候補生たちの成長(前編)
たまたま、偶然なのだろうけど、これだけタイミングが良いと縁のようなものを感じる。
バルナルベスの公開処刑が終わり、王族のストレス解消オモチャにされた翌日、俺は騎士訓練所を訪ねた。
門の脇にある受付に声を掛けようとしていたら、敷地の奥から歩いて来る四人組が目に入った。
騎士訓練生の制服をビシっと着こなし、なにやら語らい合いながら歩いて来る姿は、まるでハリウッド映画のワンシーンのようだ。
四人それぞれの個性を持ちながら、一つのチームとして活動し続けてきた繋がりのようなものを感じる。
あぁ、気付かれてしまった。
折角、恰好良い姿を眺めていたんだから、そんなにブンブン手を振り回しながら駆け寄って来るんじゃないよ。
「ニャンゴ、ニャンゴ、やっぱりバルドゥーイン殿下の後ろに居たのはニャンゴだったんだ」
「王族の近くにいる猫人なんて、俺以外に居るか?」
「それもそうか……それで、ニャンゴはここで何をしてるの?」
「昨日、オラシオ達は刑場の警備をして、今日は休みなんだろう? そろそろ約束を果たしてもらおうかと思ってな」
「約束……?」
「王都の美味い店を案内してくれるんじゃないのか?」
「あっ、そうだった……でも、それなら丁度良かった。今日はみんなで食べ歩きするつもりだったからね」
ブンブンと両手を振り回して、子供っぽく駆け寄ってきたけれど、話をしているオラシオの表情からは幼さが抜け、精悍さが増している。
「ご無沙汰してます、エルメール卿」
「久しぶり、ザカリアス、昨日はお疲れ様」
「俺……いや、私達は仕事ですからね。それよりも、あのデカイ火球を空に撥ね上げたのはエルメール卿なんですよね?」
「うん、ギリギリだけど間に合って良かったよ」
オラシオと同室のザカリアスは、最初に会った頃は野生味溢れるの武闘家という感じだったが、洗練されて風格のようなものを感じるようになった。
「お久しぶりです、エルメール卿も今日はお休みですか?」
「そうだよ、ルベーロ。食べ歩きに行くんだって? 俺も混ぜてよ」
「もちろん、大歓迎です。今日は、それぞれが聞き込んできた店を紹介し合うんですよ」
「へぇ、それじゃあ四軒回るつもり?」
「時間に余裕があれば、もう一周するかもしれません」
「なるほど……」
情報通のルベーロは、初めて会った頃は落ち着きが無い奴だと感じたが、今は一本芯が通っているみたいに感じる。
相変わらず、視線は良く動いているみたいだけど、落ち着きが無いというよりも、常に警戒を怠らないという感じに見える。
「おはようございます、エルメール卿」
「おはよう、トーレ。相変わらず、みんなのブレーキ役?」
「ははっ、こいつらが本気で走り出したら私じゃ止められませんよ」
「そうなの?」
「ええ、なので、全員を追い越して先頭を走るようにしてます」
四人の中で一番俊敏なトーレは、寡黙で他の者の陰に隠れているタイプだった。
今も話すのは得意そうではないが、以前よりも積極的に受け答えするようになったみたいだ。
「ここで話していても時間が勿体ないから、そろそろ出発しよう。最初は誰が紹介する店なの?」
「あっ、俺……いや、私です」
「ザカリアス、今日は休みだから、いつもの調子でいいよ」
「そうですか、助かります。それじゃあ、最初は俺のお薦めのパン屋に行きますよ」
「あれっ、もしかして四人とも朝食は食べてないの?」
「とんでもない、俺達が朝食を抜いて、こんなに落ち着いていると思いますか?」
「それもそうか」
騎士訓練生は体が資本だ。
オラシオ達は、五年の訓練期間のうち三年を終えているので、体作りの期間は終えているそうだが、それでも食べる量は常人と比べてはいけないようだ。
「まぁ、パンなんてデザートみたいなものですよ」
「そっか……」
それでも、さすがに朝食を食べたばかりだから、訓練所から一番遠くにある店からスタートして、食べ歩きをしながら戻ってくるらしい。
ザカリアスお薦めの店へと歩き出すと、すかさずルベーロが近付いてきた。
「エルメール卿、もし御存じで話しても構わないのであれば教えていただきたいのですが、昨日の火球を放ったのはバルドゥーイン殿下の近衛騎士なんですか?」
「違うよ、バルドゥーイン殿下の近衛騎士ではない」
「では、どなたの近衛騎士……」
そこまで言いかけてルベーロは口を噤んだ。
あの場にいた王族は、バルドゥーイン殿下とエデュアール殿下の二人だけ。
