風当たり
「お魚、お魚、にゃん、にゃにゃん、塩焼き、唐揚げ、カルパッチョ、にゃー!」
「ご機嫌ねぇ」
「そりゃあ、三日続けてお肉だったからね」
チャリオットの場合、メンバーの多数決で夕食に食べたい物やお店が決められる。
俺がお魚を希望しても、なぜか肉料理の店やメニューが続いてしまうことがあるのだ。
今日は、ライオスとセルージョ、ガドは飲みに行くそうで、食事に行くのは俺とレイラ、それにシューレとミリアムの四人だ。
兄貴とクーナは、発掘現場の方に行ってるし、新婚なので別行動だ。
今日は俺とミリアムがタッグを組んで、強力にお魚推しを突き通し、三日ぶりの勝利を手にしたのだから、レイラに笑われようと尻尾が上機嫌で揺れるのは止められないのだ。
今日行くお店は、魚介類のバーベキューの店で、自分好みの焼き加減でお魚を満喫できるのだ。
今から楽しみで、口の中に唾液がジュワーっと溢れてくる。
地下道を通って地上まで上がり、搬出チームと別れて夕食のお店に向かおうとしていたら、ギルドの女性職員に声を掛けられた。
「エルメール卿、メッセージが届いております」
「みゃっ? みゃあぁぁぁぁぁ!」
ギルドの職員が差し出した封筒には、金の縁取りがしてあり、真っ赤な封蝋には翼の生えた獅子の紋章が押されている。
来るとは分かっていたが、予想よりも早い知らせに、お魚への期待で浮かれていた気分がぶっ飛んでしまった。
「それと、王家からのリクエストが届いております」
「うみゃぁ……もうか……」
「内容は、そちらのメッセージ書かれているそうですが、一度ギルドに手続きにお越しください」
「はい、明日にでも伺います」
王家からのメッセージを紛失でもしたら、それこそ物理的に首が飛びかねない。
大役を果たしたギルドの職員は、ホッとした様子で帰っていった。
「なぁに? また呼び出しなの?」
「エルメリーヌ姫がダンジョンの見学をしたいって言ってて、道中の護衛を頼まれた」
「ふーん……王家も囲い込む気満々ね」
「爵位まで貰ったから、どこかの家に仕えたりする気は無いんだけどねぇ……」
「それでも王家としては心配なんでしょ。この前の何とか男爵みたいな貴族は、まだまだ居そうだし。あの手の連中に嫌気が差して、ふいっと違う国に飛んで行かれたら大損でしょ」
「なるほど……」
自分でも出来すぎだと思うぐらい活躍して、猫人の冒険者として名前を馳せてきたけれど、それでもまだ劣等種などと呼んで見下す連中が居るのだ。
それでも、俺が生まれ育った国だし、大切な人が沢山暮らしている国だから見捨てて出て行く気は無いんだけどね。
お魚を食べに行く前に、王家からのメッセージを開いて中身を確認した。
中身を確認せずに紛失したら、大騒ぎになってしまうからだ。
エルメリーヌ姫がダンジョン見学に訪れる日程は、まだ十日以上先だが、俺が別の依頼などを入れないように、先んじて知らせて来たのだろう。
俺の役目としては、訪問前日までに王都入りして、姫様を護衛して旧王都に戻る。
姫様が大公家の屋敷に滞在中も、身辺警護にあたるように要請されていた。
「大公様の屋敷の中は、警護は要らないんじゃないかにゃぁ……」
「お風呂やベッドの中でも警護して欲しいんじゃない?」
「みゃみゃっ! そんな訳にゃいじゃん!」
「囲い込むために既成事実を作りにくるかもよ」
「そんにゃぁ……ただでさえ風当たりが強いのに……」
ちょっと憂鬱になる依頼は、心の片隅に一旦封印して、この日は心ゆくまでお魚をうみゃうみゃしてきた。
拠点に戻ってからは、風呂場で洗浄係としての仕事を全うして、レイラを丸洗いして、丸洗いされて、シューレまで丸洗いする羽目になった。
てかさ、風呂場はそんなに広くないんだから、四人一度に入らなくても良いんじゃないの。
湯船のお湯を抜いて、洗い場も綺麗なお湯で流して片付けて、裸族の園へ上がる前に冷たいミルクを飲みに台所へと向かった。
「うんみゃ! 風呂上がりのミルク、うみゃ!」
