王族兄弟の対決
バルナルベスの公開処刑が終わり、王城に戻ればお役御免だと思っていたのだが……。
「ニャンゴ、同席してくれ」
「かしこまりました」
バルドゥーイン殿下から、そう頼まれてしまっては、嫌ですとは言えないだろう。
オタぼっちな高校生だった前世では、仕事上の付き合いを強制されるサラリーマンは大変だと思っていたが、まさか異世界に転生して自分が同じような状況を味わうとは思ってもいなかった。
バルドゥーイン殿下とエデュアール殿下の話し合いの場は、城の内部で行われるかと思ったのだが、意外にも騎士団の施設で行われることになった。
騎士団の食堂の奥まった場所にある一室は、以前バルドゥーイン殿下に連れていかれた部屋よりも少しひろい部屋だが、目的は同じのようだ。
出席者は、バルドゥーイン殿下、エデュアール殿下、騎士団長、バルドゥーイン殿下とエデュアール殿下の近衛騎士、それに俺の六人だ。
バルドゥーイン殿下の近衛騎士は、グラースト侯爵の摘発に同行した熊人の騎士ルーゴで、エデュアール殿下の近衛騎士は、今日の公開処刑で火属性の魔法を使った騎士だ。
六人掛けのテーブルに三人ずつ分かれて座ることになったのだが、それぞれの中央にバルドゥーイン殿下とエデュアール殿下がすわり、それぞれの左側に近衛騎士が座った。
バルドゥーイン殿下の右側に俺、エデュアール殿下の右側には騎士団長が座る。
エデュアール殿下の近衛騎士である狼人は、どこかで見たような気がしていたが、テーブルをはさんで向かい合った所で思い出した。
俺がエデュアール殿下に呼び出されて、眠り薬を盛られた時に、退出間際に絡んでこようとした奴だ。
全員がテーブルについたところで、お茶とサンドイッチが運ばれて来た。
「まずは腹ごしらえをしよう」
バルドゥーイン殿下に勧められ、遠慮なくサンドイッチを手に取ったのだが、パンはしっとりフカフカで、具材も厳選されていて、めちゃくちゃ美味しい。
美味しいけれど、さすがにうみゃうみゃ言ってる場合ではないよね。
サンドイッチを堪能して、ゆっくりとお茶を味わった後は、お昼寝タイム……ではなくて、睡魔との闘いの始まりだ。
「さて、エデュアール、先程のことについて説明してくれるのだな」
「勿論です、兄上」
「では、率直に聞こう。なぜ、バルナルベスに魔法を撃ち込ませた。改心させたのではなかったのか?」
「改心はさせましたが、処刑が近づくほどに動揺していると報告があったからです」
エデュアール殿下が言うには、王都までの護送を終えた後、バルナルベスは説得によって改心したそうだ。
自分の行い、考えが至らなかったことに気付き、罪を悔いて、処刑を受け入れると話していたらしい。
「ですが、やはり処刑の日が近づくにつれて、今生への未練が高まっていったようです」
「未練とは?」
「バルナルベスは、まだ妻帯しておりませんでした。婚約者はいたそうですが、あまり反りが合わなかったようで、近頃は疎遠になっていたそうです」
「死ぬ前に婚姻を遂げておきたかったのか?」
「そのようですが、バルナルベスの場合は家督を異母兄と争っておりましたので、妻帯して正式な後継者として認められたかったのでしょう」
「なるほど、妻帯すれば自分が家督を継げるかもしれないと思っていたのだな」
実際問題、今更妻帯したところで、そもそもホフデン男爵家の取り潰しは動かない。
それでも、貴族の家に生まれたバルナルベスとしては、家を継いだという事実が欲しかったのかもしれない。
「それで、エデュアールは何か手を打っておいたのか?」
「面談をして、決心が揺らがないように諭しておりましたが、牢獄に一人でつながれているという環境が良くなかったのかもしれません」
一人きりで牢獄にいると悪魔が囁きかけてくると、バルナルベスは言っていたそうだ。
俺には嘘か本当か判断できないが、死刑が決定して、その執行日が近づいてくれば、精神的に追い詰められたとしてもおかしくはないだろう。
「それで、バルナルベスが余計なことを口にしそうになったら、口封じができるように備えていたのか?」
「そうです。元々あの場では、バルナルベスは反省しか口にしない予定でしたので、錯乱して王家に対する批判を展開するようならば、慈悲をもって命を断てと命じました」
