刑場警備 - 前編(オラシオ)
「どぅ……どぅ……よーし、いい子だ」
馬房の前で手綱を引くと、ラオは素直に足を止めた。
相棒になった当初、僕の指示なんか丸っきり無視していたラオだけど、今では素直に従ってくれている。
ラオが僕の指示に従うようになった切っ掛けは、ある日の訓練中にラオが僕の指示を無視して暴走したせいで、ルベーロが落馬してしまったのだ。
その時は、あまり速度を出していなかったから、ルベーロは軽い打ち身で済んだけど、走る馬からの落下は命に関わる。
それまでは、ラオに遠慮して強く当たれなかったけど、親友のルベーロを危険に晒したのを見て、僕は本気で怒ってしまった。
鞭など使わず、自分の拳で殴り付けると、ラオも棹立ちになって前足を振り上げ、後ろ足を蹴り上げて向かってきた。
人と馬、一対一の対決は、僕が地面に押さえつけ、ラオが悲鳴を上げて許しを請うて決着した。
その時の僕が余程怖かったのか、それ以来ラオは僕に決して逆らわなくなった。
馬房の寝藁を変えたり、ブラッシングしてやったりする時も、それまでだったら僕を見下すような態度だったが、今では僕の動きを見守り、邪魔しないように考えて行動するようになった。
馬は一度相手が自分よりも上の存在だと認めると、従順で頭の良い動物だと教官から聞かされていたが、これほどまでに変わるのかと驚いたものだ。
「ラオ、きょうもお疲れ様」
「ぶるぅぅぅ……」
ブラッシングと掃除を終えて、馬房に戻してやると、ようやくラオはリラックスした様子を見せた。
訓練中はくるくると耳を回し、僕の指示を聞き逃さないように緊張しているように感じる。
最初の頃の舐めくさった態度も問題だけど、今のように緊張しすぎも良くない気がするのだが、教官はそれで良いと言ってくれる。
まぁ、訓練中は僕も緊張しているから、その緊張が伝染しているのかもしれない。
愛馬の世話が終わると、訓練生お待ちかねの昼ごはんの時間だ。
ザカリアスと一緒に食堂に向かう足が、一歩ごとに速まっていく。
「うぉぉぉ……腹減ったぜ、オラシオ、今日のメニューは何だ?」
「レバーと野菜の炒め物みたいだよ」
「よし、俺は野菜抜きで……」
「そんなの無理だよ。ご飯で我慢しなよ」
ザカリアスは、野菜より魚、魚よりも肉なので、野菜炒めは今ひとつ好みではないらしい。
「レバーの旨味とタレが絡まった野菜も美味しいよ」
「まぁ、不味くはないが、肉程美味くはないな」
「ザカリアス、文句言ってると、お代わり間に合わなくなるよ」
騎士見習い訓練所の食事は、普通に食べるだけで結構な量なのだが、訓練生にとってはそれでも物足りないのだ。
一食分は余程遅れなければ食べられるが、お代わりについては早い者勝ちだ。
そのため、訓練生たちは黙々と一食目を食べ、会話を楽しむ余裕が生まれるのはお代わりを確保できてからだ。
僕らがお代わりを確保した頃、姿を消していたルベーロが現れた。
「ニュースだ、ニュース!」
「ニュースはいいけど、ルベーロこれからじゃお代わりは厳しいよ」
「まぁ、お代わりは夕食の時にするから、今は我慢だ。それよりも、どうやら実地訓練が行われるみたいだぜ」
「実地訓練だと、どこだ? ホフデン男爵領か?」
「ザカリアス、あそこはもう平定されたよ」
「じゃあ、どこだ?」
実地訓練と聞いて、ザカリアスが前のめりでルベーロに尋ねる。
「場所は新王都の第三街区の外だ」
「なーんだ、遠征じゃねぇのか」
「遠征じゃないけど、王都のすぐ近くだから気は抜けないぞ」
「そうか……内容は?」
「公開処刑の警備だ」
ルベーロの話だと、ザカリアスが口にしたホフデン男爵家の次男バルナルベスが公開処刑されるらしい。
