影の宰相(後編)
ホフデン男爵領での騒動に関する報告書は、バルドゥーイン殿下の近衛騎士と王国騎士団の連名によるものだった。
オーレリオは既に一度、ざっくりではあるが報告書に目を通している。
最初に目を通した時にも、あまりに杜撰な領地経営に呆れ返った。
国が定める限度を超える税金の取り立て、それによって住民の不満が募り、反貴族派の活動を活発化させてしまう。
一度襲撃を受け、ニャンゴ・エルメールに危ういところを救ってもらったにも関わらず、反貴族派への対応を怠って殺害されてしまう。
領主が殺害されたことで、王国騎士団を招き入れる事となり、法定限度を超える重税を課していた事が露見してしまう。
ここまでならば、男爵家が取り潰しになるだけだったのだが、あろうことか口封じの目的で王族を殺害しようと企てるも失敗、現在に至る……。
「何度読んでも愚かすぎる」
報告書を読み返してみても、オーレリオはホフデン男爵家の行動を何一つ理解できなかった。
オーレリオが確認した限りでは、法で定められた税率を超える重税を課さなくても、十分に領地経営が成り立つ程度の税収はあったのだ。
重税が課されるようになった理由は、端的に言ってホフデン男爵家の面々による浪費だ。
第一、第二夫人に加え、ホフデン男爵自らも金遣いが荒く、そこに次男バルナルベスを加えた四人が男爵家の財産を食いつぶしていたらしい。
「なるほど、取り潰しとなれば自活しなければならないか……」
貴族だから、民衆から税を取り立てて、自分たちは汗水垂らして仕事をせずとも生活できる。
だが家が取り潰しとなれば、民衆と同様に働いて金を稼がなければならなくなる。
見栄だけで生きて来た貴族が、その見栄さえも失うとしたら、それは死と同然なのだろう。
それに気付いたオーレリオは、ようやく自害した第一夫人や第二夫人の行動を少しだけ理解した。
「このバルナルベスという男が生きているのは、恐らく実感していないからだろうな」
第一夫人や第二夫人の年齢ならば、没落した貴族の悲惨さをこれまでに見聞きしてきたのだろう。
そうした噂話については、男性よりも女性の方が詳しいだろうし、それが自分の身に降りかかるとなれば、どんな目に遭うのか容易に想像できるのだろう。
一方のバルナルベスは、母親たちほど没落貴族の実情を知らず、自分がその立場になるなど想像できていなかったのだろう。
報告書には、王都に至る道中にて、ようやく自分の立場を理解し、動揺し、現在は意気消沈しているらしい。
「こいつは火炙りが妥当だな」
オーレリオは、民衆の怒りをバルナルベスに集約すべきだと考えた。
なるべく惨めったらしく、あるいは太々しく、処刑される悪党を演じさせる。
「エデュアールが阻止しようとするのかな?」
オーレリオは、ホフデン男爵家がエデュアールの派閥に属していることを把握している。
しかも、大公家からの帰路、バルナルベスはエデュアールの馬車に同乗している。
となれば、エデュアールは自分の派閥を守るための工作を行うはずだ。
それはエデュアールのためにはなるだろうが、王家のためにはならないとオーレリオは考えた。
「まぁ、エデュアールは思い付きで動きはしても、飽きっぽく詰めが甘いからな、処刑当日までにいくらでもやりようはあるだろう」
宰相という立場を利用すれば、牢番に指示を出す程度は造作も無い。
エデュアールからの干渉が止んだ後で、生きたまま燃やされて死ぬ苦しさを吹き込み、恐怖を煽り、派閥から切り捨てられた事実を突き付ければ、処刑当日は醜態を晒すはずだ。
火炙りは、処刑が始まってから罪人が息絶えるまで時間が掛かる。
その間に、強がっていた罪人が泣きわめき、命乞いをする姿を民衆は期待しているのだ。
バルナルベスが、エデュアールや派閥に対して怨嗟の声を声を上げ続ければ、王位継承争いで大きな痛手となるだろう。
「第三夫人と息子は……闘争の埋火となってもらうか」
