クモの子散る
学院での鑑定依頼が終わったので、チャリオットのみんなと合流しようと地下道の入口へ来たのだが、何だか騒ぎが起きているようだ。
出入りを見張っている大公家の騎士たちも、地下の方向へ目を向けていた。
「こんにちは、何かあったんですか?」
「エルメール卿、フキヤグモが大量に湧いたみたいです」
「えっ、チャリオットや発掘に関わっている人たちは無事なんですか?」
「あぁ、大量に湧いたといっても、この程度の大きさみたいなんで、大丈夫だと思いますよ」
騎士が言うには、フキヤグモといっても手の平サイズで、要するに何処かでフキヤグモの卵が孵って、一斉に子グモが出て来たらしい。
生まれたばかりの子グモなので、人間のような大きな生き物を襲う心配は要らないが、放置すれば大きく育って人間にとっても脅威になる。
それに、子グモといっても、普通のクモに比べると大きいし、昆虫全般が苦手な人にとっては耐えがたい状況なのだろう。
「エルメール卿、下に降りられますか?」
「うん、そのつもりなんだけど……子グモを倒しながら行った方が良いのかな?」
「はい、できればお願いしたいです」
「死骸はどうしましょう?」
「地下道の端に置いておいて下さい。後でうちの者が回収しますので」
「了解です」
子グモを処分するのは、地下道のあちこちに巣を作ってしまう可能性があるからだ。
フキヤグモは、その名の通りに吹き矢のように毒針を飛ばして獲物を掴まえるが、普通のクモのように糸を出して巣も作る。
獲物を掴まえるためでもあるし、外敵が近寄りにくい環境で休むためだとも言われている。
地下道の性質上、全くクモの巣が無い状態が続くとは思えないし、実際既にクモの巣を見掛ける。
ただし、たまに見つけるていどならば良いが、天井を覆い尽くすような勢いで巣を作られてはたまならない。
それでは、地下の発掘現場に向かいながら、子グモを退治していきますかね。
地下の発掘現場までは、空属性魔法で作ったキックボードに乗っていく。
下り坂なので、足で蹴って進んだり、推進器を作る必要もない。
地上から地下までは、緩やかなスロープと折り返し用の踊り場を幾つも繋いだ形になっている。
キックボードに乗って下り始めたが、地上近くでは子グモは全く見当たらなかった。
踊り場で二回折り返した辺りから、子グモの姿を見掛けるようになった。
「さて、どうやって倒したものかなぁ……」
手の平サイズのフキヤグモに対して、フレイムランスみたいない強力な魔法は必要ない。
火や水は、地下道の壁面を劣化させかねない。
「やっぱり、これだな、雷!」
ちょっと強めに作った雷の魔法陣を子グモにぶつけると、バチンという音がして青い火花が散ったように見えた。
子グモは地下道の壁から離れ、足を縮めて丸った形で落ちて来た。
念のため、空属性魔法で作った槍で止めを刺しておいた。
「うわっ、あっちにも、こっちにもいる……」
二番目の踊り場を通過すると、天井、壁面、路面にも子グモの姿があった。
「いったい何匹孵化したんだ?」
目についた子グモを逃がさないよう、順番に雷の魔法陣をぶつけ、落ちた所でサクサク止めを刺していく。
もう討伐ではなく、駆除作業といった方が正しいだろう。
子グモを駆除しながら地下へと向かっていると、大公家の騎士なのか討伐の指示を出す声が聞こえて来た。
「地下道の壁や天井を壊すような強い魔法は使うな! 落ちてきた子グモは、死んでいるとは限らないから、必ず止めを刺せ」
「ちくしょう、弱すぎかよ」
「くそっ、逃げられた!」
騎士達にとって、魔法とは威力が強ければ強いほど良いとされていて、こんな風に丁度良い弱さの魔法を撃った経験が無いのだろう。
セーブしすぎて、思ったように子グモを落とせていないようだ。
