予定外の合流(後編)
「そういえば……」
話題を切り替えようとしたのか、そう前置きをするとエデュアール殿下はバルドゥーイン殿下に尋ねた。
「兄上、どうしてホフデン男爵家の三人と一緒に王都に向かっておられるのですか?」
俺からすれば、今更かと思う質問だが、エデュアール殿下にすれば、夕食の時にでも聞けば良いと思っていたのだろう。
「バルドレード・ホフデン男爵が他界したことは聞いているか?」
「道中、噂話としては聞き及んでおりますが、本当ですか?」
どうやらエデュアール殿下はホフデン男爵領の件を耳にしていたようだが、バルナルベスの様子を見て情報の真偽を疑っていたようだ。
そして、今こそが名誉挽回のチャンスと思ったのか、俺に向かって恨めしげな視線を投げ掛けていたバルナルベスが、パッと顔を上げて口を開いた。
「真でございます。我が父バルドレードは、憎き反貴族派どもの罠に落ち、志半ばにして命を落としてしまいました。でも、御安心下さい、反貴族派どもは既に我が家の騎士団が撃ち果たしてございます」
ドヤ顔で胸を張ってみせるバルナルベスに、さすがのエデュアール殿下もどう反応して良いものか迷っているようです。
「そうか、バルドレードが命を落としたという知らせは本当であったか、心より哀悼の意を表する、力を落とすでないぞ」
「ありがとうございます。父の遺志を継ぎ、私がホフデン家を盛り立てていく所存にございます」
いやいや、待って待って、お前の母親はバルドゥーイン殿下を亡き者にしようとしたんだぞ。
ホフデン男爵家が取り潰しにならずに済む道なんて、どこにも残されていないだろう。
思わず隣に視線を向けると、ヘーゲルフ師団長も驚きのあまり目を見開いていた。
向かい側に座っているエデュアール殿下は、俺たちの反応の不自然さに気付いたようだ。
「兄上、どうかされましたか?」
「エデュアールは、バルナルベスと懇意にしていたのか?」
質問に質問で返されたことで、エデュアール殿下は警戒の度合いを引き上げたように見えた。
「懇意……というほどではありませんが、顔は見知っておりました」
「そうなのか、バルナルベス」
「いえいえ、エデュアール殿下には何かとお世話になっております」
エデュアール殿下は、もう余計な事は喋るなとばかりに、ポーカーフェイスもかなぐり捨てて睨み付けているが、バルナルベスは全く気付いていないようだ。
「それではエデュアールが意識していない何気ない言動などが、糧となっているのかな?」
「バルドゥーイン殿下の仰る通りでございます。私は貴族としてのあり方をエデュアール殿下の派閥の集まりで学ばせていただきました」
「ほほう、領地の経営や領民に対する向き合い方もか?」
「勿論でございます。エデュアール殿下に学ばせていただいた通りに、亡き父の遺志を継いで、ホフデン男爵家を仕切っていくのが私の務めにございます」
エデュアール殿下は、バルドゥーイン殿下とバルナルベスを交互に見やった後で、不機嫌さを隠さずに口を開いた。
「兄上、いったい何の茶番ですか?」
「茶番? 何がだ?」
「バルドレード・ホフデンが他界したことは分かりました。ですが、バルドレードには三人の夫人が居たと記憶しております。なぜ、残りの二人が同行していないのです? 王都に行って、家督相続の手続きをするのではないのですか?」
「エデュアール殿下、それは……」
「黙れ! 今は私と兄上が話をしているのだ。貴様は口を閉じていろ!」
「も、申し訳ございません……」
いやいや、この状況で割って入ろうするなんて、ある意味大したものだよ。
てか、エデュアール殿下に怒られた腹いせに俺を睨むのは止めろ。
「バルドレードの第一夫人と第二夫人が同行していないのは、自害したからだ」
「はぁ? 自害……まさか、バルドレードの後を追ったのですか?」
「いいや、そうではない。二人は私の殺害を企て、失敗し、捕縛される前に自ら命を絶ったのだ」
「はっ? 兄上を殺害?」
分かるよ、俺がエデュアール殿下の立場だったら、訳が分からないと思うもん。
エデュアール殿下は、本当なのかと確かめるためにヘーゲルフ師団長に視線を向け、頷き返され、俺にも視線を向けて来たので、コックリと頷き返しておいた。
「ど、どういう事です? 何で兄上が殺害されそうになっているのです?」
「バルドレードは、王国の法に反する高い税を取り立てていた。家宰の供述と提供された資料によって裏付けも取れた。住民が蜂起したのも、その高い税率であったのは間違いないだろう」
「まさか、兄上を亡きものとすれば、法外な税の取り立ても無かったものに出来ると思ったのですか?」
「おそらくは、そうであろうが、死人は尋問しても答えてはくれぬからな」
さすがのエデュアール殿下も、まさかバルドゥーイン殿下が襲撃を受けたなんて思ってもいなかったようだ。
状況を理解するまでに暫しの時間を要していましたが、おもむろにバルナルベスへと視線を向けた。
アルフレートとロエーラは、バルドゥーイン殿下が襲撃された話が始まった直後から、視線を伏せ、動きを止め、ブルブルと震えている。
だがバルナルベスは、ようやく自分の出番が来たとでも思ったのか、いけしゃあしゃあと語り始めた。
「申し訳ございません、エデュアール殿下。全ては愚かな母たちが画策したことにございます。この償いは、私がホフデン男爵家を引継ぎ……」
「黙れ」
「はひぃ」
「ホフデン男爵家を引き継ぐ? 王家に対して弓を引いておいて、許されるとでも思っているのか。貴様は二度とホフデン領の土を踏むことは無いだろう。貴様が行き付く先は、王都の処刑台だ」
「へっ……処刑? ど、ど、どうして……」
たぶん、君以外の人間は、どうして君が助かるなんて思っているのか聞いてみたいと思っているよ。
ようやく自分の置かれている状況を理解したバルナルベスが、逆上しても大丈夫なように、空属性魔法のシールドで拘束する準備を整えた。
ところが、顔面蒼白になったバルナルベスは、突如としてパッと笑顔を浮かべてみせた。
「あ、あぁぁ……あれでございますか、殿下のお好きなイタズラでございますね。いやぁ、騙されました。本当に処刑されるかと思って、寿命が縮みましたよ。ははっ、うはははは……」
高笑いを始めたバルナルベスだったが、同席している誰一人笑いもせず、言葉も発しないのに気付くと、今度はガタガタと震え始めた。
「じょ、冗談ですよね? 処刑だなんて、嘘でございますよね?」
バルドゥーイン殿下も、アンブロージョ様も、これ以上関わり合いになりたくないらしく、一言も発しようとしない。
エデュアール殿下が、仕方がないといった様子でバルナルベスに引導を渡す。
「食事を堪能したのなら、さっさと部屋に戻れ。この先、貴様が食事にありつけるのも、数えるられるほどの回数だろう。よく味わっておけ……」
エデュアール殿下は、部屋の隅に控えている自分付きの近衛騎士に、バルナルベスを連れて行くように顎で指示を出した。
「で、殿下……嘘でございますよね、殿下! エデュアール殿下!」
近衛騎士に両脇から抱えられ、引きずられるようにして退場していくバルナルベスをエデュアール殿下は振り返って見ようとはしなかった。
その代わりと言っては何だが、アルフレートとロエーラにも退出するように、首を振って無言で指示を出した。
そして、ホフデン男爵家の三人を退出させると、エデュアール殿下は真っ直ぐにバルドゥーイン殿下を睨み付けた。





