刑場警備 - 後編(オラシオ)
※ 今回もオラシオ目線の話になります。
いよいよ、バルナルベス・ホフデンが処刑される当日となった。
刑場の周囲は、刑の執行を見届ける王族と罪人が通るための道を除いて、ほぼ黒山の人で埋め尽くされている。
いったい、どれほどの人間が集まっているのか分からないが、何千人ではきかないのかもしれない。
ただ、それだけの人が集まっているにしては、辺りは静かだ。
刑場の周囲は八つの区画に分けられていて、その間には王国騎士が配置されている。
ピカピカに磨かれた金属鎧を身に付け、艶やかな毛並みの馬に跨った姿は、シュレンドル王国の正義を象徴しているかのようだ。
刑場の周囲に観衆が入れられる時点で、騎士達が目を光らせ、むやみに騒いでいる者は容赦なく退場させられた。
この不届き者達を退場させるのが、僕ら騎士訓練生の仕事だ。
王家の紋章が入った黒革の鎧は、王国騎士見習いのためのもので、観衆からすれば選ばれし存在でもある。
そうした怖い存在が目を光らせているからか、抓み出されるような人物は殆ど居ない。
酒に酔って騒いでいた集団がいたが、王国騎士に抜き身の槍で指し示され、屈強な騎士訓練生に取り囲まれると、借りて来た猫のように大人しくなった。
「ルベーロ、この調子だったら大きな騒ぎとかは起きそうもないね」
「オラシオ、その考えは甘いぞ」
「えっ、だってこんな数の騎士が目を光らせているんだよ」
「まぁ、今は大人しい。それは間違いないが、実際に罪人が引き出され、処刑が始まるとなれば、みんな興奮するはずだぞ」
「そうか、まだ何も始まっていないんだよね」
そしてルベーロが言った通り、処刑の時間が近付いてくると、観衆のざわめきが大きくなってきた。
そして、王家の紋章が入った魔導車と、一台馬車が近付いて来ると、ざわめきは更に大きくなった。
「来たぞ!」
「王族が立ち会うのか?」
「どなたが来られたんだ?」
「おい、邪魔だ! そこに立ったら見えないだろう!」
一般の民衆が王族の姿を目にする機会なんて、滅多にあるものではないので、誰しもが一目でもよいから眺めたいと背伸びして体を揺らし始めた。
すると、後ろの人間は前の人の頭が邪魔になり、あちこちで小競り合いが始まった。
ピーピピピピーッ!
揉め事を見つける度に、鋭く笛を鳴らして駆けつけ、暴れている者は容赦なく排除した。
騒ぎを収めながら刑場へと目を向けると、魔導車から降りて来たのは堂々とした体格の白虎人だった。
バルドゥーイン殿下は、王家の紋章が入った鎧の胸当ては身に付けているが、襲撃を恐れているような感じは全くしない。
王族がこんな場所に姿を見せるならば、大きな盾を構えた近衛騎士に囲まれているのが普通のはずだが、バルドゥーイン殿下の周囲には盾を構えた騎士の姿は無い。
夕食会の時に、僕らにも気さくに話し掛けてくれたが、こんな豪胆な人だとは思えなかった。
そして、バルドゥーイン殿下の他にもう一人王族らしい人物が魔導車から降りてきた。
バルドゥーイン殿下よりも年下のようで、体格も一回り小さい獅子人だ。
最後に、馬車から一人の男が引き出された。
黒っぽいズボンに白いシャツという出で立ちで、両手を縛られていて、遠目で見ても震えているのが分かった。
彼がバルナルベス・ホフデンなのだろう。
「殺せぇ! 王家に逆らった大罪人を殺せぇ!」
「民衆の敵に死を!」
「殺せ! 殺せ! 殺せ!」
バルナルベスが姿を現したことで、一気に民衆が騒ぎ始めた。
騎士や騎士見習いが笛を吹いて、騒がないように指示を出しても騒ぎは大きくなるばかりだ。
「静まれ!」