腰に手を当ててミルクを飲んで、カップを洗って片付けていたら、拠点の外から何やら言い争うような声が聞こえてきた。
声の主は、セルージョのような気がする。
「クソが! 好き勝手言いやがってよ!」
ドアが開く音の後で、聞こえてきた荒っぽい声は、やっぱりセルージョだった。
「あいつらも生活が懸かってるから仕方ないだろう」
「だとしても、言い方ってもんがあるだろうが!」
「まぁ、そうだな」
「だろう! そもそも護衛の仕事があるのだって、ダンジョンの新区画が見つかって、発掘品が飛躍的に増えたからだろう。だったら、俺らが文句言われる筋合いはねぇだろう!」
リビングに入ってきたセルージョは憤懣やるかたないといった様子で、ライオスとガドも渋い表情を浮かべていた。
「どうしたの? セルージョが荒れるなんて珍しいんじゃない?」
「どうしたも、こうしたも無ぇよ。俺が旧王都の冒険者から依頼を奪っているなんてぬかしやがったんだよ!」
俺達と別れて飲みに行ったと思っていたセルージョ達は、ギルドに討伐系の依頼が無いか見に行っていたらしい。
あれこれ依頼の掲示板の前で話をした後、ギルドの酒場でどんな依頼を受けるか相談していたら、近くにいた冒険者に絡まれたらしい。
「俺達が依頼を奪ってるなんて、言いがかりもいいところじゃん」
「だろう、ニャンゴもそう思うよな。大体、依頼に恵まれないのは実力不足なんだよ。それを俺達に責任転嫁しやがって、ふざけてんじゃねぇ!」
言い争いは掴み合いにまで発展したが、周りにいた他の冒険者たちが止めに入って、殴り合いにまではならなかったそうだ。
「くっそ面白くねぇ! 寝る!」
セルージョは足音高く階段を上っていき、叩き付けるようにドアを閉めて自室に籠ったようだ。
残されたライオスとガドは、リビングで飲み直すそうだ。
「なんだか、セルージョらしくないね」
「そうじゃな、イブーロに居た頃も、シューレとは年中言い争いをしておったが、お互いにふざけていると分かった上での口論だったからのぉ」
長年セルージョと一緒に冒険者をやってきたガドにとっても、今夜のセルージョは普通ではなかったそうだ。
「フォークスに先を越されて、焦っておったのかもしれんな」
「先を越されたって、セルージョは結婚とか興味無さそうじゃん」
「まぁ、そうじゃが、気の迷いは誰にもあるものじゃろう」
珍しく、俺の話し相手はガドで、ライオスは腕を組んで何やら考え込んでいる。
「ライオス、討伐系の依頼って、発掘品の搬出を見守る作業は止めちゃうの?」
「いいや、それは勿論終わらせるつもりでいるが、そろそろ暴れたいと思ってな」
確かに、発掘品の搬出を見守る作業は、長年冒険者として活躍してきたライオスたちにとっては退屈な作業なのだろう。
「まぁ、見守りの作業を放り出して依頼を受けようって考えじゃないんだが、近くで話を聞いていた若い連中が、ダンジョンで儲けてるんだから外の依頼まで奪っていくなって言ってきてな」
「そっか、若い冒険者からすると、俺たちメチャクチャ稼いでるもんね」
「それもニャンゴと発掘調査をする人間のおかげなんだが……とにかく、俺らは若手からすると稼ぎ過ぎらしい」
「なるほど、そんな風に思われているのか。兄貴は大丈夫なのかな」
「フォークスは大丈夫じゃろう。ワシら以外の発掘は、人手が足りないそうじゃから」
ガドが言うには、兄貴は地下道の建設工事現場でも、みんなから好かれていたらしい。
そういえば、クーナと知り合ったのも地下道の工事現場だそうだ。
「セルージョにも出会いが必要なんじゃろう」
「出会っても適当に遊んで終わりになりそうじゃない?」
「そうじゃな、本気にはならんじゃろう」
「いや、本人曰く、そうでもないらしいぞ」
ライオスが言うには、セルージョは本気で結婚を考え始めているらしい。
ただし、相手はこれから見つけるそうだ。
その緩さはセルージョらしいと思うが、変な女に篭絡されないか、ちょっと不安になってくる。
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