男達の思い
※今回はライオス目線の話になります。
フォークスとクーナが結婚すると言い出したのには驚かされたが、何も文句をつける必要も無いし、素直に祝福させてもらった。
フォークスも一度貧民街に落ちた経験があるからか、それともニャンゴという弟がいるからか、猫人にしては勤勉だし、堅実な暮らしをしている。
クーナも金や人脈目当てではなく、純粋にフォークスを思っているのは傍で見ていてよく分かった。
二人とも、ちょっと頼りない感じもしないではないが、若い新婚カップルなんて、こんなものなのだろう。
フォークスとクーナは、これまでシューレとミリアムが使っていた部屋に移動し、代わってシューレたちが屋根裏部屋へと移動した。
当面はこれで大丈夫だろうが、二人の間に子供が生まれたら、また状況は変わってくるかもしれない。
とは言え、うちのパーティーには、ダンジョンの新区画を掘り当てたおかげで潤沢な資金がある。
仮に今の拠点が手狭になった場合には、別の拠点に引っ越すなり、拠点を増やすなりの対応が可能なので、住環境に関しては特に問題は感じていない。
メンバーの入れ替わりも無いし、今まで通りに依頼をこなしていくだけだ。
拠点内部での引っ越し作業も落ち着いた夜、いつものように夕食を済ませた後で、セルージョが俺の部屋を訪ねてきた。
「ライオス、ちょっといいか?」
「あぁ、構わんぞ」
セルージョはグラスを二つと酒瓶を携えていた。
「なんだ、飲むならリビングの方が良いんじゃないか?」
「あー……まぁ、そうなんだが、ちょっと話があってな」
そう言うと、セルージョはグラスを差し出し、俺が手に取ると酒を注いだ。
ふわりと酒の香りが部屋に漂う。
セルージョも自分のグラスに酒を注ぎ、乾杯もせずに口に運んだのを見て、俺もグラスに口を付ける。
いつもの酒とは違って、スモークの香りがする。
「ちょっとクセがあるが悪くないな」
「だろう? この香りがいいんだよ」
「それで、話って何だ? まさか、身を固めるとか言うんじゃないだろうな」
「いや、そのまさかだ」
「はぁ? 冗談だろう?」
「いや、冗談なんかじゃねぇ」
確かにセルージョの表情は、冗談を言っているようには見えないが、まさかセルージョが身を固めるなんて思ってもみなかった。
問題は誰と所帯を持つかだ。
フォークス同様に身近な人間かと考えたが、レイラはニャンゴの御執心だし、シューレとはパーティーを組む前は反発しあっていた。
シューレがチャリオットに加入してからは、以前ほど衝突はしなくなったが、それでも恋愛関係になったようには見えない。
「それで、相手は?」
「これから探す」
「なんだ、いつもの冗談か、脅かすなよ」
「ばっか、冗談なんかじゃねぇぞ。これまでは所帯を持つ気なんか更々無かったが、これからは真面目に嫁を探すと決めたんだよ」
「ほー、そうか、そうか、まぁ、頑張れ」
「なんで、そんな棒読みなんだよ。マジだぞ、マジで嫁探すぞ」
一瞬でも真面目な話だと思った俺がバカだった。
セルージョは俺やガドとは違って、金が入ると酒場の女や娼館に足を運んだりして、適当に遊んでいるのは知っている。
一人の女性に執心しているなんて状況は見たことが無かったし、本気で所帯を持とうなんて気はこの先も無いと思っていた。
「探すのはいいが、どこで探すんだ?」
「それは……これから考える」
「あのなぁ、そういうのは、もっと具体的に決まってから話に来いよ」
「いいだろう、別に……」
「まぁ、別に構わんが、何でまた急に嫁探しなんて考えたんだ?」
「というか、ライオスだって考えた方が良いんじゃねぇのか?」
「俺の場合は、考えるだけ無駄だろう」
俺たちトカゲ人は、猫人と同様に特殊な外見をしている。
体格や魔力については他の人種よりも恵まれている場合が多く、特に肉体を使った戦いを得意とする者が多いので、猫人のようにバカにされずに済んでいるだけだ。
