刑場警備 - 中編(オラシオ)
※今回もオラシオ目線の話になります。
処刑場を第三街区の外に作るのは、何か起こった時でも王都の中まで被害を及ぼさないためだ。
そのため、処刑場は王都の南門と東門の中間あたりに設置される。
警備の計画は、基本的に王国騎士団が主導するが、その計画で問題が無いか確認するのも僕らの仕事となる。
午前中の訓練を終え、昼食を済ませた後、僕らは処刑場へ下見に向かった。
新王都の第三街区は高い城壁に囲まれていて、塀の外側には水堀があり、その外周には道が作られている。
王都へは五つの街道が通っているが、王都の中へは入らずに通り抜けていく人は、この外周の道を使って迂回していく。
外周の道の外側にも、ビッシリと建物が並んでいる。
道に沿ったあたりは比較的綺麗な建物が多いが、道から離れると徐々に建物は汚いというか、掘っ立て小屋のようになっていく。
この辺りは『都外』とよばれている地域で、住民たちは王都の住人としては認められていない。
人頭税を納めなくて良い代わりに、普通の街の住人のような公益を受けられない。
たとえば、魔法を使えるように封印を解除する『巣立ちの儀』も、今年までは普通には受けられなかった。
下水の施設も無いし、犯罪が起こったとしても官憲に頼ることも出来ない。
人でありながら、人として扱われていないのだ。
「なんか、ここらに来るのも久しぶりだな」
「そうだね」
ザカリアスの言う通り、都外まで足を運ぶのは久しぶりだ。
平日は、朝から晩まで訓練漬けで、訓練所の敷地から出ることも稀だ。
休日は王都の地理を覚えるために、あちこち歩き回ったり、自主訓練をしたり、試験のための勉強をしたりで、都外まで足を運ぶことはない。
「そういえば、下水の話ってどうなったんだ?」
「それなら、工事が始まっているそうだよ」
ザカリアスの言う下水の話とは、『巣立ちの儀』の時に都外に怪しい人が居ないか聞き込みを行った時に、住民から一番多く要望されたのが下水の設置だったのだ。
ルベーロが言うには、下水設置のための工事が一部始められているそうで、それは都外の外側に新たな城壁を築く工事の布石とも言われているそうだ。
つまり、新たに都外を第四街区として王都を広げるらしい。
「いよいよ動き出すのか」
「ザカリアス、たしかに動き出しているけど、城壁が出来るまでには相当な時間が掛かるぞ」
「そんな事は分かってる。ただ、この辺りも正式に王都になるなら、俺達が守る場所になるってことだろう?」
「まぁね」
「ううん、ザカリアスもルベーロも間違ってるよ。僕らは王国騎士になるんだから、全ての国民を守らないといけないんだから、今でも、ここは僕らが守る場所だよ」
都外の住民は、王都の住民ではないけれど、シュレンドル王国の国民であることに間違いはない。
だとすれば、ここの人たちも僕らが守るべき存在だ。
「おっと、いけねぇいけねぇ、オラシオの言う通りだ」
「そうだな、俺達は特権意識なんて持ったら駄目だな」
僕らは騎士訓練所を無事に卒業できれば、正式に王国騎士になれる。
それは、同時に王国貴族としての地位を手に入れることにもなるのだ。
元々、騎士訓練所には少なからぬ数の貴族の子供が入所してくる。
そうした人たちの中には、自分達は貴族で、お前らとは違うんだ……といった特権意識を持っている者もいる。
ただし、訓練所は純粋な実力主義なので、貴族の子供であろうと、出来の悪い者は教官に殴られたり蹴られたりもする。
そうして意識を変えさせていくのだが、卒業が近付いてくると、自分は貴族になるのだと、平民出身者の中からも特権意識を持つ者が現れるらしい。
僕らは卒業まで一年以上の期間を残しているが、騎士訓練所の五年の課程から見れば、既に半分以上を消化し終えている。