バルドゥーイン殿下の近衛騎士でないとすれば、消去式に答えが出てしまう。
「あぁ、失敗したかなぁ、特に口止めはされていないけど、あんまり王族に絡むことは話さない方が良いかもね」
「やはり、王位継承絡みなんですか?」
「俺も詳しくは知らないけど、色々あるみたいだよ」
「そうなんですか?」
「でも、昨晩夕食をご一緒したけど、国王陛下はまだまだお元気だし、今すぐどうこうする必要は無いんじゃないかな」
現在の国王陛下が老齢だったり、危篤状態に陥っているなんて状況だったら急がないといけないのだろうけど、じれったくはあるが見極める時間はまだ残されている。
「えっ、ニャンゴ、国王陛下と食事したの?」
「あぁ、国王陛下、バルドゥーイン殿下、ファビアン殿下、エルメリーヌ姫と俺って感じ」
「ニャンゴ、それって……」
「オラシオ、めったなことは口にするなよ。俺はしがない名誉子爵なんだからな」
今でさえ、一部の貴族からの風当たりは強い。
好意的に接してくれる貴族がいる一方で、ホフデン男爵のように劣等種と呼ぶ者もいるようだ。
エルメリーヌ姫との結婚なんて、歌劇の題材には持って来いかもしれないが、現実的ではない。
ただ、シュレンドル王家が俺を有用だと考えてくれている事については、素直に嬉しいと感じている。
「そういえば、エルメール卿、訓練所の一回生に空属性の者がいるようですよ」
「えっ、そうなの?」
「俺たち四回生とでは接点が無いので、噂話しか聞いていませんが、ガゼル人の女子だそうです」
「へぇ……」
トーレの話では、これまでならば空属性というだけで馬鹿にされ、騎士団にスカウトされるなんてことは絶対に起こらなかったそうだ。
だが、空属性の俺が活躍したことで、最近は魔力値を測り、その結果次第で声が掛かるようになったらしい。
「ただ、指導する教官も、どう教えて良いのか分からないらしくて、色々と苦労しているようです」
「やっぱりか……空属性魔法は、ただ空気を固めるだけでは駄目で、大量の空気をギュっと押し固めないと強度が上がらないんだよね」
「そうなんですか?」
「うん、もし何か聞かれることがあったら、どれだけ圧縮できるか、どれだけ固さ、柔らかさを自在に実現できるかが最初の課題だって教えてあげて」
「分かりました、教官に伝えておきます」
「そっか、空属性の子がいるのか」
自分の活躍のおかげで、これまでだったら注目されるどころか馬鹿にされていた子が、正当に評価されるチャンスを得られたのだとしたら、ちょっと誇らしい。
代わる代わる俺と話をしながら歩いているが、オラシオ達は街の人達とも気さくに挨拶や言葉を交わしている。
初めて会った頃は、俺に街へ引っ張り出されて、キョロキョロと落ち着かない様子だったのに、今はもう王都に馴染み、王都を守る立場になりつつあるのだと感じる。
当たり前なのだが、少し見ない間にどんどん成長しているのだ。
それに比べて俺は、あちこちで便利に使われている感じで、あんまり成長していない気がする。
俺も少し意識を変えて、成長していかないと駄目なのだろう。
「さぁ、ここが俺のお薦めのパン屋だ」
ザカリアスに連れて行かれたのは、王都の西、第三街区にある小さなパン屋だった。
「ここのレーズンバタートップは絶品だぜ」
「ザカリアス、これでみんなの分を買ってきてよ」
「いや、エルメール卿、俺らの分は自分達で払いますから……」
「いやいや、ここは恰好つけさせてよ」
「そうですか、それでお言葉に甘えて……」
日本のパン屋と違い、大きなガラス窓がある訳ではないので、パンの形とかは分からないけど、香ばしくて美味しそうな匂いが漂っている。
「さぁ、どうぞ、エルメール卿」
「えっ……」
「ザカリアス、こっちもくれ!」
「うわっ、美味しそう」
「いい香りだな」
オラシオたちは当たり前のように受け取って食べ始めているが、ザカリアスが買って来たレーズンバタートップなるパンは、食パン一斤サイズなのだ。
まぁ、四人にとっては、これがデザートサイズなのだろう。
「うみゃ! なにこれ、バターの風味たっぷりで、外はパリパリ、中ふんわりで、レーズンの甘酸っぱさがアクセントになって、うんみゃ!」
「どうです、美味いでしょう」
「うん、うん、これはうみゃい!」
でも、これ全部食べちゃったら、もう何も食べられなくなっちゃうよにゃぁ……。
三分の一を食べたところで、残りはオラシオに食べてもらった。