突然、刑場に響き渡った大音声に、集まった観衆は息を呑むようにして黙り込んだ。
声の主は、刑場を見下ろす壇上のバルドゥーイン殿下の傍らに立つアンブリス・エスカランテ騎士団長だった。
「これより刑を執行するが、それを妨げる者は厳しく罰する。心して見守るように」
観衆に対して釘を刺した騎士団長は、バルドゥーイン殿下に場を譲って脇へと下がった。
「王家に背きしバルナルベス・ホフデンを火刑に処す!」
バルドゥーイン殿下の声は、騎士団長に負けず劣らず、刑場中に響き渡った。
刑場の中央には一本の太い鉄の棒が立てられていて、そこへ罪人が拘束されるのだが、バルナルベスは足を踏ん張り、最後の抵抗を試みた。
だが、屈強な騎士に両脇から抱え上げられ、抵抗虚しく運ばれて、鎖によって繋がれてしまった。
拘束が終わると同時に、バルナルベスの足元には大量の薪が積み上げられていく。
「い、嫌だぁ、死にたくない! 死にたくない!」
バルナルベスが喚き散らすと、バルドゥーイン殿下の隣に立つ王族は顔をしかめてみせた。
「執行!」
バルドゥーイン殿下の合図によって、騎士が火属性の魔法で薪に火を点ける。
太い薪の間に詰め込まれた細い枝に火が点き、炎は徐々に勢いを増していく。
「嫌だぁ、助けてぇ、俺は何も悪くない、熱い、熱い、助けてぇ!」
バルナルベスが悲鳴を上げると、観衆から嘲笑が沸き起こり、怒号が飛んだ。
「ざまぁみろ、強欲貴族め」
「苦しめ、もっと苦しめ!」
「お前が殺した民の苦しみを思い知れ!」
ホフデン男爵領では、重税は課せられていたが餓死者を出すほどの飢饉は起きていないと聞いている。
だが、民衆に伝わっている噂話では、重税のせいで多くの人が飢えて死んだ事になっているらしい。
「嫌だぁ、俺は悪くない! 俺は騙されただけで、何も悪くない!」
足元から火に焼かれながら、バルナルベスは喚き続けている。
「俺は何も悪くない! 悪いのは、そこにいる……うぎゃぁぁぁ!」
バルナルベスが誰かを名指ししようとした瞬間、王族が立つ壇の下に控えていた騎士が、巨大な火球を叩き付けた。
唸りを上げて飛んだ巨大な火球はバルナルベスの全身を飲み込み、そのままの勢いで観衆に向かって飛んでいった。
このままでは、大勢の観衆が炎に呑まれてしまうと思ったのだが、火球は観衆の直前で見えない壁にでもぶつかったように上方へと逸れていった。
それでも刑場の周囲には、髪が焦げるかと思うほどの熱風が吹き抜け、観衆からは悲鳴が上がった。
突然の事態に、観衆は火炙りを見物するよりも、自分の身を守ることを優先した。
頭を抱えて座り込んだり、自分の体を盾にして愛する者を熱風から守ろうとした。
熱風が吹き抜けたのは一瞬だったが、観衆が本来の目的を思い出した頃には、バルナルベスは全身を焼かれ、物言わぬ骸となっていた。
王族の立つ壇の下では、騎士同士がなにやら口論となっているようだったが、王族の一言で収まったようだ。
バルドゥーイン殿下と、もう一人の王族は何やら言葉を交わしているようだが、僕の位置からでは遠すぎて何を話しているのか全く聞き取れない。
ただ、バルドゥーイン殿下の後ろに、赤い革鎧を身に付けた猫人が控えているのが見えた。
先程の火球が逸れたのは、あの猫人の仕業なのだろう。
話を終えたバルドゥーイン殿下ともう一人の王族は、バルナルベスが完全に沈黙したのを見て取ると、壇を降りて魔導車へと戻って行った。
そして、王族二人が壇から降りると、集まった観衆の中からも見物を終えて帰ろうとする者達が現れた。
おそらく、多くの観衆が望む展開にはならなかったが、罪人であるバルナルベスにとっては酷く苦しまずに死ねたから、良かったのかもしれない。