危険な実験
「ニャンゴが留守の間に搬出した物の中に、鑑定してもらいたい物があるそうだ」
「俺に? 何だろう?」
ようやく王族ご一行から解放されたので、翌日からはチャリオットのみんなと発掘現場の監視に戻れると思ったのだが、またしても単独行動になってしまった。
ライオスが言うには、何かの薬品らしき物を売っていたと思われる店から、品質保存用の魔法陣を組み込んだ包装がされている品物が見つかったらしい。
これまで品質保存の包装がなされていた品物は、先史時代のスマートフォンらしいものや、タブレットなどのアーティファクトが殆どだ。
今回発見された品物は、そうした物と比べると、とても小さくて薄い物らしく、学院の教授たちが見ても用途が分からないらしい。
そこで、俺に鑑定してもらおうという話になったようだ。
拠点に戻った日は、久々にチャリオットのみんなと気を使わなくても良い夕食を楽しみ……いや、思い返してみると、バルドゥーイン殿下が一緒でも気を使ってなかったような……。
とにかく気楽な食事と、マイお布団を堪能し、レイラに抱き枕にされて、踏み踏みして英気を養い、翌朝は発掘現場に向かうみんなと別れて学院へと足を向けた。
旧王都での反貴族派の活動は下火……というより殆ど無くなっているようだが、それでも学院の周囲は大公家の騎士団が守りを固めていた。
「おはようございます、エルメール卿。ホフデン男爵領から戻られたばかりなのに、お忙しいですね」
「ははっ、俺はノンビリしていたいんですけどねぇ……」
ギルドカードを提示する前に、守りを固めている騎士に話し掛けられ、顔パスで通してもらってしまった。
てか、身元確認は厳重にやってもらいたいところなんだが、空中をポテポテ歩いてくる猫人は他にはいないだろうから大丈夫か。
学院には俺の他にも多くの人が出入りしているが、そうした人に対してはキッチリと身元と所持品の確認が行われているようだ。
俺がホフデン男爵領へ出掛ける前にも、アーティファクトを手に入れようと画策した者がいたが、結局失敗に終わっている。
作業員エーデンの供述を基に、直接命令を下していた、娼館主のロブレスも捕らえられ、厳しい取り調べが行われたそうだ。
実行犯のエーデンは十年間の強制労働、ロブレスには三年間の禁固刑および莫大な金額の罰金が科せられたそうだ。
俺が聞いていたエーデンへの刑罰の予測は五年間の強制労働だったが、倍の十年になったのは見せしめの意味合いもあるらしい。
その代わりに、エーデンの実家である商会への処分は、厳重注意だけで済んだそうだ。
エーデンが十年もの強制労働で、エーデンを陥れたロブレスが三年の禁固では軽いと思ってしまったが、裏社会のボスクラスが三年間不在になる影響はとても大きいそうだ。
それに加えて莫大な罰金が科せられ、ロブレスの組織は実質壊滅状態だそうだ。
まぁ、大公家のみならず、王家もダンジョンからの発掘品を重要視している。
実際、発掘した資料を全て読み解く事が出来たなら、物凄い勢いで技術革新が起こり、シュレンドル王国は周囲の国に対して大きなアドバンテージを持つことになるだろう。
だからこそ、新しい地下道が急ピッチで整備されたのだし、期待もされているし、発掘を妨げる者たちへの処分が厳しくなるのは当然だろう。
大公家の騎士は学院の内部も巡回していて、物々しいと感じると同時に、安心感があるのも確かだ。
騎士たちから敬礼を受けながら、指定された教室へと向かおうとしたら、何やら前方が騒がしくなった。
どうやら騒ぎが起こっているのは、校舎の間にある中庭のようだ。
「何だろう……ちょっとだけ見にいこうかにゃぁ」
大きなトラブルになっていたら大変……というのは建前で、野次馬根性丸出しで中庭へ向かって足を速めた。
「引っ張れ! 引っ張って地上に降ろすんだ!」
「無理だ、俺達まで引きずられちまうぞ!」
「先生、手を離さないで下さい!」
集まっている学生が力の限りに引いているロープの先は、空へと向かっていた。
