予定外の合流(中編)
さすがは大公家の料理人、王族をもてなすためでもあるのだろうが、いつにも増して料理は絶品だったが、いつものようにうみゃうみゃ鳴く訳にはいかなかった。
それと言うのも、俺が声を発するよりも早く、バルナルベスが口を開いていたからだ。
「いやぁ、美味いですな。道中の料理は味気なくて閉口いたしましたが、さすがは大公家、まことに美味い!」
うん、何て言うか……俺も今度からは気を付けるよ。
貴族という肩書きに頼って、平民を見下すような暮らしを続けてきたはずのバルナルベスだが、食事のマナーは俺から見ても酷いと感じるレベルだ。
カチャカチャと音高く食器を鳴らし、くちゃくちゃと咀嚼しながら言葉を発する。
もしかして、王家に対しての憤りを態度で現しているのではないのかと考えてしまうほど酷いのだが、本人はまるで意識していないようだ。
むしろ社交には不慣れだと聞いているアルフレートやロエーラの方が、よっぽどスマートに振舞っている。
「エデュアール、ノイラート領はどうだった?」
「驚きの連続でしたよ、兄上」
「ほう、何にそんなに驚いたのだ?」
「まずは、辺境に暮らす者たちの逞しさですね」
エデュアール殿下の一行がノイラート辺境伯爵領に到着した頃には、街の復旧工事はほぼ完了していたそうだ。
俺がチャリオットのみんなと訪れた時ですら感じたのだが、ノイラート領の人々は悲しみに暮れるよりも再生へ向かう活気に溢れていた。
「王都の『巣立ちの儀』が襲撃された時にも多くの犠牲が出て、街は悲しみに暮れる日々が長く続きました。地竜に襲われたノイラート領では、あの時よりも遥かに多くの人命が失われたと聞きましたが、街に悲しみの色合いは見えませんでした」
「それだけノイラート領の者達は、立ち上がる強さがあるのだな」
エデュアール殿下は捻くれた性格の持ち主ではあるが、物事を見る目は持ち合わせている。
王族同士の会話に感心していると、そこに割って入った者がいた。
「それほどまでに逞しい民衆ならば、多めに税を絞り取っても大丈夫ですね」
バルナルベスの一言のせいで、白身魚のカルパッチョを味わうことなく丸呑みしちゃったよ。
こいつ、本当に天然なんだろうか、狙ってぶっ込んでるようにしか思えないんだが……。
実際、それまで上機嫌にノイラート領への視察の様子を語っていたエデュアール殿下のこめかみに、一瞬ではあったがビキっと青筋が浮かぶのが見えた。
「大きな災害ともなれば領主の持ち出しも多くなるが、だからといって税を上げていては庶民の暮らしは成り立たぬぞ」
たぶん、エデュアール殿下はブチ切れる寸前だと思うのだが、それでも声を荒げることもなく、バルナルベスに教え諭すように言って聞かせたのは大したものだ。
「しかし、民衆などは生かさず、殺さず、搾り取るための生き物ですよねぇ。災害だからといって、甘やかす必要など無いのではありませんか?」
その場を凍りつかせるようなバルナルベスの一言で、今度こそハッキリとエデュアール殿下は青筋を浮かべてみせた。
「今は私が兄上に視察の報告をしているのだ、少し発言を控えよ」
「こ、これは……失礼いたしました」
アルフレートやロエーラは顔面蒼白で、俺の位置からは見えないがバルドゥーイン殿下は笑いを堪えるのに必死だろう。
というか、バルナルベスは処刑してしまうよりも、利用した方が良いような気がしてきたのだが、ここで思わぬとばっちりが飛んできた。
「そう言えば、我々に先回りして、豪魔地帯の様子を確かめに行ってくれたようだな、エルメール卿」
そうなのだ。人間が通れる大きさに限定して、埋め戻した地竜が出てきた穴を掘り返すというエデュアール殿下の企みを阻止するために、ノイラート領まで先回りしたのだ。
「はい、殿下にお伝えした情報の裏付けが不十分だと感じまして、先に空から偵察させていただきました」
「それで、地竜の穴を掘り返す価値は本当に無いのか?」
あらかじめ考えておいた返答をすると、エデュアール殿下はこれまた想定していた通りの粘着的な問い掛けをしてきた。
というかノイラート辺境伯爵から説明を受けてるはずだよね。