全く、物は言いようだ。
俺はバルナルベス本人ではないから分からないが、あの時、口にしようとしていた言葉は王家に対する批判ではなく、エデュアールに対する批判だったような気がする。
ただ、エデュアールに対する批判であったとしても、それが民衆の耳に入るのは好ましくないのも事実だ。
だからこそ、バルドゥーイン殿下も強く出られないのだろう。
「バルナルベスに魔法を撃ち込んだ理由については分かったが、あの魔法の威力はどうなのだ。エルメール卿が防いでいなかったら、多くの観衆が巻き添えになっていたぞ」
「それにつきましては、近衛が未熟であったのは確かです。私の方からもお詫び申し上げます」
「そうか、ならば近衛の任を解け」
「はっ? いや、ですが……」
「シュレンドル王国の王族を守る近衛騎士に、あのような事態を引き起こす未熟者は不要だ」
「兄上……」
「それとも、観客など巻き込んでも構わないから、確実に息の根を止めろ……とでも命じていたと言うつもりか?」
それまで、淡々と話を進めてきたバルドゥーイン殿下だったが、まるで氷の刃でも突きつけるように語気を強めた。
この時になって気付いたが、アンブリス騎士団長と俺が同席しているのは、証人としての役割を担わせるためなのだろう。
「どうなのだ、エデュアール」
「そ、それは……」
部屋の中は涼しくて心地良いと感じる温度だが、エデュアール殿下の額には大粒の汗が滲んでいる。
「エデュアール殿下からは、観衆に十分配慮するように申しつけられておりました。全ては私の不徳といたすところでございます」
「ヴァーリン!」
狼人の近衛騎士が、返答に詰まったエデュアール殿下の横から言ってのけたが、その言葉は真実ではないようだ。
「エデュアール様、今日までお世話になりました。今この時をもって近衛の任を解いて下さい」
「ヴァーリン……兄上、本当は……」
「いけません、エデュアール様。王族の言葉には責任がございます。軽率な言葉お控え下さい」
「ヴァーリン……」
茶番劇のようにも見えなくはないが、ヴァーリンにとってエデュアール殿下は良き主だったのかもしれない。
「よ、よかろう……貴様の近衛としての任を解く、荷物をまとめて立ち去れ」
「はっ、お世話になりました」
ヴァーリンは席を立つと、居合わせた俺たちにも頭を下げた後、もう一度深々とエデュアール殿下に頭を下げてから部屋を出て行った。
ヴァーリンが出て行った扉を暫し見つめた後で振り返ったエデュアール殿下は、恨みとも憎しみとも取れる視線をバルドゥーイン殿下へ向けた。
「これで満足ですか、兄上!」
「エデュアール、我を恨むのならば筋違いだぞ。ヴァーリンを手放さざるを得なくなったのは、そなたの軽率さが原因だ」
「分かっております……」
「いいや、分かっていないな」
「これ以上、何を分かっていないと言うのです!」
「バルナルベスを唆した者がいる」
「何、ですと……誰なんですか!」
エデュアール殿下はテーブルを両手で叩いて腰を浮かせた。
「落ち着け……唆したと言っても、なんの証拠も無い」
「証拠が無いのに、なぜそのような者がいると言えるのです」
「では、エデュアールはバルナルベスの心変わりに納得しているのか?」
「それは……確かに納得いかないところはございます」
「そうであろう、そうならないように言葉を尽くしていたのだろうからな」
一時の興奮が去ったのか、エデュアール殿下は神妙な顔付きで頷いてみせた。
「証拠が無いから誰とは名指しは出来ぬが、ありきたりな言葉を用いて、バルナルベスの心に死の恐怖を植え付け、騙されたと思わせた者がいる」
「だから、誰なのです」
「名指しはしない。名指しはしないが、そのように巧妙な手段を用いて、王家や王族の足を引っ張ろうとする者がいることを忘れるな。目先の些事に囚われて、大局を見失うな」
「分かりました」
「それから、ヴァーリンには裏から手を回しておけ」
「えっ?」
「ただし、巧妙に姿を隠している奴に気取られるようなヘマはするな。いいな」
「はい、肝に銘じておきます」
王族の兄弟喧嘩に付き合わされるのかと思いきや、もっとドロドロした沼に引き込まれてしまった感じがする。
これは、サンドイッチ程度じゃ割に合わないよ。