なので、僕らも特権意識を持たないように気を付けなければならないのだ。
「おっ、あそこじゃないのか?」
ザカリアスが指差す先、都外の更に端の広い空き地で、訓練所の後輩たちが処刑場の設営を行っている。
ただの草地の草を刈って処刑を行う場所を作り、それを囲むように防護柵の設置も始まっていた。
「どう思う、ザカリアス」
「結構広いが、石を投げても届かないと思うほど広くはないな」
罪人は、王都の中心部を眺めるように縛り付けられるそうだ。
処刑が行われている最中に、邪魔する者が乱入できないように、柵で囲まれるのだが、確かに石を投げれば届きそうに感じる。
「届かないと思わせるには、相当広い場所じゃないといけないけど、これ以上会場を広げるのは難しそうだな」
ルベーロが言う通り、これ以上会場を広げるには、家というか小屋を取り壊さないといけなくなりそうだ。
「会場を広げるのが無理だったら、投げる石を片付けちゃう?」
「オラシオ、そいつは無理だろう。この広さだぜ」
「でもさ、柵の中は考えなくても良くない?」
「なるほど、確かに柵の内側には、普通の人は入れないから考えなくても良いか……だとしても、柵の外側はかなり広いぞ」
多くの見物人を集めるために、広いスペースが作られていて、今はまだ草を刈っただけの剥き出しの地面で、あちこちに石ころが転がっている。
会場設営を行っている後輩たちは、自分の仕事で手一杯という状況で、そこに石を拾い集めてくれとは言い出せそうもない。
「仕方ない、俺らの学年を集めて、一斉に石拾いといくか?」
「でも、協力してくれるかな?」
「そこが問題か……」
僕ら四人は、『巣立ちの儀』の警備で功績を上げたご褒美として、夕食をご馳走になった。
その席には、騎士団長やニャンゴだけでなく、三人もの王族が出席していたという噂が流れ、僕らに対抗意識を燃やす者や、嫉んだりする者も少なくない。
つまり僕らが協力を頼んでも、断られるケースが増えているのだ。
「いくら、俺が土属性の魔法を使えるとしても、この広さを一人でやるのは無理だぜ」
「刑場を広げるのも無理、石拾いも無理……って、どうする?」
みんなで良い方法が無いか考えていると、声を掛けて来た人がいた。
「お兄さんたち、今度は何を悩んでるんだい?」
声を掛けて来たのは、都外で『巣立ちの儀』を行うために、希望者を募っていた時に、机や椅子を貸してくれた女性だった。
「あの時は色々とお世話になりました」
「何言ってんだい。世話になったのはこっちの方さ。お兄さんたちのおかげで、ここいら辺の子供は儀式を受けられたんだからね。下水の工事も始まるそうだし、いくら感謝しても足りないくらいさ。それで、何を悩んでいるんだい?」
「実は……」
僕の話を途中からルベーロが引き継いで説明すると、恰幅の良い女性は、二度、三度と頷きながら聞いていた。
「なるほどね、だったら、あたしらが手を貸すよ。任せておきな!」
ワイン樽みたいに恰幅の良い女性は、どんと胸を叩くと、僕らにちょっと待っていてくれと言い残して建物の方へと歩いていきました。
そして、十分ほどすると、ゾロゾロ、ゾロゾロと、都外の住民が集まってきた。
ざっと数えてみただけで、百人以上はいるだろう。
「さぁ、指示を出しておくれ。これだけの人数がいればすぐに終わるさ」
「おぅ、俺たちでも役に立つなら、何だってやるぞ」
集まってくれた人たちにルベーロが指示を出し、処刑場近くの石拾いを行った。
僕らだけでは、とても出来そうもない範囲の石が、みるみるうちに集められた。
「ありがとうございました」
「この程度の事、お安い御用だよ。また、何か困った事があった声を掛けておくれ」
石拾いを手伝ってくれた人たちは、お礼に頭を下げる僕らに笑顔で手を振って帰っていった。