「ございません。先史時代の最も進んだ技術が眠っている可能性は否定できませんが、それを掘り出すのはリスクが高すぎます」
「エルメール卿ならば可能ではないのか?」
「殿下もご存じの通り、ダンジョンの新区画発掘も私一人の力では成し遂げられませんでした。豪魔地帯にあるであろう先史時代の遺跡も、深い地の底です。多くの土属性を使える者の協力無くして発掘は叶いません」
アーティファクトによる情報は提供できても、俺には土を掘り返す能力は無い。
粉砕の魔法陣を使えば、クレーターのような穴を開けることは可能だが、それでは貴重な遺跡まで粉々にしてしまう。
「それならば、新しい地下道を作った職人をまとめてノイラート領に連れて行けば良いだろう。作業はその者共に任せて、エルメール卿は竜種の討伐に専念すれば良い」
「失礼ながら、殿下は竜種を甘く見過ぎです。街が復興した後だったからかもしれませんが、モンタルボの城壁を破壊し、街並みを圧し潰しながら進む力は、簡単に防げるものではございません」
実際には、地竜であれば討伐は可能だとは思うが、豪魔地帯には別の竜種も生息しているという話だし、竜種以外にも危険な魔物が居る可能性は排除できない。
大規模な発掘調査を行う人々を俺一人では守りきれないだろうし、かと言って別の護衛部隊を編成しても、その人達が竜種の犠牲になってしまう可能性の方が高い。
それこそ、俺の前世に存在した、最新鋭の戦車とか誘導ミサイルなどを用意しても、絶対の安全は保証できないだろう。
「どうあっても豪魔地帯の発掘は無理か?」
「現状では無理です。可能になるとすれば、ダンジョンで発見された各種の資料を元にして、先史時代の技術や兵器を再現できた時でしょう」
エデュアール殿下にしてみれば、バルナルベスが余計な事を口走った腹いせに、俺をやり込めてやろう……とでも思っていたのだろうが、こうした質問をされるのは想定内だ。
ところが、ここで想定外の横槍が入った。
「ふんっ! 黙って聞いていれば、この劣等種が! エデュアール殿下のお申し出に対して、出来ない出来ないと否定的な言葉ばかり並べて、不敬にも程があるな。臣民であるならば、可能になる道を探るべきであろう!」
バルナルベスの言葉は、俺の想定の遥かに上……いや、遥かに下をいっていて、ビックリしすぎて反応できなかった。
ていうか、男爵家の跡取りに決まった訳でもない子供が、名誉子爵とはいえども当主に対して言って良い言葉じゃないよね。
「控えよ!」
声を発したのは、バルドゥーイン殿下とエデュアール殿下ほぼ同時だったが、二人は目線を交わした後で、言葉を続けたのはバルドゥーイン殿下だった。
「エルメール卿は当代随一の防御力と攻撃力を兼ね備え、国王陛下自らが『不落』の二つ名を与えた実力者だ。更には、ダンジョンの新区画を発見し、王国に多大な恩恵をもたらした発掘のエキスパートでもある。そのエルメール卿を劣等種などと侮辱することは、この私が許さぬ!」
聞いたこともないバルドゥーイン殿下の冷ややかな口調に、エデュアール殿下までもが姿勢を改めている。
「も、申し訳ございませんでした」
「バルナルベス、頭を下げる相手を間違えているぞ」
バルドゥーイン殿下に指摘されて、バルナルベスは俺の方へと向き直ったのだが、その表情は謝罪などではなく憎しみに彩られていた。
「も、申し訳ございませんでした」
謝罪の言葉を口にして、頭をさげてはいるものの、バルナルベスの瞳に反省の色は見られない。
「謝罪を受け入れます。我々猫人は、これまで教育や就労など様々な場所で差別を受け、機会を奪われてきました。どうか、この機会に認識を改めていただきたい」
今更認識を改めたところで、バルナルベスに残されている時間は多くないだろうが、さすがに劣等種と言われて腹が立ったので、思い切り上から目線で言ってやった。
「くっ……かしこまりました」
バルナルベスは歯ぎしりしそうな表情で、もう一度頭を下げてみせたが、顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。
まぁ、君には反省なんて無理そうだから、俺に道化の手本を見せてくれ。