「さて……まずは落とす方に専念するかな、雷!」
小ぶりな雷の魔法陣を幾つも作り、目についた吹き矢グモにぶつけていく。
「俺がドンドン落としていくので、止めをお願いします!」
乗って来たキックボードを消し、エアウォークを使って、高さ二メートルぐらいの場所から声を掛けると、大きな歓声が上がった。
「お願いします、エルメール卿!」
「じゃんじゃん、落としちゃってください!」
それじゃあ、ご要望通りじゃんじゃん落としてあげましょう。
バチっ、バチっと火花が散る度に、落ちた子グモに素早く騎士が近付き、槍で串刺しにしていく。
大公家騎士団で鍛えられているのだろう、確実に頭を刺し貫き、軽く穂先を振って死骸を一ヶ所に手際よく積み上げている。
「それにしても数が多いにゃぁ、もう百匹くらい落としたと思うけど……」
それでも天井のあちこちに子グモの姿があり、中には巣を作りかけているものもいた。
子グモは、騎士たちの手加減した火球と水球は器用に避けていたが、目には見えない雷の魔法陣は避けようがないらしく、電撃を食らってボロボロと落ちていく。
やっぱり、これは討伐というよりも駆除作業だ。
というか、子グモといえども、これだけの数が湧き出して来たら、発掘の現場も大混乱になっているんじゃないのか。
「ちょっと急ごう」
雷の魔法陣をぶつける速度を上げて、地下道の最深部まで急いで降りた。
「あれっ? そんなに騒ぎになってない?」
上があんな状態だったから、子グモが湧き出した最深部はもっと大騒ぎになっているかと思ったのだが、普段とあまり変わらない感じだ。
「おぅ、ニャンゴ、学院の方はもういいのか?」
「セルージョ、こっちの子グモは片付いたの?」
「あぁ、あれな。湧いて出たのは、そっちの現場だったんだよ」
セルージョが指差したのは、俺達の発掘したショッピングモールの手前側、こちらほど大きくないショップらしき建物が並んでいるであろうエリアだ。
そちらでも、ギルドの管理の下で、新たな発掘作業が進められている。
フキヤグモの子グモが湧いたのは、どうやら向こうの発掘現場らしい。
「ぶわっと子グモがこっちにも迫ってきたんだが、ライオスと俺で火の壁を作ったら、全部反対の方向へ流れていったぜ」
ライオスは火属性の魔法が使えるのだが、あまり魔法の扱いは上手くない。
そこで、風属性のセルージョが補助をして炎の壁を作ったんだろう。
「それじゃあ、こっちの現場には流れて来なかったんだ」
「まぁ、ずっと炎の壁を維持している訳にもいかねぇから、何匹かは流れて来たが、全部俺が魔法で撃ち落としてやったぜ」
ライオスとは正反対に、セルージョは風属性の魔法の扱いがとても上手い。
風属性の魔法と弓矢を組み合わせて、射程距離を大幅に伸ばしたり、威力を増したり、精度を増したり出来る。
普段は実にチャランポランに見えるのだが、あの精度は相当な練習を積まないと辿り着けないはずだ。
自分が努力している姿は他人には見せない……みたいな美学があるのだろう。
「それにしても、フキヤグモって、一度にこんなに生まれて来るんだね」
「フキヤグモは、卵が孵るまでメスが抱え込み、子グモが生まれたら母親は自分の体を餌として与えて一生を終えるって言われてるな」
「えぇぇ……自分の体を与えるって、オスは何もしないの?」
「いいや、オスは交尾を終えたところでメスの餌にされちまうらしい」
「うぇぇぇ……オスは自分の子供を見るどころか、子供が出来たかどうかも知らずに食われちゃうのか……」
「洞窟の中とかじゃ、餌が豊富に無いだろうし、子孫を残すための戦略なんだろう」
そこまでして子グモが孵っても、外敵などに食われて、大多数は死んでいくのだろう。
なんか、事務的に駆除してきたのが、ちょっと申し訳なかったと思ってしまった。