第三夫人ロエーラと長男アルフレートを助命するには、処刑したことにして平民の身分で隠れ住む以外の方法をオーレリオは思いつけなかった。
だが、本来処刑されるべき人間が実は生きている……露見すれば醜聞の火種となる可能性がある。
国王から指示で助命を検討したのだから、責任は王家にあるのだが、派閥のゴリ押しだったとすればエデュアールに責任を押し付けられる。
バルドゥーインのゴリ押しだったとすれば、ディオニージやその派閥に責任を押し付けられる。
そのためには、ロエーラ、アルフレートの動向をオーレリオが把握しておく必要がある。
「まぁ、本来死罪の罪人を野に放つのだから監視が必要です……とでも言って、私の監視下に置いておけば良いだろう」
オーレリオは、国王への献策をしたため始めた。
一応、貴族に対する裁判も行われるが、最終的な決定には国王の意向が強く反映される。
特に今回は、バルナルベスは処刑、ロエーラとアルフレートは助命で処分はほぼ決まっている。
残りは処刑の方法、日時、などを検討するだけで、余程のことが無い限り、オーレリオの献策が採用されるはずだ。
「あとは、助命した二人が暮らす場所か……」
新王都では、他家の貴族に見つかる恐れがある。
かと言って、あまり遠くでは監視をするのに支障をきたす。
新王都から遠すぎず、紛れ込むためにそれなりに栄えている必要がある。
「まぁ、旧王都が妥当だろうな……」
ダンジョンのある旧王都は、少し前までは脛に傷を持つ者すら受け入れてきたが、今は身元確認が厳しくなっている。
新王都へ向かう途中に立ち寄る貴族もいるが、裕福な人間が暮らす街と庶民が暮らす街に分かれているので、庶民の街で暮らせば顔を見られる心配も無いだろう。
「そういえば、旧王都には奴もいるか……」
ロエーラとアルフレートの生存が露見した場合、ニャンゴを巻き込めないかオーレリオは検討を始めたが、途中で考えを中断した。
「没落させるのは……まだ早いな」
オーレリオは、ニャンゴの陞爵には反対したが、その有用性については認めている。
王国に大きな富をもたらすかもしれない存在は、排除するのではなく使い倒すべきだとオーレリオは考えている。
「それこそ、没落させるには、ダンジョンの発掘に区切りがついてからでも遅くない。だが、何か責任を押し付ければ、これ以上の陞爵は防げるだろう」
オーレリオの実家エルマリート家は伯爵位だ。
もし、ニャンゴがまた陞爵されれば、オーレリオと爵位で肩を並べることになる。
無論、シュレンドル王国の宰相と名誉職が同等などと思う人間はいないだろうが、オーレリオ自身が我慢できないのだ。
「ノイラート辺境伯爵領で地竜を討伐したらしいし、あまり調子に乗らないように、何か足枷でも嵌められれば良いのだが……」
オーレリオは、頭の中に散らばっている沢山のピースを掻き回し、ニャンゴとトラブルが繋がる筋道を立てようと試みている。
「またディオニージでも焚き付けてやるか……」
三人の次期国王候補の中で、オーレリオはディオニージを一番軽視している。
思い付きだけで行動する様は、軽挙妄動が服を着て歩いているようなものだからだ。
「バルドゥーインが、あれほど出歩いているのだから、私が何もしなくても、また外に出せと駄々を捏ね始めるだろう」
オーレリオは、王族のお守りという嫌がらせをニャンゴに押し付けてやろうと画策を始めた。
この所、王族や貴族への対応にウンザリしているニャンゴにとって、これ以上の嫌がらせは無いだろう。
ただしオーレリオは ニャンゴがこれ以上の陞爵なんて全く望んではいないなんて、想像だにしていなかった。
「ふん、劣等種が子爵になることすら異常なのだ、私が宰相をしている限り、これ以上の出世は無いと思え」
宰相オーレリオの画策が、ニャンゴにとって吉とでるか凶と出るか……様々な人間の思惑を巻き込みながらも、バルナルベスの処刑は正式に決定した。
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