王族兄弟の対話
「それでは、そろそろ我々は……」
「よい、そなたらも座っておれ」
王族二人の兄弟対決を前に、ヘーゲルフ師団長が気を利かせて俺にも一緒に退席しようと促してくれたのだが、エデュアール殿下に却下されてしまった。
うーん……残って続きを見たい気もするけど、それよりも遥かに逃げ出したい気持ちの方が強い。
「兄上、随分とやり方が陰湿ではありませんか」
「陰湿? 何がだ……?」
お前が言うか……とツッコミたくなるエデュアール殿下の台詞だが、バルドゥーイン殿下は余裕で受け流した。
「派閥の中でも最も不出来な者を選んで話を誘導し、私の評価を貶め、ディオニージを王位に就ける助けになさったのでしょう!」
「なるほど、そのように思われたのだとしたら、まだまだ私は兄として未熟なのだろうな」
「とぼけるのも、いい加減にしてください! あの愚か者を父上の前に引き出し、今日と同様の問答をするつもりなのでしょう!」
語気を強めるエデュアール殿下に対して、バルドゥーイン殿下はやれやれといった感じで、これ以上刺激しない言葉を選んでいるようだ。
「ホフデン男爵領での騒動に関しては、私が見聞きしたことをそのまま伝えるだけだ。その上で、何を尋ね、どう思われるかは父上次第だ」
「嘘だ! 私の派閥について、ある事無い事でっち上げるつもりでしょう!」
「仮にそうだとしたら、今夜の夕食にバルナルベスを同席させていないだろう。エデュアールが気付かぬうちに、父上の前に引き出した方が面白い結果になっていたのではないか?」
「それは……」
確かにバルドゥーイン殿下の言う通り、何の下準備も出来ない状態でバルナルベスが国王陛下と面談するのと、備えをした上とではダメージは雲泥の差になるだろう。
あの者は派閥の中でも扱いに困っておりました……などと前置きした上であれば、ダメージゼロとはいかないまでも印象は大きく違ってくるはずだ。
「勘違いしているようだが、私はクリスティアン、ディオニージ、エデュアールの誰が次の王になっても構わないと思っている。ただし、国民を思いやり、国を導ける者であるならばだ」
バルドゥーイン殿下は、国民を……のところから、特に言葉を強めて言い切った。
反貴族派の黒幕が白虎人だと知った当時は、あるいはバルドゥーイン殿下こそが黒幕では……などと思った時期もあったが、今はそんな疑いは微塵も抱いていない。
少なくとも、俺が会った王族の中では一番民衆を思いやる気持ちが強いのは、バルドゥーイン殿下だと思っている。
それだけに、次の王位云々を抜きにしても、民衆は搾取して当然といった考えには憤りを感じているのだろう。
「私はエデュアールの派閥の集まりには参加していないから、そこで何が語られていたのか把握していない。だが、バルナルベスが言うような話が本当にまかり通っているのであれば、私は王族の一人として改めさせねばならない。どうなんだ、エデュアール」
静かではあるが、低音で良く響くバルドゥーイン殿下の声には重みが感じられ、先程まで気色ばんでいたエデュアール殿下が気圧されている。
この場面を見るだけでも、王族としての貫禄が違いすぎるのは明らかだ。
シャーシャー言ってる子猫が、体の大きな成猫にあしらわれている感じだ。
「あ、あれは、派閥の年寄りどもが口にした戯言で、それをバルナルベスが勘違いしただけです」
「であろうな、ノイラート辺境伯爵領まで足を運び、民衆に手を差し伸べようとするエデュアールが、あのような戯言を口にするとは思えぬ」
「と、当然です。民衆無くして国は成り立っていきません」
「その通りだ。民が豊かになれば、国が豊かになり、貴族や王族も豊かになる。これは当たり前の話なのだが、未だに民衆は搾取するために存在するなどと口にする馬鹿者がいる。これでは反貴族派を無くすことなど出来るはずもない」
「兄上の仰る通りです」
あれあれぇ……さっきまでシャーシャー言ってたのに、もうお腹を見せて降参なのか。
