爵位の責任
人の口に戸は立てられぬとは良く言ったものだ。
インターネットもSNSも存在しないシュレンドル王国なのに、いつの間にか、どこからかホフデン男爵領での出来事が世の中に広まっている。
バルドレード・ホフデン男爵が王国が定めた限度を超える重税を民衆に課していたことや、それが原因で民衆が蜂起して殺害されてしまった事などが、あたかも見て来たように伝わっている。
そして、噂話が伝わる過程で、当然のように話に尾鰭が付いて大げさになっている。
例えば、バルドレードは確かに法定限度を超える税を課していたが、まだホフデン男爵領では餓死者までは出ていなかったはずだ。
ところが噂話では、法定限度の数倍を超える重税のせいで、多数の餓死者が出ていることになっていた。
更には、バルドレードを殺害した反貴族派たちが、あたかも民衆を救った英雄であるかのように語られている。
もしかすると、勢力復活を目論む反貴族派が裏で糸を引いているのかもしれない。
この状況はシュレンドル王家としても歓迎できる事態ではないが、バルドゥーイン殿下が皆殺しにされそうになっていた民衆を救った件も噂として流れているので、王家の評価はむしろ上がっているようだ。
そして、そのバルドゥーイン殿下がホフデン男爵の第一、第二夫人によって暗殺されかけた件も噂として流れている。
これによって、悪徳貴族であるホフデン男爵家と戦う王家という構図が出来上がっている。
もしかすると、王家に関する噂については、バルドゥーイン殿下が指示して意図的に流させているのかもしれない……なんていうのは考え過ぎだろうか。
発掘作業を終えた後、チャリオットのみんなと夕食を食べに行った店でも、話題はホフデン男爵領関連一色だった。
テレビやラジオ、インターネットが無い世界だからこそ、こうした噂話は人々にとって恰好の娯楽になっているのだろう。
「ねぇ、ニャンゴ、実際のところはどうだったの?」
「大筋では、噂の通りかな。でも、色々脚色はされているよ」
「まぁ、そうよねぇ……」
酒場のマドンナとして活躍していたレイラにとっては、この手の噂話は聞き慣れているのだろう。
全部を真に受けてはいないみたいだが、それでも面白いネタは無いか聞き耳を立てているようだ。
「俺に詳しく話せとは言わないの?」
「んー……それは後でね」
「ん? どういう事?」
「噂話をあれこれと聞いて、どこまでが本当で、どこからが嘘なのか考えてみるのよ」
「それで、後で答え合わせをするつもり?」
「当たり!」
確かに、その方法ならば、単に噂話を鵜呑みにするよりも、二倍楽しめそうだ。
「でも、不正が発覚したからって王族を手に掛けようなんて、普通じゃ考えられないわよね」
「まぁね、頭のいかれてる奴じゃないとやらないよ」
「貴族の第一夫人なのに、そんなに変な人だったの?」
「うーん……詳しくは知らないけど、自分よりも先に元メイドが息子を産んで、自分の息子が家を継げるか微妙な情勢だったからね。それが全て駄目になりそうだったから、プツンといっちゃったのかも……」
「そっか、旦那が民衆に殺されただけなら、反貴族派が……とか理由を付けられたけど、王国の法律に背いていたのが原因だと家が取り潰しになっちゃうのか」
「そういう事、だから第二夫人も話に乗っかったんだと思う」
実際、証人を皆殺しにしてしまえば、何だかんだと理屈を捏ねて家を存続させられる可能性もゼロではなくなるが、そのためにはバルドゥーイン殿下だけでなく騎士全員を殺す必要がある。
「騎士だけじゃないでしょ、不落の魔砲使いも亡き者にしなきゃいけないんだから、やっぱり無謀と言うしかないんじゃない?」
「あの家の人間は、猫人の俺が自分達よりも地位の高い貴族になったのが気に入らなかったみたいだし、実力も認めていなかったんだと思うよ」
大公家での夕食の席で、バルナルベスが俺を劣等種呼ばわりした事を伝えると、レイラは呆れ返った。
「本気でそんな事を言ったの? だって、結局殺されたとはいっても、一度はニャンゴに父親の命を救ってもらってるんでしょ?」
「そうだけど、そもそもその父親も俺に感謝していなかったからね」
