俺様王子の画策
※今回はシュレンドル王国第五王子エデュアール目線の話になります。
私の斜め向かいに座った男は、怯えたような目線でチラチラと私の顔色を窺っている。
その表情は、困惑、恐怖、諦め、焦り、恨み……ありとあらゆる負の要素をグチャグチャにして詰め込んだように見える。
男の名は、バルナルベス・ホフデン、王都から見ると東の方角に領地を持つ男爵家の次男だ。
年齢は、確か私よりも一つか二つ上だったように記憶しているが、覚えているのはその程度で、これまでは殆ど印象が残っていない男だ。
バルナルベスは、昨晩の夕食の席でも、私に媚を売るような視線を向けてきていた。
ただし、卑屈ではあったが、無駄に明るかったので、まだマシだったが、今のバルナルベスは陰鬱という言葉が服を着ているかのようだ。
大公家を出立してから、まだ二十分も経っていないが、バルナルベスを私の馬車に同乗させたことを後悔し始めている。
私の近衛騎士も同乗しているから、バルナルベスと二人きりではないものの、息苦しいとさえ感じている。
おそらく、昨日までのバルナルベスであれば、私が遮らなければ勝手にベラベラと喋り出していただろう。
だが今日は、口を開くだけで己の寿命が縮むとでも思っているのか、一言も喋ろうとしない。
こんなバルナルベスと同じ馬車に乗って行こうと考えたのは、昨晩、兄バルドゥーインから課題を与えられたからだ。
バルナルベスを改心させる、バルナルベスの処刑を機に、民衆は搾取するべきと考えている貴族を改心させる、そのための方法を考える。
民衆は王族や貴族に従い、貴族は王族に従うのが当たり前だと考えてきた私にとって、それは簡単な作業のはずの難題だった。
そもそも私は、民衆は搾取するものだという考えを否定して来なかった。
否定するどころか、むしろ肯定してきたと言っても間違いではない。
実際、今でも民衆は王族や貴族のために身を粉にして働くべきだと考えている。
その一方で、バルドゥーイン兄上が言うように、民衆が富めば世の中全体が富み、ひいては貴族や王族も豊かになるという考えも一理あると思っている。
今は平和な世の中が続いているが、もし隣国と国を挙げての長期的な戦いになったならば、騎士や兵士だけでは戦力が足りなくなる。
その場合、戦いの優劣に大きな影響を及ぼすのが、平民の健康状態だ。
ろくな食事もできず痩せ衰えた平民と、十分な食事をして健康な平民が戦えば、どちらが勝つかなど火を見るよりも明らかだ。
有事に備えるならば、やはり民衆からの搾取には限度を設けなければならない。
それこそが、王国が決めた課税の限度なのだ。
バルナルベスの陰鬱な顔を眺めながら、考えを巡らせているうちに、少しずつではあるが自分の進むべき方向が分かってきたような気がした。
「何か、言いたいことは無いのか?」
少し気持ちに余裕ができたので、言い分を聞いてやろうと思ったのだが、バルナルベスはジッとこちらを睨んだまま口を開こうとしなかった。
「どうした、何でも好きに申してみるが良い」
「なぜです……なぜ私を騙したのですか」
「騙す? 人聞きの悪い……私はそなたを騙してなどいないぞ」
「では、なぜ民衆は搾取するものだと言ってくれないのですか!」
バルナルベスの言葉は、私が予想の範囲内だった。
「バルナルベス、そなた狩りに行ったことはあるか?」
「はっ? か、狩りというと、鹿や猪を狩る、あの狩りですか?」
「そうだ、その狩りだ。行った経験はあるか?」
「い、いいえ。ございません」
「だが、狩りがどんな風に行われるか聞いたことはあるだろう?」
「それは……ございますが、それと民衆とか、どう繋がるのですか」
「狩りの獲物となる鹿や猪は、死に物狂いで暴れるが、あれは何でだと思う?」
「それは……殺されたくないからですか?」
「その通りだ。自分の命が危うくなれば、死に物狂いで抵抗するのは当たり前だろう」
「では、私も……」
「馬鹿め、そなたが暴れて助かる機会は、とうに失われておる」
私に掴み掛かろうとしたのか、腰を浮かせかけたバルナルベスは、近衛騎士が素早く鞘走らせた短剣を突き付けられ、顔を引き攣らせながら座り直した。
「そなたの父親は気付かせてしまったのだ」
「気付かせる? 何をですか?」
「民衆どもに、このままでは飢えて死ぬかもしれない、自分だけでなく同族も生きていけないかもしれないと」
「どういう意味ですか……?」
ここまで噛み砕いて言ってやっても、それでも理解できないとは愚鈍にも程があるが、それでも理解させねば改心などするはずもないのだろう。