そして、ロープの先には試作品の飛行船が浮かび、飛行船の底の部分に捕まって、宙ぶらりんになっている男性がいる。
「す、素晴らしい! 飛んでいる、私は確かに飛んでいる!」
いやいや、飛んでるじゃなくて、降りる方法を考えておいて下さいよ、レンボルト先生、じゃなかった准教授。
飛行船の模型は、ふわりふわりと高度を上げ続けていて、すでに三階の窓の高さを超えそうになっている。
このまま高度を上げ続けていけば、四階建ての校舎の屋根に降りられるかもしれないが、それまでレンボルト准教授の握力が持つかどうか。
「そのまま、そのまま、ゆっくりロープを緩めて、もう少しで屋根に……あっ」
もう少しで四階の窓の高さを越えそうだと思った直後、レンボルト准教授の手が模型から離れてしまった。
慌ててレンボルト准教授が、空中を掻きむしるように手を伸ばしたが、当然のように飛行船の模型には届かない。
哀れレンボルト准教授の体は、中庭の石畳に向かって自由落下を始める。
この高さから落ちたら、軽い怪我では済まないだろう。
「エアクッション!」
空属性魔法でスタントマンが使うような巨大なクッションを作って、レンボルト准教授の体を受け止めた。
ボフンという音と共に、レンボルト先生の体は落下を中止し、ゆっくりと地上に向けて降下を始める。
「何やってんですか、レンボルト先生! 無茶をするにも程があります。死にたいんですか!」
周りに集まって来ていた人達の視線も気にせず、ガチ切れで叫んじゃいましたよ。
「やぁ、これはこれは、エルメール卿」
「何をヘラヘラしてるんですか! 安全を確保できない人には、実験をやる資格なんてありませんよ!」
「いやいや、申し訳ない。宙に浮かぶのが楽しくて、つい手を離すタイミングを逸してしまったよ」
申し訳ないという言葉を口にしながらも、実際に空を飛んだ高揚感からなのか、レンボルト准教授の表情は緩みっぱなしだ。
しかも、実験を補助している学生たちも、事故の危険性よりも人が空を飛んだという状況に気を取られている。
「すげぇ、本当に人が空を飛んだ」
「模型ではなく本物を作れば、もっとたくさんの人を乗せて飛べるぞ!」
「空を飛んで旅行する日が来るかもしれない!」
現実問題として、こちらの世界では俺以外に空を飛べる人間はいないと言っても過言ではない。
過去には風属性の人が飛行に挑戦しているそうだが、墜落という壁が立ちふさがるのだ。
それは当然、ヘリウムと思われるガスを使った飛行船でも同じで、安全に離着陸できる仕組みを整える前に人が乗るなんて自殺行為だろう。
さて、どうやって引き締めたら良いのかと考えていたら、中庭に男性の怒号が響き渡った。
「何をしているんだ、レンボルト!」
声の主はレンボルト准教授の上司、ネルデーリ学部長だった。
あまりの剣幕に、レンボルト准教授のみならず学生たちも姿勢を改めている。
「何の安全策も講じずに飛ぼうなど言語道断だ! 貴様の真似をして学生が死傷したら、どうやって責任を取ると言うのだ!」
「も、申し訳ありません」
名誉子爵になったとはいえ、旧知の間柄であるニャンゴ君に怒られるよりも、直属の上司に怒られる方が効果あるんだよね。
「危ないところを救っていただき、ありがとうございます。エルメール卿」
「ちょうど居合わせて良かったです。空を飛ぶのは素敵な技術ですが、危険を伴いますので、十分な安全策を講じて実験してもらいたいです」
「おっしゃる通りです。レンボルト!」
「は、はいっ!」
「本日の実験の問題点と、今後の安全策についてまとめてレポートを提出しろ。私が確認して、安全が確保されていると認めるまで、一切の実験を禁じる、いいな!」
「はい……分かりました」
レンボルト准教授は、塩をぶっかけられた青菜みたいに萎れてしまったけど、このまま実験を続けていたら間違いなく大きな事故になっていたはずだから、これはこれで良かったのだろう。