反貴族派の襲撃から守ったのに、バルドレード・ホフデン男爵は、俺が勝手に領地に入った事を指摘して、謝罪さえ要求してきたのだ。
「なるほど、その親にしてその子ありってことね?」
「うん、そうだと思う」
幼い頃から、そんな親に育てられれば、それが正しいと思い込んでしまうのだろう。
バルナルベスも王都の学院に通っていたはずだから、その当時は親元を離れて生活していたはずだが、エデュアール殿下の派閥仲間としか交流が無かったとしたら、思想が偏るのも当然だろう。
「それで、そのお坊ちゃまはどうなるの?」
「まぁ、家族が王族を殺そうとしたのだから、処刑はやむを得ないだろうね」
「斬首かしら、それとも火炙り?」
「さぁ? 刑罰については何も聞かされていないから分からないや」
「お呼び出しが掛かるんじゃない?」
シュレンドル王国では、罪状によっては公開処刑が行われている。
イブーロの貧民街を崩落させた連中も、民衆が見守る前で火炙りにされた。
貧民街の崩落には多くの人が巻き込まれて命を落とした。
その中には、ラガート家の騎士団や官憲、ギルドの職員も含まれていた。
報復という訳ではないが、多くの人の命を奪った連中への刑罰は、公開での火炙りとなったのだ。
王族を殺そうとした家の息子で、これほどまで世間で噂になっていれば、公開での処刑となるのだろう。
こちらの世界の人々にとっては公開処刑も一種の娯楽だが、前世の倫理観を引きずっている俺にとっては、素直に楽しめる行事ではない。
実際、イブーロでの公開処刑も見守ったが、けっして後味の良いものではなかった。
「どうしたの、浮かない顔して」
「うん、イブーロの公開処刑を思い出しちゃって……」
「貧民街の事件に関わった連中ね」
「何て言うか、顔見知りだったり、関わりがあった人間が処刑されるのを見るのは、あんまり気分の良いものじゃないから……」
「あぁ、ボーデと手下どもね」
「うん……」
ボーデは、俺がイブーロで活動するようになった直後からウザ絡みしてきた冒険者だった。
ちっぽけなプライドを守るために決闘までして、俺に完敗する醜態を晒した。
俺が活躍して周囲から評価を上げていく一方で、評判を落としたボーデは落ちぶれ、貧民街を仕切っている裏社会の人間に使われるようになった。
そして、最後はそいつらにも使い捨てられる結果となり、貧民街崩落の責任を負わされて火炙りにされたのだ。
「でも、あいつらの場合は自業自得でしょ。自分で選んだ生き方のせいで処刑されたんだから、ニャンゴが責任を感じることなんて何も無いわ」
「まぁ、そうなんだけどね。人が死んでいくのを見るのは、あんまり気分は良くないよ」
「もぅ、ニャンゴは優しすぎるわ。でも、そこが良いところでもあるけどね……」
こちらの世界で生まれ育ったレイラにとっては、公開処刑は娯楽の一種なのだ。
世の中の殆どの人が、悪人が処刑される様を見て溜飲を下げる。
刑場に引かれていく罪人には、罵倒と共に石や汚物がぶつけられる。
それはまるで、前世の頃ネット上で見掛けた炎上のリアル版だ。
処刑されるほどの悪人というレッテルを貼られた者へは、何をしようが許されるという空気が街に満ち溢れるのだ。
「ニャンゴ、王家は処刑を利用するんじゃない?」
「噂話みたいに、ホフデン男爵家に責任を全部負わせて、王家はそれを倒して民を守ったんだって演出するってこと?」
「そうだけど……ニャンゴはしないと思う?」
「いや、すると思う」
世の中は綺麗事だけでは回っていかない。
ホフデン家の騎士を止めて、立て籠もっていた民衆を救ったバルドゥーイン殿下の姿勢に嘘は無いけれど、王家の落ち度までもバルナルベスに背負わせて処刑するような強かさも持ち合わせているはずだ。
それは汚いとか、ズルいとかではなく、国を混乱させず、正常化に導くためには必要な事なのだろう。
「はぁ……やっぱり気楽な冒険者がいいにゃぁ。名誉子爵とか、俺には重すぎる……」
「じゃあ、返してきちゃえば」
「返せるものなら返してきたいけど……」
「無理なら背負っていくしかないわね」
「うにゃぁ……」
話をしているうちに、王族や貴族の責任の重さを感じて憂鬱になってしまった。
なので、この後レイラに抱き枕にされながら、いっぱい踏み踏みしてしまった……。