ホフデン男爵家については、僕らにも詳しい情報が知らされている。
これは、間違った情報を信じさせない措置であり、僕らが街に出た時に住民からの問い掛けに、曖昧な答えをさせないためでもある。
当然、話して良い情報と話してはいけない情報は区別されていて、訓練所の外で口止めされた情報を迂闊に話してしまった場合、最悪退所処分を受けるらしい。
情報の取扱いについては、訓練所の敷地内であれば色々な憶測を述べるのも許されているが外部の人間に対しては制限がかかるのだ。
これは正式な騎士になってからも同じだそうだ。
「処刑場の設営は、俺達よりも下の訓練生が担当するそうだ」
「俺達は、当日の警備ってことか?」
「そういう事」
「でも、悪党貴族の息子が処刑されるんだろう? 助けたり処刑を邪魔しようなんて奴はいないだろう」
「ザカリアス、警備っていうのは、襲撃に対してだけじゃないぞ」
「じゃあ、何をするって言うんだよ」
「ザカリアスは公開処刑を見たことあるか?」
「いいや、無いな」
「じゃあ、処刑がどう行われるかから説明するけど、その前に飯を食わせてくれ」
そう言うと、ルベーロは急いで昼食を掻き込んだ。
「今回の処刑は火炙りだそうだ」
「火炙り……生きたまま焼かれるの?」
「そうだ、オラシオの言う通り、罪人は生きたまま足下からジリジリと焼かれていく」
ルベーロが語る火炙りの情景は、見てもいないのに罪人が悶え苦しむ様子が頭に浮かんでくるようだった。
処刑が始まってから、罪人が息絶えるまでは、結構時間が掛かるらしい。
「つまり、罪人が息絶えるまでの間に、石をぶつけてやろうとか思う奴が出てくる訳だよ」
「でも、罪人だったら仕方ないんじゃねぇのか?」
「ザカリアス、見物人が一斉に石を投げ始めたとして、それが全部罪人に当たると思うか?」
「そりゃ無理だろう……あぁ、そうか、他の見物人や処刑人に当たる恐れがあるのか」
「そういう事、俺達は見物人が怪我をしないように、処刑場の周囲を制御する役割を担うんだよ」
「なるほど、それは大変かもしれねぇな。バルナルベスは嫌われてるからな」
ザカリアスが言う通り、処刑されるバルナルベスの評判は物凄く悪い。
庶民から搾り取った金で何の不自由も無く育ち、その上、悪事が露見しそうになったら王族を殺してでも自分を守ろうとした悪逆非道な貴族だと民衆は思っている。
汗水垂らして、毎日厳しい仕事をして、それでやっと生活を維持している庶民からすれば、これ以上憎たらしい奴はいないだろう。
そのバルナルベスが公開処刑されるとなれば、見物人は膨大な数になるだろうし、処刑場の周辺は群衆で埋め尽くされることになるだろう。
苦しい生活への鬱憤や貴族への恨みを抱えた群衆なんて、一触即発、何かの切っ掛け次第では暴徒に変貌を遂げかねない。
「なんだか、凄い大変そうに思えてきたんだけど……」
「実際、オラシオの言う通り、大変な仕事になると思うが……教官に頼んで外してもらうか?」
「バカ言うな! この程度の困難で逃げ出すようじゃ、王国騎士になれっこないだろう」
ルベーロの見え透いた挑発に、即座にザカリアスが反応した。
僕もザカリアスと同じ気持ちだ。
「ルベーロ、この実地訓練では何が問われていると思う?」
「そうだな……群衆の鎮圧というか、制御する能力だろうな」
「それって、どうすれば良いんだろう?」
「オラシオ、それをこれから考えるんじゃないか」
「そっか、そうだよね」
僕らは、まず現地に足を運んで、どのような会場が作られているのか確認し、それから問題点を洗い出し、潰し込んでいくことにした。