兄貴の決断
旧王都でのチャリオットの拠点は、イブーロの時とよく似た構造の建物だ。
一階にリビングや台所、風呂などがあり、二階に四部屋、それに屋根裏部屋という作りだ。
二階の四部屋は、ライオス、セルージョ、ガド、シューレとミリアムが使い、屋根裏部屋に俺と兄フォークスとレイラが暮らしている。
屋根裏部屋は、他の部屋に比べると天井が低いので、俺と兄貴は平気だが、レイラだと頭がつかえてしまう。
そのせいか、レイラは殆どの時間はリビングで寛ぎ、屋根裏部屋は寝に戻るという感じだ。
夕食と晩酌を済ませ、風呂に入った後で上がってくるのだが、屋根裏部屋に居る時は殆ど何も身に着けていない。
風呂場から上がってくる途中で、ライオス達とすれ違っても、まるで気にする様子も無い。
それが当たり前になってしまっているので、みんなも気にしなくなっている。
「だって、寝るのに邪魔でしょ」
「そりゃそうだけど、もうちょっと恥じらいというか……」
「別に見られたからって減るものでもないでしょ」
「うにゅぅ……」
屋根裏部屋に同居している兄貴も、イブーロの貧民街で暮らした経験があるからか、はたまたシューレに風呂に引き入れられたりしているからか、全く気にする様子は無い。
これって、前世の倫理観とかを引きずっている俺がおかしいのだろうか。
そんな拠点の屋根裏部屋に、いつの間にか同居人が増えている。
タヌキ人のクーナだ。
クーナはダンジョンの新しい地下道の工事現場で働いている時に、兄貴が仕事のやり方を指導した縁で知り合ったそうだ。
旧王都には出稼ぎで来ていて、地下道の工事が行われている間は関係者の寮で暮らしていたらしい。
工事が終わり、寮が閉鎖されてしまい、うちの拠点に転がり込んで来たらしい。
今は、ダンジョンの発掘調査の手伝いをしているそうだ。
屋根裏部屋で暮らし始めた当初は、レイラの裸族生活に驚いていたが、今では慣れてしまっている。
というか、日を追うごとにクーナ自身の恥じらいが薄れてきている気がする。
最初の頃は、俺や兄貴がいる時には着替えたりしなかったが、次第に平気で着替えるようになり、今では下着を着替えるのも気にしなくなっている。
まぁ拠点の中だと、シューレやミリアムも風呂上りに下着一枚でうろついているし、やっぱり気にする俺が間違っているのだろう。
チャリオットのメンバーは、相変わらず搬出作業の見守りを続けているのだが、兄貴はクーナと一緒に発掘作業の手伝いをするようになった。
地下道が完成して、発掘作業が再開された当初は、冒険者が手伝うケースが殆どだったのだが、自由に探索していた頃に比べると実入りが少ないらしい。
現在のダンジョンは、二度の崩落を経験したことで、ギルドの監督下でないと掘り進められないようになっている。
俺がギルドに提供した地図データと、現場で土属性の魔導士が探知した結果を元に、発掘に関わるパーティーを入札で決めているそうだが、どうもハズレの建物が多いようだ。
チャリオットが掘り当てたショッピングモールからの発掘品が膨大で、しかも動作するアーティファクトや貴重な資料が含まれていた事で、莫大な金額になっている。
そうした話を耳にし、期待を膨らませて発掘したものの、事務所として使われていた建物もあり、壊れたパソコンやプリンターらしきアーティファクトの残骸しかないケースが増えているそうだ。
壊れたアーティファクトでも、今は一種のブームでお金になるらしいが、冒険者パーティーが期待するほどの金額にはならないようだ。
それに、最下層の地下道につながっていた旧区画と違い、こちらの区画には危険な魔物が存在していない。
下水管などを通って、ヨロイムカデやフキヤグモなどが入り込んでいるケースはあるそうだが、規模の小さな建物では食料に事欠くためか大きな個体は居ないらしい。
こうなると、本当に害虫駆除レベルなので、冒険者の手を借りなくても、研究者でも対応できてしまう。
その結果、腕の良い冒険者はダンジョンから去り、発掘品が増えて取引が活発になった地上での護衛依頼などに活躍の場を移しているそうだ。
そして、発掘現場では、兄貴やクーナのように戦闘力は無いが、掘削作業を行える土属性の持ち主が必要とされているそうだ。
特に小さい建物は、お金にならないだろうと冒険者からは敬遠されていて、調査をしたい研究者にとっては発掘ができる土属性の人は喉から手が出るほど欲しいようだ。
ただ、地下道の完成によって、集まっていた土属性の魔法を使える人間は、既に別の現場を求めて移動してしまったらしく、人手が不足しているらしい。
ただ、現場はギルドが監督しているので、手抜きは許されないし、色々と制約も厳しいらしい。
そのため、腕の良い職人は割の良い別の現場に行ってしまうそうだ。
「俺やクーナぐらいの腕前だと、仕上がりの基準も教えてくれるし、指導もしてくれるから逆に有難いんだけど、ベテランだと鬱陶しいって感じるみたいだ」
発掘現場で働くようになってから、兄貴は活き活きとしているように見える。
チャリオットのみんなと同じタイミングで仕事を終える時もあれば、先に上がって拠点で待っていることもある。
土を掘り、壁や天井を固める仕事だから、当然全身が土埃まみれになる。
いつの頃からか、兄貴とクーナは一緒に風呂に入るようになった。
「もう全身に土埃が入り込むから、背中とかも凄いんだよ。自分で洗うよりも綺麗になるからな」
まぁ、その通りなんだけど、兄貴はクーナを特に意識しているようには見えなかった。
夜も一緒のお布団で眠っているけど、男女がイチャイチャするような雰囲気は感じられなかった。
それだけに、全員が集まった夕食の席で、兄貴がライオスにチャリオットを抜けたいと切り出した時には驚いてしまった。
「フォークス、理由を聞かせてもらってもいいか?」
「えっと……クーナと一緒になろうと思っている」
「そうか、結婚するのか、おめでとう」
「あ、ありがとう……」
兄貴とクーナは、視線を交わして嬉しそうに微笑んだ。
それまで感じられなかったけど、この時になって二人は思いあっているのだと初めて感じた。
「それで、結婚するのは分かったが、どうしてチャリオットを抜けたいんだ?」
「えっ、だって誰も結婚していないから……」
「う、うん……それは、まぁ、相手に巡り合わなかったからというか……」
兄貴、そこは指摘しちゃ駄目なところだと思うぞ。
「じゃあ、結婚してもチャリオットに居ていいのか?」
「それは構わないぞ」
「俺たち、これから発掘の手伝いを主にやっていきたいんだけど」
「それも構わない。あぁ、でも新婚なのにニャンゴたちと同じ屋根裏部屋じゃあ……」
「私たちが代わるわ。私とミリアムが屋根裏部屋に移れば問題無い……」
「いいのか?」
「問題無い」
という訳で、独身じゃないと駄目だと勘違いした兄貴が、チャリオットを脱退する話は無しになり、シューレたちと部屋を代わって新婚生活を始める事になった。
チャリオットとしても、運び出しの作業が終われば、違う依頼も受けたいと思っているし、護衛などで遠征が続く時に拠点の留守を守ってくれる存在が居るのは有難いのだ。
こうして、兄貴はクーナと結婚して、新婚生活を始めたのだが……。
「もうちょっと、恥じらいというものを……」
「見られても減らないわよ」
「減らない……」
「見なきゃいいでしょ」
屋根裏部屋に暮らす裸族の女性が三人になったのは、良かったんだか、悪かったんだか……。