「バルナルベス、王城には食用の魚を飼う生簀があるのを知っているか?」
「生簀? それが何の関係があるのです?」
「まぁ、聞け。生簀に放っている魚は、いずれ料理の材料として使われることが決まっているが、別に暴れたりせず、ただ静かに泳いでいる」
「それが、どうかしたのですか?」
「分からぬのか? 死ぬと決まっていても、それに気付かねば暴れたりはしないのだぞ」
「あっ……民衆も死ぬかもしれないと気付かねば、暴動を起こすことも無かった……」
ようやく話の意図に気付いたバルナルベスを見て、私自身も気付いた。
こやつも領地を出た時には処刑される運命だったが、昨晩私に現実を突き付けられるまでは気付かず、いつもと変わらず浮かれていたのだ。
「そなたの父親はやり過ぎたのだ。民衆が気付かないように、王国が定めてやった限度を超えた重税を課し、その結果として民衆が反乱を起こし、そなたの父親は殺され、王族、貴族による支配体制を揺るがしたのだ」
「し、しかし、私は税の取り立てについては何も知らされておりませんでした」
「だとしても、父親の不始末の責任をその子が負うのは当然ではないのか?」
「そ、そんな……民衆の反乱は我が家の騎士たちが制圧いたしましたし、重税などはどこの領地でもやっている事ではありませんか!」
「そうかもしれぬな。だが、そうした法に反することを嫌うバルドゥーイン兄上の前で、何が悪いのだと開き直るような態度を取ることが正しいとでも思っているのか?」
バルナルベスの一番愚かなところは、時と場所を弁えない、その場の状況を把握できないところだろう。
「ですが、殿下も民衆とは搾り取るために存在するものだと思っておいでなのですよね?」
「そうだ。そうだが、物には限度というものがある。限度を超えれば罪となり、反発を招き、我が身を危うくする。そなたやそなたの父親は、限度を超え、自らの首を絞めたのだ」
そうだ、バルナルベスや父であるバルドレードは限度を弁えず、自らの首を絞めて破滅に向かっていったのだ。
私の派閥に属する者達には、限度を弁えずに破滅した愚か者として知らせ、教訓とすれば良い。
そうすれば、バルドゥーイン兄上が望む改心をした……ように見えるであろう。
派閥の引き締め策を思いつき、胸のつかえが一つ取れたことで、目の前の男の存在を一時忘れた。
「で、ですが……そうだとしても、なぜ処刑されねばならないのですか!」
まったく、ここまで懇切丁寧に説明しても、まだこの男は理解できていないと言うのか。
この男の存在こそが、私には理解しかねる。
「重税だけで処刑される訳ではない。王族を殺そうとして、ただで済む訳がなかろう」
「あれは! あれは、愚かな母が勝手にしでかした事で……」
「だが、そなたも母親たちが何かを画策していると知っておったのだろう?」
「ですが、何をする気なのかは全く知らされておらず……」
「そんな言い訳が通用すると思っているのか?」
「ですが……」
「そなたは選択を誤った。バルドゥーイン兄上と愚かな母親を天秤に掛けて、そなたは愚かな母親の手を取ったのだ。助かりたいと願うならば、愚かな母など切り捨てるべきだったのだ」
正確には、バルナルベスは兄上も愚かな母も、どちらも選ばなかったのだ。
何か責任を負わされるのを嫌い、逃げ出したのだが、それで責任から逃れられる訳ではないのだ。
「平民のように地を這いずらずとも生きていける、貴族の特権は甘いものではないぞ。何の責任も果たさずに、のうのうと生きていけるとでも思っていたのか?」
「どうあっても、私は助からないのですか?」
「奴隷として、平民以下の劣悪な環境に甘んじてでも生きたいか? 雑巾以下のボロ布を纏い、腐った家畜の餌を食らい、人々から蔑まれてでも生きたいのか?」
「い、い、嫌だ……そんな思いをするならば、一思いに死んだ方がマシです」
「そなたの処刑は避けられぬが、そなたにはまだ選択する余地が残されている」
「何でございますか!」
「苦しまずに死ぬか、それとも長く苦しみ悶えながら死んでいくか」
「い、嫌だ……苦しいのは嫌だ……」
「名誉ある死を迎えるか、それとも後世まで人々から蔑まれ続ける死を迎えるか……さて、これからの話をしようではないか」
バルナルベスは、ガクガクと首が折れそうな勢いで頷いた。
そうだ、この男にはまだ利用価値が残っている。
この愚か者をただ殺すのではなく、王国にとって……いや、私にとって最大限の効果を発揮する処刑方法を考えるとしよう。