期待していた分、エデュアール殿下にはガッカリだな。
せっかくバルナルベスが場を盛り上げてくれたのに、ここはもう少し頑張ろうぜ。
そのエデュアール殿下の視線が俺へと向けられて、キッと鋭さを増す。
「エルメール卿、何か言いたげだな」
おっといけない、エデュアール殿下のヘタレっぷりに、思わず笑みがこぼれてしまっていたようだ。
「いえ……兄弟が思いやる姿は良いものだと思っていまして」
「ふん、我の失態を笑っていたのではないのか?」
「えっ、エデュアール殿下が何か失敗なさったのですか? バルナルベスが、あんな風に育ってしまったのはホフデン男爵家の教育のせいであって、殿下が責任を感じる必要などありませんよ。あれは、どこの派閥に居たとしても同じでしょう」
「そうか、そうだな、確かにエルメール卿の言う通りだ」
「まだお若いエデュアール殿下が老獪な貴族の相手をなさるのは大変だと思いますが、民を軽んじる者達の考えを改めさせていただけると信じております」
「と、当然だ。臣民を正しい方向へと導くのが王族の務めだからな」
エデュアール殿下は、行動力や発想力という面では三人の中で一歩抜きんでているとは思うが、捻くれた性格が問題だ。
本気で民衆を思いやるようになれば、良い王様になるのかもしれないが、あまり期待はしていない。
王城に呼び出され、一服盛られた恨みは忘れていないからな。
エデュアール殿下が怒りの矛先を収めたところで、今度はバルドゥーイン殿下が話を切り出した。
「エデュアール、バルナルベスはどう扱えば良いと思う?」
「はっ? バルナルベスの扱いですか? 王家に背いたのだから当然死罪でしょう」
「王国の法律に反する高い税を取り立て、反発した民衆に領主である父を殺され、不法行為の発覚を恐れた母は王族を亡き者にしようとした……死罪を免れる要素はどこにも無いな」
「仰る通りです。あのような愚か者を生かしておいては、国のためになりませぬ」
エデュアール殿下は、まるで自分とは関係が無いように話しているけど、お前のところの派閥の人間だからな。
「確かに、バルナルベスのような男が貴族として良い暮らしをしていたら、民衆の反発を招いて大いに国は乱れるだろう。故に死罪は当然として、いかにして処刑すべきだと思う?」
「やはり民衆の前に引き出して、斬首か火炙りか……」
「いや、そうではない、処刑の方法ではなく、処刑に至るまでにバルナルベスをどう扱うべきなのかを聞いている」
「どう扱うか……罪人として扱うのではないのですか?」
エデュアール殿下はバルドゥーイン殿下の質問の意図を理解しきれず、首を捻っている。
一方のバルドゥーイン殿下も、上手く説明できないのをもどかしく感じているようだ。
「バルドゥーイン殿下、殿下はバルナルベスを改心させようとお考えなのですか?」
「そうだ、ニャンゴ。それだ! バルナルベスは貴族の中でも極端な考えの持ち主だ。あの考えのままに処刑したところで、問題を点で潰すだけだ」
「殿下は、バルナルベスの処刑を同様に極端な考えを持つ貴族たちの意識改革に利用しようとお考えなのですね?」
「その通りだ。残念なことに、表立って口にはしなくとも、バルナルベスと同様に民を搾取するのは当然と思っている者達がいる。バルナルベスの処刑は、そうした者達が考えを改める切っ掛けにしたい。エデュアール、どうすれば良いと思う?」
話を振られたエデュアール殿下は、とっさに答えが思いつかず、首を傾げて考えに沈んだ。
「今すぐ答えを出さなくても良い。王都に戻るまでに考えてくれ」
「分かりました」
バルドゥーイン殿下は助け舟を出したが、たぶんエデュアール殿下の派閥では民衆を軽んじる考えが主流なんだと思う。
バルナルベスの扱いを考えさせるのは、そうした派閥の意識を改めさせろというバルドゥーイン殿下の意思表示なのだろう。
これは、おそらく、次の王位を争う三人に課す課題の一つなのだろう。
さて、エデュアール殿下はどんな答えを出すのだろうか。