友人として、パーティーの仲間として、商売の取引相手としてならば、なんの問題も無いが、恋愛感情を持てるかと問われれば、殆どの者は尻込みするだろう。
他の人種と付き合う者もいるが、トカゲ人同士で所帯を持つのが普通だ。
俺達は、猫人よりも差別されていないようで、ある一線では猫人以上に差別されていると感じている。
なので、セルージョのように気軽に嫁を探すなんて口に出すつもりは無い。
どこかで縁があれば考えるし、縁が無ければ一人で死んでいくだけだ。
「いやいや、考えておいた方が良くねぇか? 俺らの歳になれば、出会いなんて限られてくるだろう」
「そりゃそうだが……」
「出会った時に、決断できる準備をしておいた方が良くねぇか?」
「準備って、何を準備しておくつもりだ?」
「そりゃあ……新居とかか?」
「なんで、そこで不安そうに俺に聞くんだよ」
「これまで所帯を持とうなんて、考えてもいなかったんだから当然だろう」
実際、自分が結婚すると考えてみても、新居ぐらいしか用意するものが思い浮かばなかった。
というか、相手も見つかっていないのに、家だけ買っても虚しいだけだろう。
「だが、セルージョが嫁を探しているなんて知れ渡ったら、金目当ての女が押しかけて来るんじゃないか」
「そいつは否定出来ねぇ。だからこそ、いつかじゃなくて、今から動かないと駄目だろう」
チャリオットのメンバーが金を持っていることは、旧王都では結構知れ渡っている。
ちょっと高級な店でも厄介者扱いされずに済むのは良いが、金を目当てに擦り寄って来る胡乱な連中も少なく無い。
だが、金目当てじゃない女と知り合うには時間が必要だとしても、動いたからといって見つかるものでもないだろう。
「うーん……セルージョの言いたいことも分かるが、どう動くつもりなんだ?」
「それも、これから考える」
「はぁぁ……結局、何も決まってないのかよ」
「何を言ってる、嫁を探すって決めてるじゃないか」
「分かった、分かった、好きにしろ」
結局、セルージョが嫁探しを宣言しただけで、まるで中身の無い話だった。
何を考えて、酒までもって訪ねてきたんだか。
もう用事は済んだろうから、さっさと自分の部屋に帰れ……なんて思っていたら、セルージョがポツリと呟いた。
「て言うか、ちょっとフォークスが羨ましかったんだよ」
「幸せそうな顔してたからな」
「それに、正直に言うと、どこかでフォークスを自分より劣っていると思い込んでいたんだろうな。フォークスが自分よりも先に所帯を持つことがショックだった」
セルージョの言葉にドキリとさせられた。
自分はどうかと考えた時、ニャンゴには一目置いているが、フォークスやミリアムを差別はしていないが、半人前扱いしていたような気がする。
「フォークスが良い奴なのは間違いない。そうだよ、考えてみりゃ、俺なんかよりも真面目でシッカリと先を見据えている。それが分かって、俺は自分が情けなくなった」
「そうだな、確かに俺やセルージョよりも、ちゃんと先を見据えているな」
「だろう? 俺らも生き方を改める時期に来てるんじゃねぇか」
ここで俺らと一括りにされるのは、少々納得がいかないのだが、確かに少しは将来について考える時期に来ているのかもしれない。
「生き方を改めると言っても、どう改めるとか考えてないんだろう?」
「まぁ、そうなんだが、もうちょっとシャンとしようかと思っている」
「また適当だなぁ」
「うっせぇな、これでもマジで考えてるんだぞ」
「そうだな、俺も少しは考えるか」
とは言ったものの、セルージョ同様に具体的に何をするとかはまるで思いつかない。
ただ、このまま発掘品の搬出を見守るだけの生活に飽きて来ているのも確かだ。
俺達が冒険者として一線で活躍できる時間は、毎日確実に減り続けている。
最後にもう一花咲かせる……なんて考えには少し早いかもしれないが、命の危険を感じる現場に戻りたくなってきたな。





