」
「うぎゃぁぁぁ!」
網を引っ張っていた熊人にサミングを食らわせたが、今度は逆の虎人が網を引っ張る。
「うらぁ、出て来い、にゃんころ!」
「うにゃぁぁ……バーナー!」
「うわぁ、熱っぅ!」
虎人の方向は見えないから、デカいバーナーで焙ってやった。
熊人と虎人が網を放したので、狼人の姿を捉えられた。
「雷!」
「ぎゃう!」
あまり手加減しない雷の魔法陣に接触して、狼人の冒険者は短く叫んで倒れた。
三人が怯んだ隙に網から這い出したが、俺の自慢の毛並みが乱れ放題だ。
「そっちから仕掛けて来たんだ、覚悟は出来てるんだよな?」
「やべぇぞ、ドニト」
「クゼール、ロイフを起こして逃げるぞ」
「逃がす訳ないだろう……」
虎人のドニトと熊人のクゼールが倒れた狼人のロイフに駆け寄った所で、三人の周囲を空属性の壁で囲み、屋根に当たる部分は格子状にした。
「おい、ロイフ。起きろ!」
「がっ、がっ……」
「くそっ、囲まれてるぞ!」
「ちくしょう、出しやがれ!」
クゼールが腰に吊っていたナイフを抜いて空属性魔法の壁に突き立てようとしたが、これまで工夫に工夫を重ねてきた壁は、その程度ではビクともしない。
「では、注水開始……」
「うわっ、冷てぇ! ちくしょう、何しやがる!」
「すぐに理解出来るよ」
囲いの上に水の魔法陣を作って内部へと水を注ぐ。
一つ、二つ、三つ、四つ……魔法陣の数を増やすと、あっと言う間に囲いの中には膝ぐらいまで水が溜まった。
「クゼール! やべぇよ、どうすんだよ」
「おい、ロイフ。いつまで惚けてんだよ!」
「あっ、あぁ? うわっ、なんだこれ!」
更に大型の魔法陣を追加して、注水の速度を加速させる。
腿の高さから、腹、胸と、グングン水位が上がっていく。
「やめろ! やめてくれ、俺は泳げないんだ!」
「なんだ、狼のクセに泳げないんだ。でも、大丈夫だよ」
囲いの上を指差すと、三人は上にも格子状の囲いがされていることに気付いたようだ。
「嘘だろう……おい、ちょっと待て、待ってくれ!」
「俺達が悪かった、ごほっ……もう、もうやら……ごふっ」
水位は遂に首の高さを超えて、三人の足が浮き始める。
泳げないというロイフは、必死に壁を伝って上がろうとするけど、表面がツルツルなので何度も沈んで溺れかけている。
一度水に潜った熊人のクゼーロが下から持ち上げて、ようやくロイフは上の格子に掴まった。
「おいっ、おいっ! 出られねぇよ、死ぬ、死んじまう!」
ロイフが顔を押し付けているが、格子の隙間は腕は出せるけど頭は出せない大きさにしてある。
格子一本の幅は30センチ以上あるから、なみなみと水を注げば頭は完全に水の下になるはずだ。
三人が騒ぎ立てているけど、路地の入口にも壁を作ってあるから、野次馬が集まって来ることはない。
そして、注水が完了した。
透明な壁越しに三人の息が続くギリギリまで観察を続ける。
三人とも息を止め、こちらに向かって威嚇したり、拝み倒していたが、最初に一番暴れていたドニトが大きな泡を吐き出して沈み、直後にロイフが沈んだ。
最後にクゼーロが罵声であろう息を吐き出したところで、ステップで水の被らない高さまで上がって壁を解除する。
路地に大量の水が溢れ、三人は濡れた路面に投げ出されるように倒れ込んだ。
激しく咳き込んだ後でクゼーロが最初に起き上がり、腹を押されたり平手打ちを食らって残りの二人も意識を取り戻して、ゲーゲーと水を吐き出していた。
さすがに殺してしまうのは後味が悪いので、今日はこのくらいで勘弁してやろう。
路地裏に這いつくばったせいで、服も毛並みも埃まみれだ。
こんなに薄汚れたみっともない格好で、初めてのお客さんの所には向かう訳にはいかないから、一度拠点に戻って埃を落して着替える事にした。





